ダンジョン雑談配信ライブ中 ~どっかの世界と繋がった『窓』と駄弁りながら迷宮に潜る~
和扇
異世界へ向けて雑談配信ライブ中
「なんだ、また来たのか暇人ども」
即席で作られた焚火が洞窟迷宮を照らす。ボサボサで癖のある黒髪男は、影を映す壁を背にして空中にある『窓』に向けて言葉をかける。わざわざ己を覗きに来た者達へと、彼は歓迎の言葉を贈った。
《こんちゃーす》
《ジョニー兄貴、オッスオッス》
《いつも通りの挨拶で草》
《一周回ってめっちゃ歓迎されてる感》
まな板程度の大きさで半透明な窓には黒髪男、ジョニーには読めぬ異世界の文字。だがしかし、彼はそれを認識して言葉を返す。
「ハッ、好き勝手言いやがる。三十二のむさくるしい男が穴倉に潜る様子見て、何が楽しいんだか」
やれやれと彼は肩をすくめて首を横に振った。
何とも妙なやり取りだが両者……一方は複数かもしれないが、なんにせよジョニーと異世界の誰かはそれを楽しんでいる。
配信。
異世界の住人達は、このやり取りの名称を彼にそう伝えた。彼らいわく、ジョニーの姿や周囲の状況を『ぱそこん』やら『すまほ』やら『たぶれっと』やらから覗く事が出来るらしい。
噂やおとぎ話にすら語られていない。それはつまり過去から現在までを通して窓は、ジョニーの前に出現した一つしか出現した事が無い、という事なのであろう。
「まァいい。お前ら『なげぜに』目一杯寄越せよ?探索終わりの飲み代にするからよ」
《ジョニキ専用スキル発動!
《もう小銭も何も出ないッス、勘弁してくださいパイセン》
《カツアゲだ!みんなニゲローーー!》
異世界の誰か達は文字だけでありながら、窓の中でワイワイと何とも騒がしく盛り上がっている。それらが窓の下から上へと流れていく、その速さは一つ一つを目で追うのが厳しい程だ。
だがしかし、ジョニーはそれらを大まかには把握している。何故だかは分からないが、頭の中に流れ込んでくるのだ。
「うるせぇ、うるせぇ。ボンヤリとはいえ頭の中に流れてくンだから静かにしろ」
《ういっす》
《つまり静かに騒げばいいんですね!》
何を言っても異世界人どもは意に介さない。はあやれやれ、とジョニーは一つ溜息を吐いた。腰に佩く鉄の
少し弱まってきた焚火の中に赤く小さな石を放る。ボッと火勢が強まり、揺らめく赤が元の力を取り戻した。
《初見です、今の何?》
《初見さんいらっしゃい》
《初見だ、囲え囲え~》
「お、一見さんか」
どこからかジョニーの配信を発見した誰かが書き込んだ『初見』の言葉。それは彼の事を一切知らないという事を示している。
初顔合わせならば自己紹介をしなければならない。ものぐさなジョニーと言えど、最低限の礼節は持ち合わせているのだ。
「俺はジョニー・ダルトン、しがない
ひらりと振った手の中に水の球が生じる、非常に簡単な水の魔法である。
以前に初見の者に火の魔法を見せたら、手品だろ、と言われて
《凄っ、それどうやってるの!?》
「こいつが魔法だ、どうやってるかって言われるとなぁ……。俺が『ぱそこん』やら『いんたぁねっと』やらを理解出来んのと同じで、詳しく説明しても分からんと思うぞ」
《あ~、何となく理解しましたデス》
「良い子だ、素直な奴は好きだぞ」
「ああそうだ、質問はこれについてだったな」
傍らに置いたバックパックから小石程度の赤い物を取り出す。半透明のそれは炎の光を受けて、まるで宝石のようにキラキラと輝いている。
「コイツは赤の魔石。火の力を持つ魔力の塊、みたいなモンだ。簡単に言えば着火剤だな」
《便利!キャンプに良さそう!》
「今まさに俺がやってる事だな」
ハハハとジョニーは笑う。
「さてと、さっさと今日のメシの準備をしなきゃな」
《北!異世界メシ!》
《何が出るかな?何が出るかな?》
《ドラゴン!?ドラゴン出ちゃいます!?》
「バカ野郎、龍肉なんぞ買えるか。買って欲しきゃ『なげぜに』寄こしやがれ」
《嫌です(迫真)》
馬鹿馬鹿しいやり取りをしながらジョニーは、横に置いていたリュックサックから布で包まれた塊を取り出した。彼は結び目を解き、その中身を窓の向こうの異世界人たちへと見せる。
「ホレ、お待ちかねの食材だ」
《ぎゃーーーーっ!!!》
《グロいグロいグロいッッ》
《チャンネル無くなっちゃうって!》
《虫はヤメテッ!死ぬッ!》
布包みの中から出現したのは、二本の細長い触覚を持つ甲虫の死骸。人間が両足をピタリと横に揃えたくらいの大きさと太さで、てらてらと黒光りしている。一言で表すなら不快害虫のアレだ。
コメントたちは阿鼻叫喚、凄まじい速さで彼らが流れていく。
「なんだなんだ、結構ウマいんだぞ、コイツは」
《旨かろうがなんだろーが、Gは無理》
《モザイク希望》
《ジョニキに謝罪を要求するっ!》
《あーやまれ!あーやまれ!》
「ふざけんな、だぁれが謝るか」
異世界からの謝罪要求を袖にして、ジョニーはさっさと調理を開始する。
脚をもぎ、殻を外し、塩とハーブで肉に味付けし。
甲殻を焼き鍋にして焚火の上へセットした。
《……くっ、なんか旨そうに見えてきた》
《クソでか海老の丸焼きっぽく……》
《何故だ、なぜ口の中にツバがっ》
「匂いがそっちに届かねぇのが不憫だなァ?」
《おのれジョニキ!異世界メシテロ、許すまじ!》
「勝手に見に来ておいて文句言うな」
《それはそう》
《確かに》
《カップ麺にお湯入れた》
《酒とツマミ用意しよーっと》
「あ、テメ、こっちは穴倉の中だってのに。酒を飲むな、俺にも寄こせ!」
《嫌です(真顔)》
油が薪に落ちてジュワリと音を立て、半透明の乳白色だった身がしっかりとした白色に変わっていく。いい具合に焦げが身に生じ、焼き鍋代わりの甲殻は煤だらけだ。
「
右手に力を集中し、魔法を発動する。火炎に対する防御魔法、手に纏わせれば鍋掴みである。十二分に火を通した所で、ジョニーは甲虫焼きを火から下ろした。
「ホレ、本日のメシだ」
白いぷりっぷりの身、塗された緑のハーブ、いい具合に染み込んだ岩塩。元がアレにそっくりな虫だったとは思えない程に素晴らしいビジュアルだ。
《すっばら上手に焼けますた》
《伊勢海老の塩焼きLV100だ~》
《元はG、元はG……ぐぅぅ》
《↑もう諦めろ、俺達は負けたんだ》
異世界の住人達は敗北を認め、コメント欄は旨そうという言葉で埋め尽くされた。その様を見てジョニーはニヤリと笑い、ナイフで切り分けた身を窓に寄せる。
「ほーれ、ほれ。食いたいか~?」
《くっ、このジョニキめ、こっちが手を出せないのをいい事に……》
《チクショウ、画面の向こうへ行く技術の開発
《それはもう異世界へのゲートなのでは?》
《カップラーメン出来たなう》
思い思いのコメントを書き込みながら、窓の向こうの誰か達はわいわいと騒ぐ。
ジョニーは初め、異世界人たちは知り合いの集まりだと考えていた。だが配信で異世界人たちとやり合う中で『いんたぁねっと』を知り、個別に窓を覗いているという事を理解した。今こうして騒いでいる連中は誰一人、一つ前のコメントを書き込んだ相手の事を知らないのだ。
訳が分からない話。しかしそもそも、この窓自体が意味不明。ジョニーは『そういうもの』だと理解するに留め、今は深く考える事を止めた。
「うん、旨ぇ」
《ごくり……》
《オッサンが飯食っているのを五百人が見守っている配信はこちらです》
《ぐあー、海老食いたくなってきたぁ》
《ごちそうさまーメン》
《↑食うの早っ》
《残り汁にご飯投下》
《↑貴様もジョニキと同罪だ、ラーメン野郎!》
《チャットの喧嘩で酒が旨い》
《↑重罪人発見》
「そいつは俺も許せねぇな、とっ捕まえろ!はっはっは」
顔も知らない相手の告発に同意し、ジョニーは笑う。
謎の窓、顔も知らない異世界人たち。
誰かに話したならば鼻で笑われるような状況。
だがしかし彼はこの状況を楽しんでいた。
だからこそ、利害関係も信頼関係も希薄な『どこぞの誰か』との繋がりというのは素晴らしい。気を遣う必要もなく、殴り合いの喧嘩になる事も無いのだから。更に『なげぜに』で小銭稼ぎが出来る、時たまに
「うっし、じゃあ今日は此処までにするか。明日も同じ時間に来いよ」
《了解、お疲れっす~》
《もう晩飯食べたけど、外にメシ食いに行こうかなぁ》
《チャーハン作るよ!(AA略)》
《↑おま、ラーメン野郎、まだ食うか!》
《※このコメントは収監中のため表示出来ません※》
《↑酒飲み、お前は良い奴だったよ……顔も名前も知らんけど》
打算的な
ゆるく気軽な繋がりでありながら、彼らは確実に明日もここに集まる事だろう。
ダンジョン雑談配信ライブ中 ~どっかの世界と繋がった『窓』と駄弁りながら迷宮に潜る~ 和扇 @wasen
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