第6話 終わる世界へようこそ

 ***


 視界がまばゆい光に包まれたと思った瞬間、気が付くと森の中のような場所に立っていた。どうやら転送は成功したらしい。


「ここは……どこなんだ?」


 周囲を見回すと木々が立ち並び、足元は草で覆われていた。遠くの方から鳥の声のようなものも聞こえる。


 右のほうをよく見てみると木々が少し開けており、その合間から空が見えた。高台のような場所になっているらしく、そちらに行けば周囲を見渡せそうだった。


 転送される直前に言われたアルテオンの言葉が気になっていた俺は、まずは情報を集めるべく、高台のほうへ向かった。


「……何なんだよ、これ」


 高台から見えた光景は、地獄だった。


 はるか上空の空を巨大なワイバーンが飛んでいた。数頭が規則正しい編隊を作り、爆弾のような……いや、爆弾そのものを次々に投下していた。地上に到達するとそれは魔力を伴った爆発を起こし、建物を吹き飛ばしていった。


 もう少し手前に目をやると、街道を岩の巨人…ゴーレムたちが歩いているのが見えた。その頭部には長大な砲身が据え付けられており、ビームのような砲撃を何度も放っていた。その目標は砦のような建物だったが、既に大部分が崩壊しており、人々が逃げ惑う姿が見えた。


「こんなの……こんなのまるで」


「まさかここまで魔王軍の侵略が進んでいたとはね……」


 現実世界の戦争じゃないか、と言おうとしたところでアリアの言葉に遮られた。


「そうだな……ってアリア!? 君はこっちに来ないんじゃなかったのか?」


 当たり前のように俺の隣に居たアリア。ただし服装は女神風のものから黒を基調としたローブ姿に変わっており、手には杖を持っていた。


「そのつもりだったんだけどアルテオンの言ってたことが気になってね。私も同行することにしたわ」


「世界の均衡がどうとか言ってなかったか?」


「それについては心配ないわ。今の私には神としての力は何も無い。記憶だけを引き継いでこの世界に転生したから世界の均衡が崩れることはないの」


「そういうものなのか」


「そういうものなの。とにかくこれからもよろしくね、秋冬」


「……ああ、よろしく頼む」


 何でもないように振舞っていたが、正直かなり嬉しかった。たった一人でこんな世界を救えと言われても途方に暮れていたと思う。けれどアリアと二人ならなんとかなるような気がした。


「ところでアリア、ちょっと聞きたいんだけど」


「ん、何?」


 アリアの「記憶」という言葉で気になっていたことを思い出した。黒騎士に襲われた後、アリアに力を分け与えられた時に俺に流れ込んできた記憶の映像。あれはアリア自身のものなのだろうか。


「アリアはさ、女神になる前の記憶とかあったりするのか?」


 やや間をおいて、答えが返ってきた。


「……いえ、私は生まれながらにしての女神よ。そんなものは存在しないわ。…どうしてそんな事を?」


「い、いや別に何となく。変なことを聞いて悪かったな、忘れてくれ」


「……? ふぅん、まあいいわ」


 アリアの言っている事が本当なら、あれはどこかの他人の記憶なのか、それとも俺と同じように記憶喪失なのかもしれない。これ以上考えても仕方ないことなので、今は気にしないでおこう。


「それで、これからどうするんだ?」


「この状況だと世界を救うには直接魔王を倒すしかないわね。……あそこ、城が浮いてるのが見える?」


 アリアが上空を指さす。その先を良く見てみると巨大な城のような建造物が浮いていた。


「あれが魔王城。あそこに魔王が居るはず」


「あんな所に……どうやってあそこまで行くんだ?」


「それはまたおいおい考えるとして……。秋冬、異世界に着いたらまずどうするか、私に言われた事覚えてる?」


「えーっと、確か教会に行って聖剣を……ってそうだ聖剣が無い?」


 あの白い空間で黒騎士と戦った時に使った聖剣が無いことに気が付いた。


「生憎だけど、あの聖剣は空間を越えて持ち越せないわ。だからこの世界の教会で再度聖剣を受け取る必要がある」


「そういうものなのか」


「そういうものなの。ここからそう遠くない所に教会があるはずよ。まずはそこを目指しましょう」


「……分かった。急ごう」


 アリアと共に歩き始める。どうやらアルテオンの言っていたことは本当のようだ。モンスター達の戦争じみた侵略によって、人類は滅亡寸前のところまで追い込まれている。この世界がどれ位の規模なのかは分からないが、他の地域も似たような状況なのだろう。


 モンスター達をちまちま倒していては余りにも時間が足りない。世界を救うには敵の大将の首を取る以外の方法は無いということだ。


 ……本当にやれるのだろうか。こんな俺に、世界を救うなんて大それたことが。


 不安感に苛まれ、いつの間にか歩みを止めていたようだ。少し先で振り返ったアリアが不思議そうな顔をしている。


「秋冬、どうかしたの?」


「いや、なんでもない。行こうか」


 再び足を踏み出した俺を見て、アリアが微笑みを浮かべる。俺の心情を察してか、「大丈夫だよ、私が居るから。一緒に頑張ろうね」と言ってくれた。


 その言葉が嬉しくて、でも照れくさくて、ついぶっきらぼうに返事をしてしまったけれど、それでも彼女は笑ってくれていた。


 アリアが傍に居てくれさえすれば、全てが上手く行くような気がした。


 ……そうだ。世界なんてどうでもいい。


 この人を守るために戦うんだ。


 新たな決意を胸に、アリアの背中を追いかける。


 しかし、その時異変が起きた。


 空から耳をつんざくような轟音が轟く。雷のようだったが、その規模が桁違いだった。音の発生源は遥か彼方、上空に浮かぶ魔王城だった。


「一体何が?!」


 魔王城を見ると、城の各所で爆発が起き、煙が上がっていた。城の崩落が始まり、地上へと降り注いでいた。



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