第5話 『勇者』の覚悟
***
中空に浮かぶ魔王城。
その上層のある一室に魔王軍幹部の4人が集まっていた。
と言っても、彼らに目的は無くただの暇つぶしのために集まっていたようだった。
「ねーえ、トランプ遊びもそろそろ飽きてきたんですけどー。何か別のことしない?」
赤い髪の少女が退屈そうな声で言った。見た目の年齢は12,3歳に見えるが、ドラゴンを思わせる角、翼、そして尻尾を持っていた。
「そう思うんならジュリアが新しい遊びを提案しては? ワタクシは永遠にトランプでもよろしくてよ」
ティーカップを口に運びながら豪奢なドレスに身を包んだ女が答えた。
「エリーゼはいいよねー単純でさー。…クロノス、何か面白い事やって」
「急な無茶ぶりやめーや。ていうかお前ら相手にやったところで滑るの確定しとるやろ。絶対やらへんで」
クロノスと呼ばれたモンスターが一番人間離れした見た目をしていた。人の形をしてはいるが、全身黒い影で覆われていた。
「相変わらずつまんないヤツ。…ねーノア、何か無い?」
「あー、そうだな、この前制圧した東方大陸でまーじゃんとかいう遊びが発見されたらしい。今度やってみるか」
「おー流石ノア。わかってんじゃーん」
ノアと呼ばれた大男は黒髪に筋骨隆々の肉体、顔にもいくつか傷跡があり、モンスターというよりは歴戦の傭兵といった方が近いかもしれない。
「…あら、そういえばアルテオンが見当たりませんわね」
「ほんまや全然気づかんかった」
「つか、どーでもいいし。死んだんじゃないの?」
「お前らな…仮にも魔王軍の仲間だろ…」
「…あー! せやせや思い出した! さっきアルテオンに伝言頼まれたんやったわ! えーと…」
「待って、普通に言っても面白くないからアルテオンの物真似しながら言って」
「嫌じゃボケ」
「ねーお願い。クロノスがアルテオンの物真似とか絶対面白いしバカ受け間違い無しだからさー」
「…分かったわ。そこまで言うならやったるわ」
円卓から立ち上がるクロノス。3人の注目を一挙に集める。
「……チョット用事があって出かけるからァ、みんなによろしく言っといてよォ!」
迫真の物真似を披露するクロノス。しかしその反応は芳しくなかった。
「53点」
「絶妙に似てない物真似するの止めてくださります? 絶妙にイラつきますので」
「あー、俺は結構よかったと思うぞ」
「…ちょっとでもお前らに期待したワイがアホやったわ。萎えたからもう寝るで、ほな。」
言うが否や、クロノスの体が薄れ、完全に消えてしまった。
「…うーん、やること無くなったしあたしも寝るかー。じゃノア、まーじゃん?の件よろしくー」
「あー、分かった分かった。明日用意させておくよ」
「…あら? 今日はもうお開きですの? ではワタクシもお暇させて頂きますわ」
ジュリアに続いてエリーゼも部屋を後にする。
「…さて、俺もあいつらのところに顔出して休むとするか」
独り言を呟きながら部屋から出ていくノア。こうして円卓の間からは誰もいなくなった。
さて………。
『俺』は魔道具からの映像受信器を地上へ投げ捨てた。貴重な物だが、もう必要無い。
魔王城の外壁に腰掛けると葉巻を取り出し火をつける。
紫煙を吐き出し、遥か彼方の地上を見下ろしながら人生最後の一服を楽しむ。
地上の状態は酷い有様だった。
街や村では至る所で火の手が上がっている。建物は崩れ、瓦礫が散乱している。街道をモンスター共が闊歩し、畑の作物は踏み荒らされ、家畜達は食い殺されていく。
ふと、森の中に隠されるように建っている簡素な造りの教会が目に入った。モンスターによる侵略が始まって以来、急速に勢力を広めている教えがあるらしい。何でも女神様に祈りを捧げ続ければ救世主たる勇者様が降誕し、世界を救ってくださるのだとか。
……くだらない。神など存在するはず無い。
もし神が存在するのなら、そもそも世界が滅ぼされかけたりしない。各地でたくさんの人が惨たらしくモンスター共に殺されたりしない。……そして、俺から最も大切なものが奪われることも無かったはずだ。
俺は葉巻を懐にしまい、代わりに小さな魔道具を取り出した。
ごく短い時間ではあるが映像を記録し、それを投影出来る魔道具だ。魔力を込めると眼前にかけがえのない一人の少女の姿が映し出された。
……ああ、俺のたった一人の愛娘。
アリア。
君が俺達の元に生まれてきてくれたあの日、君の小さな手の感触を、温もりを今でも覚えている。その時誓ったんだ。俺は君のために生きて死ぬと。
3歳の冬、流行り病にかかって君が高熱を出して倒れた時、俺と母さんは一晩中君に寄り添い続けた。少しでも目を離せばその瞬間、君が遠い所に行ってしまいそうで、それが何よりも恐ろしかった。
5歳の夏、村で遊んでいた君を母さんと迎えに行った時、君は村の男の子と楽しそうに遊んでいた。それを見た時、何だか少し複雑な気持ちになった。別に嫉妬という訳では無いけれど、母さんは俺の顔を見て心境を察したのか、とてもおかしそうに笑っていた。
8歳の秋、俺の誕生日に君が初めて俺に料理を作ってくれた日。間違いなく人生で一番美味いものを食べたと思えた。少しだけ泣きそうになって、神妙な面持ちで美味しいという俺を、笑いを堪える母さんの横で不思議そうに見つめていたね。
10歳の春、母さんには内緒でこっそり森へ猟をしに出掛けたね。いつもの仕事場の風景が、君と一緒に居るだけで全くの別世界に思えた。二人だけの秘密だよと言われた時、母さんが知らない君を俺だけが知れたみたいで、少し嬉しかった。…その後、母さんにバレて死ぬほど怒られたんだけど。
12歳の夏、君が俺の仕事を継ぎたいと言った時はとても驚いた。母さんは最初は反対したけれど、一歩も引かない君に根負けして許してくれた。全く、父さんに似ちゃってと母さんは言ったが、俺は少し頑固なところは母さん譲りだと思うと言うと、二人で笑いあった。そして、夢に向かう君を全力でサポートしようと決めた。
…そして……13歳の春。突然モンスターが村に押し寄せてきた。それで…君は……。あの時、俺は……。
おもむろに立ち上がり、あらかじめ準備してきた禁術を起動した。体のあちこちに施された紋様が不気味な光を放つ。使用者の生命力を全て魔力に変換する禁術だ。数刻の間、膨大な魔力が供給され続ける代わりに使用者は必ず死ぬ。見つけ出すのに相当苦労したが、何の才能も無い俺が奴らと渡り合うにはこれしか方法が思い浮かばなかった。
次に背負っていた刀を抜刀し鞘を放り投げた。俺にとっては異国の武器だが、何故だかとても手になじむ。禁術を探す旅の途中、訪れた東方大陸のある国で試しに
振るってみた瞬間、コイツを最後の俺の獲物にしようと決めた。
全部で7人存在すると言われる魔王軍幹部の内、3人は魔王城にはいない。残りの4人も呑気に眠っている。今しかチャンスは無い。
最後に、もう一度魔道具に投影されているアリアの姿を見た。魔力が切れかけ、映像は途切れ途切れになっていた。
ああ、そうだ。
いつまでもその笑顔でいてくれ。
そうすれば俺は……
「はい、おまじないのキスだよ! 頑張ってねお父さん!」
勝ち目の無い戦いに挑むことが出来る。
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