第13話 混沌2

***その時、アリアの体が眩い光に包まれた。***


「な、なんだ?」

光が収まると、そこには見慣れた姿があった。

「秋冬、遅くなったわね」

「ア、アリア……なのか?」

「もちろんよ」

「でもその姿は一体……?」

「話は後よ。今はあいつを倒すのが先決だわ」

「そ、そうだな」

「いくわよ」

アリアが魔王に襲いかかった。

「何だと?」

魔王が驚いたような声を上げる。

「はぁああッ!!」

アリアの連続攻撃を魔王は防戦一方といった様子だ。だが、反撃する素振りは見られない。

「何故だ? 何故我に歯向かう? お前には神としての力は残されていないはずだ。それに、お前は我に殺されたはずではないのか? 何故我に立ち向かえるというのだ!?」

「私はあなたのことをよく知っているからよ」

「何だと?……まさか貴様、記憶が戻ったのか? 何故今になって思い出したのだ?」

「分からない。けど、一つだけ確かなことがあるわ」

「それは何だ?」

「あなたは間違っているということよ」

「……間違い?」

「えぇ。あなたはただ自分の境遇を嘆いているだけの子供に過ぎない。そんなあなたに世界を滅ぼす権利なんて無い」

「……黙れ」

「あなたは人間に憧れていたのよね?」

「……黙れ」

「あなたはずっと一人ぼっちだったのね」

「……黙れ」

「だけど、そんな自分を救ってくれた人間が居たのね」

「黙れと言っているだろうがぁあッッ!!!」

魔王が激昂してアリアに斬りかかる。だが、アリアはそれをひらりとかわすと、魔王の胸元に拳を打ち付けた。

「グハッ!」

魔王が苦しそうな表情を浮かべる。アリアはさらに追い打ちをかけるようにして魔王を蹴り上げた。魔王が宙を舞う。

「やめておけ、お前が我を殺せばお前も死ぬことになる」

「あなたが私を殺した時、あなたは死ななかったわ」

「何だと?……ッ、そういうことか」

魔王が顔をしかめる。

「我の能力は『魔法吸収』のみではなかったのだな。お前は我の能力を利用して、我を蘇らせたというわけか」

「そういうことよ」

「……ふっ、フハハッ! 面白い、我をここまで追い詰めるとはな。さすがは女神と言うべきか」

魔王が不敵に笑う。

「……我を楽しませてくれた礼だ。我の真の姿を見せてやろう」

魔王が両手を広げる。すると、その身体が黒い霧のようなものに覆われ始めた。そして、その中から巨大な人型のシルエットが現れる。

「これが我が真なる姿だ」

「……ッ、デカすぎるだろ」

「秋冬、下がってて」

アリアが一歩前に出る。

「アリア、大丈夫か?」

「えぇ、問題ないわ」

「分かった。無理すんなよ」

「秋冬こそ」

魔王が動き出した。その巨体からは想像もつかないスピードでアリアに迫る。

「はああああああああッ!」

アリアが迎え撃つ。魔王とアリアの壮絶な殴り合いが始まった。

俺はその様子を呆然と眺めることしかできなかった。

魔王の猛攻にアリアの体力が削られていく。

「どうした? もう限界か?」

「くっ、まだまだぁああッ!!」

アリアが魔王の顔面に強烈なパンチをお見舞いする。だが、魔王はびくりともしない。それどころか、魔王の右手がアリアの腹部にめり込んだ。

「ガハッ!!」

アリアが血を吐きながら吹き飛ぶ。

「アリアァアアッ!!」

俺はアリアの元へ駆け寄ろうとするが、魔王に阻まれてしまう。

「行かせねえぞ」

「どけっ!」

魔王に剣を振るうが、あっさりと受け止められてしまった。そのまま投げ飛ばされる。地面を転がり、壁に激突した。

「ぐはッ!」

痛い。苦しい。息ができない。

「勇者よ、そこで大人しく見ていろ。お前の大切な女が殺されるところを」

「……ク、ソ……ッ!」

意識を失いそうになる。ダメだ、ここで気絶したら全てが終わってしまう。俺は必死に意識を保つ。……その時だった。

――ドクンッ!! 突然、心臓が大きく跳ね上がった。それと同時に、俺の中に膨大な量の情報が流れ込む。

――そうか、そういうことだったんだ。

俺は立ち上がる。全身に力が溢れてくる。

「……秋冬?」

アリアがこちらを見ていた。俺は彼女の方を向いて微笑む。

「アリア、ありがとう」

「え?」

「俺をこの世界に召喚してくれて」

「急に何を言ってるのよ?」

「俺、やっと分かったんだ。アリアが何者なのか」

「……そう」

「あぁ。だから、今度は俺の番だ」

「……えぇ」

「いくぞ、魔王!!」

俺は魔王に向かって走り出す。魔王が俺を迎え撃とうとするが、アリアがそれを阻む。

「邪魔をするなと言ったはずだッ!!」

魔王がアリアを振り払う。だが、アリアは負けじと食らいつく。

「アリア、離れててくれ」

「分かったわ」

アリアが離れると同時に、俺は魔王に向かって剣を突き立てた。魔王の肩口に深々と剣が突き刺さる。

「……ッ、効かぬわッ!!」

魔王が反撃してくる。俺は剣を引き抜くと、大きく飛び退いた。

「やはりお前は勇者だな」

魔王が感心したように言う。

「あぁ、俺は勇者だよ」

「ならば何故我を攻撃する? お前は魔王を倒すために呼ばれたのであろう?」

「確かに俺は魔王を倒しに来た。でも、それは魔王を倒して世界を平和にするってことじゃない」

「ほう?」

「俺はアリアを守る為に戦う。アリアが好きだから」

「……なるほどな」

「それに、魔王だって元々は人間だったんだろ?」

「そうだな」

「なら、人間同士で殺し合うのはおかしいだろ」

「それがどうしたというのだ?」

「俺は人間が憎くて滅ぼそうとしているんじゃない。ただ人間に絶望しているだけだ」

「同じことだ。人間は醜悪だ。己の利益の為に平気で同族を殺す。そんな奴らを生かしておく価値など無い」

「違うッ!!」

「違わないッ!!」

魔王が魔法を放つ。しかし、俺の剣によってかき消された。

「お前が言っていることは単なる自己防衛だ。お前が本当に恐れているのは人間の悪意だろ?」

「……ッ」

「魔王、お前は寂しかっただけなんだろ?」

「黙れッ!!」

魔王が叫ぶ。しかし、秋冬の言葉を止めることはできない。

「お前はずっと一人だった。誰もお前を理解してくれる人が居なかった。だけど、ある時お前は理解してくれる人を見つけた。その人はお前にとって救いだったんだよな?」

「黙れと言っておろうがッ!!!」

魔王が秋冬に襲いかかる。秋冬は避けようともせずにその場に立っていた。魔王の拳が秋冬を吹き飛ばす。

「秋冬ッ!?」

アリアが悲鳴を上げる。だが、すぐに秋冬が立ち上がってきたことに安堵する。

「……魔王、本当は分かっていたんじゃないか?」

秋冬が呟く。魔王の動きが止まった。

「何の話をしている?」

「自分が間違っているってことをだよ」

「黙れ」

「アリアが言った通り、魔王は人間に憧れていた」

「黙れ」

「でも魔王は怖かったんだ。誰かに否定されるのが」

「黙れ」

「お前も人間を信じたかったんだろ?……けど、お前は裏切られた」

「やめろ」

「お前は信じていた相手に殺された」

「やめろぉおおッ!!」

魔王が絶叫した。そして、秋冬の言葉を遮るように魔法を放った。

『魔法吸収』

だが、それは秋冬の『魔法反射』により跳ね返されてしまう。

「お前は誰よりも人の優しさを求めていた。なのに、お前は人に優しくされることを拒んだ」

「…………」

「お前はただ孤独になりたくなかっただけなんだよ」

「黙れぇええええええええええええッッ!!!」

魔王が激昂し、二人に襲い掛かる。だが、秋冬とアリアはそれを軽々とかわすと、同時に魔王の懐に飛び込んだ。

『ダブル・スラッシュ!!』

二人の攻撃が魔王に炸裂する。魔王はなす術もなく倒れ伏した。

『……見事だ、勇者よ。我の完敗だ。……願わくば、もう一度貴様と戦いたいものだな』

魔王が光に包まれる。

「魔王、お前は間違っている。世界を滅ぼすなんてやめるんだ」

『ふん、我に指図するか?』

「当たり前だ。そんなことしたらアリアが泣くからな」

『……女神に泣かれるのは困るな。仕方あるまい、今回は引いてやるとしよう。……次は容赦せんぞ』

「次なんかないさ」

『ふっ、それもそうか』

魔王が笑う。そして、その体が眩く輝き始めた。

『ではな、また会おう』

魔王が消える。すると、アリアが俺の方へと駆け寄ってきた。

「秋冬、大丈夫?」

「あぁ、何とかな」

「よかった……」

アリアがホッとした表情を浮かべた。

「アリア、あいつはもう魔王じゃない」

「え?」

「魔王は死んだ。だからもう心配しなくていい」

「そっか……。うん、良かった」

アリアが嬉しそうな顔になる。その笑顔を見て、秋冬は少し照れたような顔をした。

「……あのさ、アリア」

「どうしたの?」

「実はさ、アリアに伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「伝えなきゃいけなかったこと?」

「あぁ」

「……それってもしかして―――」

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