第8話 ラスボスはよく喋る

 ***


「手筈通り、勇者に呪いをかけてきたヨ」


「ああ、ありがとう、アルテオン」


 どこまでも続く白い空間。アルテオンは玉座に座る人、いやモンスターに言った。


 玉座に座っているモンスターは黒紫の外套とマントに身を包み、白い仮面で顔を覆っていた。


「これで救世主たる勇者が倒され、この世界は滅びボク達モンスターの手に落ちるってワケか。何というか随分と性急というか、容赦ないよねェ」


「……」


 玉座のモンスターの表情は読めない。ゆったりとした外套に身を包んでいるため体型なども分からない。だがそこに存在するだけで他者を圧倒し、畏怖させるだけのオーラを放っていた。


「魔王サマ?」


 魔王と呼ばれたモンスターは少しだけ天を仰ぎ、上を見つめた。その視線の先には白い空間が広がっていただけなのだが、その目には何か別のモノ、あるいは世界が写っているようだった。


「……この世界は早急に滅ばねばならなかった。この世界は生まれるはずでは無かったし、生まれるべきでも無かったのだ。」


「ふゥン、それってどういうこと? チョット気になるかナー」


「……そうだな、お前には少し話しておいても良いかもしれない」


 魔王は相変わらずここではないどこかを見つめていた。本当に別の世界を見ているのか、それともそれは彼の頭の中の虚妄に過ぎないのか、彼以外は知る由もない。


「……この宇宙はひとつの爆発によって生まれたという」


「……?」


 怪訝な表情を見せるアルテオン。しかしそれに構うことなく魔王は話を続けた。


「ではその爆発の前には一体何があったのか。あるいは何も無かったのか。そして何故爆発は起こったのか。今でも詳しいことは分かっていない。おそらくこの先でもその真理が解明されることはないだろう。」


 完全にそれは魔王の独り言だった。アルテオンの理解など求めてはいない。魔王は更に話を続ける。


「現在考えられている仮説の一つは、無の空間で『揺らぎ』があり、それが加速度的に膨張して爆発を起こしたのだとか。もはや、神……創造主の気まぐれと言った方が理解しやすいかもしれない。そう、揺らぎと気まぐれによって宇宙は生み出されてしまったのだ」


「……」


「そしてこの世界もまた、創造主の『気まぐれ』によって生み出されたのだ。本来、この世界は生み出されるはずでは無かった。だが、何らかの『揺らぎ』が有ったらしい。結局世界は生み出されてしまった」


 ここで魔王はアルテオンの方に視線を移した。もっとも、本当にアルテオンの事を見ているのかは定かではないが。


「生み出されてしまったこの世界は、様々な悲しみ、憎しみ、痛み、矛盾、混沌に満ち溢れている。生み出されるべきでは無かったこの世界を消滅させることが我の役目だ」


 話し終え、沈黙する魔王。アルテオンも同じように黙っていたが、いつもの調子に戻り口を開いた。


「なるほどね、どこかのラスボスよろしく意味深なことをベラベラ喋り出した時はどうしようかと思ったケド、悲しみやらなんやらで溢れてる世界は間違ってるから滅ぼすってだけの話カ。で、そのために人間を殺しまくると。……でもそれって結局、アナタの独断と偏見の押し付け……エゴってことなんじゃないのかイ?」


「フッ、そう正論を言うなよアルテオン。ハナから矛盾していることをしているのは分かっている。だがしかし、我にはそれを押し通してでも成し遂げなければならないことがあるのだ」


 再び天を仰ぐ魔王。相変わらずその表情は読めないが、今度は確固たる決意がその身体からにじみ出ていた。



「この世界を生み出した、『二柱の創造主』を殺すことをな」



「……あーそれってつまり、例えるならある物語や演劇なんかの登場人物がその作者を殺すってことかイ? そんなこと……」


「流石アルテオンだ、物分かりが良いな。ああ、そうだ。だが、そんなことは絶対に不可能だ。それこそ、『揺らぎ』や神の『気まぐれ』でも起こらない限りな」


「…それに創造主は二柱いるのかイ」


「ああ、そうだ。その二柱…『秩序を司る自然神』と『混沌を司る機械神』が出会ってしまった。その『揺らぎ』が生じたからこそこの世界は生み出されてしまったのだ」


「ふゥン、そっか」


「……長話し過ぎたな、ここまでにしよう。とにかく、今後も計画通りに頼む。当面の目的は勇者を倒すことだ」


「了解。それじゃあネ、魔王サマ」


 アルテオンの姿が霧のように消えた。その後も虚空を見つめ続ける魔王。その状態が永遠に続くとさえ思われた。


 しかし、その静寂は紛れもないアルテオンによって破られた。


 魔王の眼前に、アルテオンが再び現れた。そして、その手には灼熱の色に輝く炎剣が握られていた。


 次の瞬間、目にも止まらぬ速さで前進し、玉座に悠然と座する魔王に向かって炎剣を突き出した。


 しかし、炎剣は魔王の体に達する前に見えない壁のような物に阻まれた。


「……やめておけアルテオン。お前は我には勝てない」


「……分かってるサ、そんなことは」


 後退し、距離を取るアルテオン。そして炎剣を頭上に掲げながら言った。


「でもネ、あの子達…、アキト君とアリアちゃんね、面白いよ。彼らならあるいは……」


 掲げられたアルテオンの炎剣が膨張していく。そして遂には背丈の何倍もの大きさに膨らんだ炎剣がアルテオンの頭上で輝いていた。


「……揺らいだな、アルテオン」


「そうかもネ」


 アルテオンは巨大炎剣を魔王に向かって振り下ろした。

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