第7話 城畜

 ***


「どうして規定の手順を守らなかったんだ?」


 魔王城下層の一室で、部下であるリザードマンに問いかける。たしかこいつは3回目位だった気がする。


 こいつの仕事は魔王城付近の空域の監視、警戒任務だが、よりにもよって暴走したワイバーンの接近を見落とし、魔王城との衝突を許してしまった。それ自体の被害は大したものではないが、こいつの仕事っぷりが上でかなり問題になっている。


「はい、その、申し訳ありません、オーリス大尉。索敵範囲が余りにも広くて、いちいち手順を守っていては一生終わらないと思いまして」


「言い訳はいい。お前の気持ちはよく分かる。私だってそう思うからな。だが、仕事を適当にやって良い理由にはならない。……次からは気を付けろ。それと、今日はもう帰って休め。疲れていると判断力が鈍ってミスが増えるぞ」


「はい……了解しました。失礼します」


 そそくさと部屋を後にするリザードマン。…さて、私は魔導通信機を取り出し、上司を呼び出す。


「俺だ」


「お疲れ様です、准将。先の監視員の件ですが、指導を行いました。以後、他の者にも手順遵守を周知、徹底させ、再発防止に努めて参ります」


「はぁー、またそれか。お前のテンプレ通りの報告には飽き飽きなんだよ。ノア様に報告する俺の身にもなってくれってんだ」


「はい、申し訳ございません」


「あーもういいからさ、より具体的な再発防止案をまとめて今日中に提出してくんね? ちょっとミスが多すぎるよね」


「はい、わかりました」


「じゃ頼むぞ」


 通信が切れる。余計な仕事が増えてしまったがあまり深く考えない。いちいち考えていては身が持たない。


 そろそろ定期巡回の時間だ。本来の私の担当区域は魔王城各所の哨戒塔だが、それに加えて武器保管庫もいつの間にか私の担当となっていた。前任者が病気で倒れ、次の担当者に切り替わるまでの臨時のはずだったが、そのままずるずると引き継がされている。


「……行くか」


 重い腰を上げ、部屋を出る。すると出会いたくない人に出会ってしまった。噂をすればとやらだ。


「あー、いたいた。ちょっといいかオーリス」


「どうかしましたか、ノア様」


「東方大陸を制圧した時にまーじゃんとかいう遊びが見つかったらしいんだけど、明日までにルールとか調べて色々準備しといてほしいんだが」


「…ああ、分かりました。準備しておきます」


「いやー余計な仕事増やしちまってすまんな。こんな事頼めるのお前くらいだからさ、じゃよろしく頼むぞ。ふぁー眠い眠い」


 いうだけ言ってノア様は行ってしまった。おそらくこの後はお休みになるのだろう。


 無意識に小さなため息を漏らし、気を取り直して巡回に向かおうとした。が、魔導通信機に着信が入った。反射的に応答する。


「オーリスだ。どうかしたのか?」


「ああっ、大尉、問題が発生しました。さっきまで自分が使っていた魔導探知機が急に反応しなくなりまして、現在索敵ができない状況なのですが」


「了解、他のヤツに対応させるから少し待ってくれ」


 通信を切り、設備担当の部下に掛けた。しかし、いつまで経っても応答がない。何か取り込み中なのか、サボっているのか、おそろく後者だろう。とはいえ、自分が対応していたら巡回の時間が無くなってしまう。


 嘆息しながら監視員に掛けなおす


「私だ。申し訳ないがすぐには対応できそうにない。双眼鏡は持っているだろう? しばらくはそれで索敵をお願いしたい」


「…そうですか。はぁ…、分かりました」


 わざとらしいため息を無視して通信を切る。急がなければ巡回の時間が無くなってしまう。だが2,3歩歩きだしたところでまた通信機が鳴った。


 苦笑いしながら通信に出る。


「あーオーリス君、一週間後に予定されてた定例会議だけどね、上の都合で急遽明後日開かれることになったから、明日中に資料よろしくねー」


 通信を切る。本当に急がなければ巡回が間に合わない。だが2,3歩走りだしたところで通信機が鳴った。


 顔をしかめながら通信に出る。


「大尉、補給班に欠員が出まして、人を回して頂けないでしょうか」


 通信を切る。急いだところで巡回の規定時間には間に合わないだろう。その旨を上司に連絡しようとした時、通信機が鳴った。


 無表情で通信に出る。


「あー、大尉、実は今月の予算についてなんですが」


 通信を切る。歩きながらやらなければならない事に優先順位をつけ、それぞれの案件にかかる時間を見積もる。もちろん、この巡回の後にも業務は山ほど残っている。どう計算しても、とてもじゃないが一人では回せない。同僚に応援を頼んでみたが、あちらも自分の仕事で手一杯らしい。


 どうすれば……どうすれば……。


 必死に考えを巡らせる。が、その瞬間、急に何も考えられなくなった。


「……あれ……」


 魔力が切れてしまった魔道具のように、唐突にプツンと自分の中の電源が切れてしまったみたいだった。立ち止まり呆然と虚空を見つめ続けた。


 ……どれ位経ったのだろうか。時間の感覚すら曖昧になっていた。通信機が鳴った。


 そのまま放置しておいても良かったが、着信音が余りにも耳障りだったので、応答することにした。


「はい」


「大尉! 緊急事態です! 人間が…、人間の侵入者に襲撃を受けています!!」


 聞いた瞬間は言葉の意味が理解できなかった。


 だが、時間が経つにつれ、その言葉がじんわりと壊れた脳に浸透していく感覚がした。


 侵入者……? 人間の…侵入者が? この魔王城に?


 そんなことが、有り得るのか?


 そんなことが、そんなことが、そんなことが、そんなことが、そんなことが、ソンナコトガ、そんな……、ああ、あああ、アアアア。


 あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?!!!


 停止してしまった脳の中で、何かが爆発したような気がした。


 面白い。面白い、面白い。オモシロ過ぎるぞ?! 人間!!!!!!!!!!!


「……大尉? 応答してください! 大尉! どうすれば?!」


「…ああ、すまない、大丈夫だ。状況は?」


「はっ、はい。えぇ、現在上層で防衛隊が侵入者1名と交戦中です。しかし、人間の力が圧倒的で、既に防衛隊にも数名の負傷者が出ています」


「了解した。防衛隊を撤退させろ」


 上層の方で爆発音と共に振動が伝わってきた。どうやらかなり派手にやってくれているようだが、おかげで大体の位置は特定できた。


「…はっ? し、しかし……」


 単騎で魔王城に侵入できる、しようと思えるような奴だ。どの道まともな人間では無い。下級モンスターでは歯が立たないだろう。


 しかし、現在魔王城の幹部は全員眠られている。彼らにとって睡眠は数少ない娯楽の一つだ。それを妨げられたらとなったら、それこそこの魔王城そのものが吹き飛びかねない。


 となれば。


「私が人間と戦う」


 上層に向かって魔導砲を放つ。天井に風穴が開き、ショートカットができた。魔王城史上きっての緊急事態なのだ。これくらいは許してほしい。

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