第7話 欲望

 あれから2ヶ月、新人の安川は、彼女を作った。すでに、姓名の名字と名前があり、戸籍があった。彼女は春川美月という。二人は川の近くの公園でデートしている。


「徹さんたちって、まだ、ここへ来て短いのに重要な仕事しているのね」


「美月、僕は満足していない」


「経営というものをしたいの」


「商品ではなく国を作りたい。世界統一」

と言って、安川は口ごもった。


「首相とか大臣とか市長になるってこと」


「いや、世界を『互酬』で統一する旅に参加しようかなと思って」


「日本を離れるの。もう会えないの」


「いや、遠い話だよ」


「でも、そんな計画があるの」


「あるよ。世界は広い。日本の面積は世界の約400分の1だよ。でも、大きい国があるし、小さい国もある」


「日本以外に、国があるの」


「今はないよ。でも、多くの民族がいるから、国が作られない前に、世界を『互酬』で統一しようというのが、日本国の計画だよ。国が作られると、どうしても覇権争いで戦争が起きるからね」


「そういう事なら、世界統一が良いわ。みんな感謝しているもの。食糧がなくなると近くの種族が怖いと言っていたもの」


「ここの武器は、大型動物でも軽く倒すものね」

と、安川は言って笑みを浮かべた。


「徹さん、ギターを弾いて。いつも癒されているわ」


「今は、ギターだけが僕の慰めだ」

安川は言ってギターを奏でた。


 遠くにいた人たちも、安川のギターの音色に聞き惚れている。



 新人はそれから3ヶ月の間、『互酬』の様子を見ていた。しかし、一人は違った感想を持っていた。4人が宿舎に戻り、食事が終わり、安川が庭にみんなを誘った。


「4人で楽しく暮らしていたころと、今をどのように思われますか」

安川が聞いた。


「電気や鉄筋コンクリートの家があるだけでも、我々以上の知識があるね」

角倉が言った。


「信じ難い技術で、神がかっていますね」

医師の野口が言った。


「『互酬』という考えは、素晴らしいと思うね」

山崎が言った。


「僕は、あなた達の能力を過小評価していると思います」

と、安川が怒り気味に言った。


「私たちが、勝ち組ともてはやされたが、あれは何なのかと思ったよ」

角倉が言った。


「医療の仕事は、沢山あるが、以前より体が楽だよ。大勢の弟子も出来たし」

野口は言った。


「陽斗さんたちの政治は、素晴らしい。それに、私が考えてきた政治と似ている。いや、それ以上だよ」

山崎は言った。


「支配者になろうとは、思いませんか。皆さんの能力を結集すれば、別の国が作れますよ」

安川がそそのかした。


「武器があれば、他の種族を支配して、王様にでもなれると思っているのか」

角倉が声を荒らげ𠮟責をした。


「多くの種族が仲間に入ったのは、武器の恐ろしさだけでないよ。優しさだよ」

野口が微笑み掛けるように言った。


「ここの民族は、支配されているとは考えていないよ。みんな生き生きしているじゃないか。この世に生を受けたものは、平等に生きる権利が保障されている。だから、働くことも苦じゃない。むしろ、遊びのように楽しんでいる。時間も、自分のものだ。働けない人たちにも、やさしい政治だ。この世界を壊したくない」

山崎は言った。



「すいませんでした。僕が間違っていました。一人で武器を片手に、海外へ抜け出そうと思っていました。でも、みなさんに話して良かったです」

と言って、安川は泣き崩れた。


「君はまだ若い。26歳じゃないか。前の時代で経営者として成功したのも、アイデアのセンスがあったからだろ。ここでも、君は必要とされるよ。それに、君のギターの奏でる音色は素晴らしいよ」

35歳で貫禄のある角倉が元気付けた。


「この話は、冗談としよう。何もなかった頃から、前の世界の技術を目の前にして、良からぬ考えが生まれたのだろう。それは、戦いや貧富の差を、当たり前のように過ごしてきた歴史のせいかもしれない」

一番年上で40歳の野口が言った。


「縄文時代でそれほど争いがなかったというのに、農耕民の弥生時代では争いが多くなったという。しかし、旧石器時代の狩猟採集民のような『互酬』の世界に戻ろうとしないで、今までの世界が延々と続いて来た。それは、旧石器時代の狩猟採集民の知っている『互酬』が忘れ去られたからだよ。でも、それを現実に実行している世界がここにあるじゃないか。

 人間はいろいろな事を考えられるので、自分を律す心がなければ、恐ろしい人間になってしまうよ。支配される人間の事を考えれば、そんなことをするべきでない。人間って、頭脳がある分、何処までも恐ろしい存在だよ。格差がある事は、人間にとって悲劇だ。みんなで一緒に、幸せになろうよ」

30歳の山崎がしみじみと言った。


「これから、真剣に自分のできる事で、この世界に貢献させていただきます」

と言って、安川は涙をぬぐった。


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