第4話 道化師

 白い空間に、甲高い男の声が響き渡る。




 声の主は、いつの間にか俺たちの傍にいた。それはまるで、最初からそこにいたかのように。


 白髪に赤い瞳。肌の色は病的なまでに白く、着ている服も真っ白だった。しかし、最も目を引くのは、背中から生えたコウモリのような翼だろう。笑みに歪む口元には鋭い牙のような歯が並んでいた。


 吸血鬼のような風貌の男は、大げさに拍手をしながら俺たちを称えた。


「イヤァ、実に見事! アキト君がボクの送りこんだ魔道具と戦う選択肢を選んだ時はもしやと思ったケド、まさか本当に倒しちゃうとはねェ!! コングラチュレーションだよォ!!! アキト君にアリアちゃん! ………おっと、例によって例のごとく、これは実体の無い映像魔法だから攻撃しても無駄だよォーン」


 聖剣を構えた俺をひらひらと手を振って制す吸血鬼。試してみてもよかったが、ヤツのリアクションが癪に障りそうだったので止めた。


 ここでアリアが口を開いた。


「……この私が簡単にモンスターの侵入を許すなんておかしいと思ってたけど、やっぱり裏で手を引いてるやつがいたのね」


「裏で手を引いてたってのはチョット違うかなァ、最初からボク一人でやってたことだし。まま、そんなことはどーでもいーんだけどォ」


「……あなた、魔王軍の幹部クラスのモンスターね」


「ビンゴォ! さすがは女神サマだねぇ。イヤ、でも幹部というかは側近…イヤイヤ『四天王』といったほうがいいかもねェ!! まぁでも7人くらい居るんだけどォ」


 アレ8人だったっけ?と呟きながら吸血鬼は顎に手を当てて考える素振りを見せる。


「ま、いっか! さてさて、せっかくこうしてお目にかかれたんだから自己紹介でもしようかァ!! ボクの名前はアルテオン!! 『魔王軍』が一人にして、いずれ全ての世界をも手にする者さ!!」


「アルテオンですって!?」


 アリアが驚愕の声を上げる。


「知ってるのか?」


「いえ、初めて聞いたわ」


 おいおい。


「しかも、魔王軍四大将の一人だなんて」「四天王ねアリアちゃん」


「……それでその魔王軍四皇」「四天王」


「……四暗刻「四天王だッつッてんだろうがクソ女神死ねよいや今ボクが殺す魔法『プロミネンス・ヘルフレイム』ウウウウウウウウウウ!!!!!!」


 俺たちが反応する間もなく、アルテオンが放った炎の奔流に飲み込まれてしまった。


 視界が真っ赤な炎に包まれたが、それだけだった。火属性の大魔法は俺達を素通りして通り抜けていった。


 映像魔法とういうのは本当だったらしい。いや試さなくてよかったよマジで。


 ハァハァと肩で息をし、額には少し汗をにじませるアルテオン。恐らく魔法を放った影響ではないだろう。アリアの雑なボケがよっぽど効いたらしい。


 アルテオンは前髪を整えながら、いつもの調子に戻って言った。


「…いやァ、このボクとしたことが相手のペースに乗せられるとはねェ。君達の実力は本物のようだ」


 ほぼそっちの自爆のように思えるが。このまま黙っていればさらに面白い漫才が見られそうだが、そろそろ話を進めておこう。


「それで、何故俺たちを襲った?」


「そりゃ勿論、君達勇者と女神は僕達魔王軍に仇名す存在だからねェ。倒そうとするのは当然だろう? それに、勇者が世界に降誕する前、経験を積んで力をつける前に始末できれば被害を最小限に抑えられるってワケ」


 ふざけた口調のやつだが、案外根は合理的なやつなのかもしれない。


「でも見事に君達はボクの魔道具を倒した。それで君達に興味が沸いて直接話してみようと思ったのサ」


「……映像魔法を通して直接、か」


「色々事情があって直接ボクがそっちの空間に乗り込むことは出来ないのサ。それが出来たら、君達はとっくの昔にゲームオーバーだったろうねェ」


 確かにさっきの魔法を本当に食らっていたらひとたまりもなかっただろう。魔王軍幹b、四天王というのは伊達ではないらしい。


「ま、今回は挨拶みたいなモンさ。君達がどんな人間か分かったし、そろそろ退散するとしようかナ。また会う機会があればその時はよろしく頼むよ」


 そう言うと、アルテオンの姿が消えていく。


 そして完全に消える直前、言葉を投げかけてきた。


「あ、そうそう。言い忘れてたケド、今回の件で君のステータスにちょっと細工をしておいたヨ。今後君は、より強力なモンスターと戦うことになる。そこで、今の内に対策を立てておくといいと思うネ」


 そう言って、アルテオンは完全に姿を消した。


 残された俺たちの間には何とも言えない空気が流れる。……さて、どうしたものか。


「ステータスの改造ね……。とりあえずステータスを開いてくれる?」


 アリアの言葉に従い、ステータス画面を開いてみる


 ==


 名前:アキト・ツキダテ


 種族:人族


 年齢:15歳


 レベル:1/100


 体力:50/50


 魔力:50/50


 攻撃力:25


 防御力:20


 魔法力:45


 素早さ:30


 耐性 :60 特殊スキル 【全属性適性】


 固有技能 【鑑定】【アイテムボックス】【言語理解】


 称号 【勇者】


【聖剣に選ばれし者】


 装備


『聖剣エクスカリバー』


 状態異常:なし 【呪われし者】


 ==


 ……うん。特に変わったところはないな。強いて言えば『状態異常:なし』の下にあった文字列は消えていたが、【呪われし者】という表記が残っていた。


 これってやっぱり――


「呪いの影響は受けてるみたいだね」


「ああ……」


「ふぅん。ま、【呪われし者】って表示されてるけど、状態異常の欄には何も書かれていないし、これなら問題ないんじゃないかしら。状態異常回復の魔法をかけてみたけど効果は無かったし、多分だけどこの呪いは時間経過でしか解けない類のものだから、放っとくしかないわね」


「……そうか」


「……さて、前途多難だったけど、あなたの冒険はこれから始まるのよ」


「ああ、分かってる。ここからが本番だ」


「転送を開始するわ。ここでお別れね」


 ……ああ、やっぱりそうなのか。一応、ダメ元で聞いてみる。


「なぁ、アリアも俺と一緒に異世界に来ることは出来ないのか?」


「……残念だけどそれは無理ね。私が…神が世界を越えるとその均衡が崩れて滅茶苦茶になる。世界を救うどころでは無くなるわ」


「分かったよ。一人で何とかするさ」


 何でも無いように言ったが、内心ではすごく心細かった。アリアが傍に居てくれたからこそ、俺は黒騎士を倒すことが出来た。それは単純に戦力としてという意味ではなく、この人を守りたいと思えたから、剣を振るって立ち向かう事ができた。


「…そんな顔しないでよ、きっと上手くいくわ」


「……ああ、そうだよな。…行ってくるよ女神様」


「頑張ってね、私の勇者様」


 俺の体が光に包まれる。―――本当に、アリアとはもう二度と会えないのだろうか。


 呆然とそんな事を考えていると、アリアが俺に近づいてきた。一歩、二歩、と近づき、ほぼ密着するような距離感になる。


 心臓の鼓動が速まる。彼女の心音まで聞こえてきそうだ。その金色の瞳からは何を思っているのかは読み取れない。けれどその頬は少し紅潮してるように見えた。


「……ねぇ、秋冬。これはおまじないなんだけど―――」



「イイ雰囲気のところ悪いんだけどチョットいいかなァお二人さん」


「おわああああああああああああああああああぁあぁあああ???!!!」


 僕達の隣に現れた映像魔法に向かってとんでもなく情けない声を上げながら居合切りを放つ俺。自分で言うのもなんだがかなりの反応速度だったと思う。


「いやァメンゴメンゴ、どうしても伝えたい事があってねェ」


 当然悪びれる様子など一切見せないアルテオン。本当にコイツは…。


「……何だよ魔王軍四天王サマ。さっさと言って消えろよ」


「オオ、大分ご立腹だねェ。じゃ、単刀直入に言わせてもらうよ」


 俺を包む光が強くなる。あと数秒で転送されるだろう。



「アキト君が今から救いに行く世界ねェ、もうほぼ滅んじゃってるんだよねェ」

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