第16話 神に挑んだ魔王

「!? 一体何だあれは?」


 何の前触れも無く、唐突に『それ』は現れた……ように感じた。


 突如として空中に現れたそれは、徐々に形を成していく。

 その姿はまるで闇そのものに見えた。


 最初はただの暗闇だったものが、次第に『人型』へと変わっていき、最後には一人の男の姿になった。

 

 若い男だ。年は俺と変わらないか、2、3歳ほど年上に見える。小太りで、眼鏡を掛けており、上下ジャージ姿だ。

 

 ****『adjdeualmcidne.,dwef,efrref,sdgrtg,tgthyrhyrgr!!!』******

 

 男は何か意味不明な言葉を呟いていた。……いや、言葉ですらないのかもしれない。


 男が音を発する度、不快なノイズのようなものがどこからか響いていた。


「貴様は……、もしや創造主か?!」


「創造主? あれが……?」


 魔王は少し興奮した様子で謎の男を見つめていた。

 

 確かにこの場所に、このタイミングで現れることができる存在など、魔王が言っていた創造主とやら以外には考えられない。しかし……。


「あの、冴えない見た目の男が創造主なのか……?」


 創造主にしては余りにも俗物すぎるというか、その辺を歩いてそうな感じの男なのだが……。


「お前にはそう見えるのか。創造主とは我々からすれば上位存在、認識することすら叶わぬ存在なのだろう。故に、観測者それぞれの記憶をもとに形質が形作られているのだろう」


「……記憶、ね」


 あんな男俺は知らない。というか記憶喪失なのでその他の前世の記憶もない。もしかすればあの見た目の男と前世では知り合いだったのかもしれないが。


「フッ、よもやよもやだ。ここに来てこれ程の千載一遇の好機が訪れようとは……。勇者に女神よ、ここは一時休戦と行こう」


「何だって? どういうことだ?」


「言葉の通りだ。先程も言ったが、我の目的は貴様らでは無く、創造主を倒すことだ。理由は計り知れないが創造主が我らの前に姿を現したのだ。この機を逃す手は無い」


「……」


「……分かったよ。それでいい」


「貴様らの相手は創造主との戦いが終わった後でいくらでもしてやろう。……もっとも、その時に我や貴様らが存在していればの話だが」


 言うと魔王は創造主に向かって一直線に飛んで行った。

 

 創造主の方は相変わらず意味の分からない言葉を呟いて浮かんでいた。

 

 両者の距離が縮まり重なったように見えた……と思った瞬間、視界がブレた。


「……ッ?!」

 

 目の前をノイズが走ったような感覚の後、若干の眩暈を覚えた。


「一体何が起こって……アリア、平気か?」


 アリアを見ると、彼女にも俺と同じことが起こったのか、頭に手を当て少し俯いていた。


「ええ、私は大丈夫。……ってそんなことより、秋冬、見て」


 アリアが指さす方を見ると魔王が浮遊していた。だが、先程まであった創造主の姿がどこにも無い。


「おい魔王、創造主はどうなったんだ? 戦いはもう終わったのか?」


「……もう、だと?」


「ええ、あなたが創造主と接触した次の瞬間にはヤツは消えていたけど」


「……なるほどな、貴様らにとっては一瞬の出来事だったということか」


「何を言って……、まさか……」


「まあそんなことはどうでも良い。それよりも創造主だが、残念ながら取り逃がした」


「え? どういうことだ?」


「我の体感ではおよそ5,6千年といったところか。逃げる奴を追い続け、食らいついていったが、結局今の我ではたどり着けぬほどの遥か遠い場所まで逃げられてしまった。端的に言えば、我の力不足だ」


「なッ!?」


 魔王と創造主との間に、そんなことが起こっていたなんて……。


「だが、何も収穫が無かった訳では無い。奴の力の一部を奪えたし、この世界の真理を垣間見ることができた」


「この世界の真理?」


「『揺らぎ』だ」


「え……?」


 一体何を言っているのか理解できなかった。さっきも揺らぎがどうとか言ってた気はするけど。


「……ああ、すまない。少々曖昧に言い過ぎたか。ともかく、我はこれから創造主を追い、打ち倒してこの世界を……救う」


「本当かよ? さっきはこの世界は救いようが無いから滅ぼすとか言ってた気がするけど」


「先程とは状況が大きく変わったのだ。創造主を倒すことができればこの世界は間違いなく救われるのだ」


「……根拠はあるの?」


「当然だ。だが、今ここでそれを貴様らに示すことは難しい」


「何でだよ?」


「この世界の真理に関わる事象だからだ。貴様らの言語体系ではそれを表現することは不可能なのだ」


「……はぁ、そうかよ」

 

さっきから曖昧なことばかり言ってるせいか、魔王が胡散臭く感じられてきた。


「ここで一つ提案なのだが、貴様らに我の創造主殺しに協力して欲しいのだが、どうだろうか?」

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