第8話 互酬の世界

 颯太は、宿舎の設備の不具合を見に来た帰りに、新人の話を聞いてしまった。


「安川君、改心したのならとがめたりしないよ。俺も最初の頃、王様にでもなれるかと思ったよ。でも、『互酬』の社会を知って、素晴らしい助け合いの世界だと思った。

 狩猟採集民の互酬には、多くの獲物を摂って高慢になる事も恐れたというんだ。それゆえ、傲慢も不正も許されないんだ。

 ここには、みんなが分かち合える物が無尽蔵にある。しかし、このバランスを崩す者が現れたら、弱肉強食が始まり、侵略による植民地支配が起こる。その後は、格差社会が容認された醜い経済至上主義社会の前の世界に真っ逆さまだ。それだけは、絶対に阻止する。

 それは、結果として地球の自然を破壊し、温暖化による異常気象という警告までも無視し、恐ろしい自滅の世界を進行させているからだよ。

 君はこの世界に必要だ。平和な世界を奏でてくれ。伊織君に頼めば、エレキギターを作ってくれるかもよ」

と言って、颯太は笑顔で去って行った。


「すみませんでした。悔い改めます」

と、安川は言って、深々と頭を下げて見送った。



颯太は、確信した。

「心配だった新人は、俺たちの真の仲間になったよ」

颯太は安心したように言った。


「どういうこと」

祐樹が聞いた。


「陽斗の心配が、安川に起こった。しかし、他の3人が諫めて、安川も改心してこの世界の良さを分かったようだ。俺は許したよ。もう大丈夫だ」

と、颯太はご機嫌だった。



 人工衛星の成功から、いよいよ世界へ『互酬』を広める旅へ出発する準備が整った。伊織の高度な技術は、世界へ飛び立てる礎になっている。進出するのは、オーストラリア大陸、南アメリカ大陸、北アメリカ大陸、アフリカ大陸そしてユーラシア大陸だった。ユーラシア大陸はヨーロッパとアジアに別れた。大陸への移動は、滑走路が要らないハイブリット飛行船や大型ヘリコプターであった。ハイブリット飛行船には電気自動車や電動自転車、マウンテンバイク、武器、食糧の種が積まれていた。武器は最強だが、ある時点から進む事を止めていた。それは、巨大獣との闘いであって、戦争をするわけではないからだ。

 あれから科学者は100人になった。そのうち30人の科学者と技術者30人を含む1200人が開拓志願者になり、五大陸へ6部隊に別れ、1週間おきに旅立つ事になった。第一陣から二陣までは、女性隊員は参加しない。そして、半年毎に開拓者が、引継ぎ要因を残し日本へ戻り、入れ替わりが続くのであった。これからは、人工衛星によって世界が繋がれる。そして、高度な技術は世界へ受け継がれる。また、『互酬』を伝える教師も30人同行していた。世界の言語は、方言として残す事になっている。



 『互酬』船団の名前は『さなえ』と名付けられた。6部隊それぞれの代表の教師と副代表の科学者、技術者そして警備隊長が激励会に出席した。送る側の参加者は、最高機関の4人と厚生大臣の野口郁夫、法務大臣の角倉駿、総務大臣の山崎純一、芸術大臣の安川徹や他の国務大臣たちだった。激励会は、いつも楽しい食事会だった。


「私たち4人で、『互酬』の国を作る事を決めました。これまで戦いのない日本でした。これを世界に広げなければ、世界平和は実現できません。世界は、日本よりも途轍もなく広く、様々な民族が暮らしています。その民族と分かり会えることが、最大の仕事です。世界の民族も、まだ狩猟採集民ですから、我々の科学技術を見ると、神のなせる技と思うでしょう。しかし、我々は優しくなければなりません。只々やさしく食糧を与え続け、あらたに音楽や芸術を交えて仲間を増やすのです。都市を作るのは、3年は掛かるでしょう。今は、焦らず苦難を乗り越えてください。

 日本からは、最高の技術を駆使して、みなさんを見守り続けます。この地球に生きる人々の幸せにつながる最高の事業です。みなさんの成功を祈ります」

と、陽斗が述べた。


「みなさん、食事をしながら、お話をしましょう。乾杯」

伊織が乾杯の音頭を取った。


 その後、みんなは、それぞれの苦労話や成功談を語った。


 激励会の終わりに、それぞれ部隊の代表が歓迎の言葉を述べた。


「我々の力で『互酬』を広げます。そして、戦争など存在しない世界を築きます。この開拓は、我々の誇りと共に使命です。これからの開拓に、日本からの見守りをお願いします」

と、アジア代表の隊長が述べた。



 それから五日後、第一陣のアジア部隊が旅立つ日、多くの人が見送りにやって来た。防衛隊の楽隊が演奏し、華やかな壮行式が行われた。

 テレビ中継もされている壮行式。この場は、家族と別れを惜しむ者や『互酬』を広げる有志に惜しまない拍手を送る者の集まりだった。この時代の狩猟採集民が味わった豊かさを、世界に広げる喜びは、はかり知れなかった。


 隊員は、手を振りながら胸を張ってハイブリット飛行船や大型ヘリコプターへ乗り込んだ。見送りの人々は、隊員が乗り込むまで惜しみない拍手と声が響いている。


「頑張ってね~」

「いってらっしゃい~」

「元気で帰って来てね~」

「期待しているよ~」

「体に気を付けてね~」

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 みんなは、様々に夢見る世界を思い抱きながら、手を振り見送っていた。


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互酬 本条想子 @s3u8k

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