第6話 女勇者、配信を知る
何が起きた? 必死に体を捩って後ろを見る。
そこには背中に大きな斬り傷の付いた、全裸の女性の後ろ姿。
「あれ? もう倒しちゃったか」
彼女が拳を引き抜くと奥にいたゴブリンキングがドスという音を立てて崩れ落ちる。
あれが女勇者アリシアなのか? 拳の一撃であのゴブリンキングを倒したというのか。
「さて、と。君は大丈夫かなー?」
振り向き、こちらに屈んで顔を見てくる。
輝きを放つ金色のセミロング、赤い大きな瞳、端正な顔立ちの彼女はとても魔物に勝利した強い勇者とは思えない。
「あ、見ないでよー。エッチ!」
しまった、顔に気を取られていたが彼女は裸だ。
慌ててが顔を逸らすが、ふと目の端に程よく成長した果実が入る。
いや、決してこの状況でいやらしい目では見ていない。
「嘘だよー。《ヒール》、と」
彼女の手が俺の頭の上にかざされると同時に体が暖かいもので包まれた感覚になる。
痛みが引いていく、体も動くようになった。
同じヒールでも性能が段違いだ。
「ありがとう……」
さっきから思っていたがこの勇者気さくすぎやしないか?
勇者ってもっと威厳のある感じだと思っていたんだけれど。
「うん、元気だね、下半身も――」
「み、見ないでください」
視線が下がってくるのを感じて慌てて股を閉じる。
なんなんだこの勇者は。
「冗談冗談! 知ってるかもだけど私はアリシア、よろしくね」
「あ、リアン……です。アリシアさん、と、とりあえず服を……」
着ていたロングコートを脱いで渡す。
「いやー、血だらけなのはちょっと」
見てみると確かに血でだいぶ湿っている。
黒だから目立たないけど、と言うのは流石に無理があるか。
「うそうそ、ありがとうね。あとさん付けはいらないよー、敬語もなしでよろしく!」
「あ、えっと、わかりまし――わかった」
渡した手を引こうとした所でそう言って上着を受け取ってくれ、羽織ってくれる。
しかしこうみると本当に普通の女の子だ、勇者にも死霊にも見えない。
2000年も前の死体だから骨だけで召喚されるのかとも思ったけど、あの背中の傷以外は特に腐敗も傷もない。
どんな保管をしたらこれだけ完璧な死体になるんだ?
「まじまじ見ないでよー」
「ごめんなさい」
女勇者から目を背けると倒れたゴブリンキングが目に入る。
下腹部に拳大の風穴が空いているのは勇者の突きによるものだろう。
なんという力だ、ブーの斧や矢でさえ通らなかった皮膚をいとも簡単に貫通するなんて。
「しかしまあ、私の村が綺麗に荒れ果てたねー」
「うん……」
淡々と言う彼女に違和感を持つも、村の姿を見て出来事を思い出して拳に力が入る。
「ま、いいんだけどね」
「よ、よくないでしょ」
あれだけの惨劇があったんだ、死者もでた。
この状態では人が住むことももうできないかもしれない。
それにアリシアさんはこの村の出身、思い入れもあるはずだ。
荒れた村を歩く、魔物の血の生臭さが鼻をつく。
「ミョンさん、カムナさん……」
人の形を失った2人の前で手を合わせる。
「ねぇ、これは何?」
そう言ってアリシアさんが手に取ったのは写映機、血のついたそれをまじまじと触っている。
「それは写映機って言って、映像を撮ったり配信したりするものだよ」
遺体の前でも眉一つ動かさない彼女に不謹慎だとも思うけれど、これが勇者の姿なのだろうか。
「へぇー……あっ、これリアンじゃん!」
そう言って見せてきたのは俺とみんなで狩りをした時の映像、写映機から光の画面が浮き上がり、そこに映し出されている。
「うん」
昨日の出来事なのにこの惨状の後だと懐かしくさえ感じる。
あの時は楽しかった、久しぶりにダンジョンでそう思えたのに……。
「配信ってなに?」
興味を持ったのか映像を見ながら聞いてくる。
「例えばこの映像を世界の他の人にも見れる様にすることかな」
「へぇー! みんなが見てくれるんだ!」
「人気者になればね」
死霊なのにキラキラと瞳を輝かせる彼女。
相変わらず光景に合わない話に少し苛立ちを覚えるけれど、なんとか抑えて話を続ける。
「人気者にはどうやったらなれるの?」
「わからないけど、人にはできないことをしたりしたらいいんじゃないかな? ダンジョン配信だったら強い魔物を倒すのを配信したり、高レベルのダンジョンの中を見せたり」
「ふむふむ……ダンジョンが何かわからないけど、とにかく強いのをぶっ飛ばせば人気者になれるんだね」
「そんな簡単に――」
いくわけないと言おうとしたけれど、ゴブリンキングを素手の一撃で倒したのを思い出してやめる。
アリシアならどんなに強い魔物にでも勝てるかもしれない、だって彼女は勇者なのだから。
「人気者になればみんな私を見てくれるだね」
「いや、みんなは無理だけどかなり多くの人は見てくれるんじゃないかな」
ダンジョン配信はまだ若者の間でしか流行ってはいないけれど、その広まりの勢いは凄い。
これからはもっと多くの人がその波にのり、いずれは当然の代物になる日もくるかもしれない。
「んじゃあ、私も配信者になるよ!」
薄々そうくるとは思ったが、元勇者で死霊でもある彼女からとんでもない発言が飛び出し、俺の口はポカーンとあいてしまっただろう。
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