第6話 新人のタイムトラベラー

 遠く離れた地に、新人類を発見したと警備隊員から報告があった。言葉が通じるという事だったので、電気自動車で首都に案内させた。


「ようこそ」

と言って、4人が握手を求めた。


「あなた達は、西暦何年から来たのですか」

陽斗が尋ねた。


「私たちは、2018年です」

医者の野口郁夫が答えた。


「俺たちは、2016年だ」

颯太が先輩気取りで言った。


「私たちは、あきらめてここで楽しく生きて行くことしか考えていませんでした。でも、あなた達は文明を築こうとしているのですね」

と、経営者の安川徹が尊敬の念を込めて言った。


「私たちは、衣食住を共有し、電気や鉄を早くから活用しています。ここまでの発展は、イギリスの産業革命より進んでいます。今まで、争いや戦争などしていません。

 現地の種族とは、食糧を供給することにより、仲間になりました。言語は私たちの日本語を覚えてもらいました。言語統一により、教育を通して自然資源つまり地球にある物の共有を納得してもらいました。元々、旧石器時代の狩猟採集民は『互酬』という平等が重んじられ、分け合う事が普通なので、私たちの思いが容易に受け入れられました」

伊織は言った。


「今まで私たちが経験してきた世界は、弱肉強食でした。このまま、野放図に歴史を刻めば、同じ世界が出来上がります。絶対に在ってはいけないのは、格差社会です。これは、武力闘争や戦争が招いた結果だと思います。狩猟採集民から農耕民に変わった時、現れたのは、食糧を奪い合う争いです。でも、これは前の時代であった経済活動の究極の世界と同じです」

陽斗は言った。


「私たちは医者や弁護士、経営者、政治家です。お役に立てると思います」

政治家の山崎純一が言った。


「ただ、あなた達は前の時代では成功していた人たちです。考えが変わらなければ、不満から支配欲が芽生えてくる心配があります。私たちが持っている技術を使えば、世界を支配できるでしょう。そうすれば、前と同じ競争社会になり、戦争の勝ち負けで決まる弱肉強食の世界に戻ってしまう恐れを感じます」

陽斗は、心配気に言った。


「私たちは、これまで楽しく暮らしてきました。それに、助け合いながら、競い合うというような事などなく、すべて分け合いました。何の疑問もなくしていた事です」

弁護士の角倉駿が、自信ありげに言った。


「でも、他の国があれば、前の時代と同じように競争社会が作られるのではないですか」

と、政治家が心配そうに言った。


「それは困るので、私たちで世界に『互酬』を伝え、一国の平和な世界を築きます。もう人工衛星もあります。世界を通信衛星や放送衛星で繋げるのです」

伊織が言った。


「世界征服をするのですか」

安川が、嬉しそうに尋ねた。


「いいえ、みんなが誇れる、新世界を創造します」

と、陽斗は言う。


「私たちのようなタイムトラベラーがいる多元宇宙が、たくさん存在しているとしたら、どこよりも理想的な世界を創造させてみませんか」

伊織が言った。


「争いなどしない方が良いに決まっています。しかし、仲良くなるだけでなく、仲間に入れるわけですよね。食糧を上げるだけで、争いにならないのですか」

野口が尋ねた。


「一番は、獲物の取り方を見せ付ける事かな」

颯太が言った。


「戦わなくても、震え上がらせる訳ですね」

安川が言った。


「文字を持たない種族に、最初からお互いが分かり合えるというのは難しいので、圧倒的な優位を見せるしかないと思う」

祐樹が言った。


「これから先、経済活動は認められるのですか」

安川が尋ねた。


「経済活動は必要になるでしょう。しかし、格差を生まないためには、収入に税金を高く掛ける事が最良の方法だと思います。つまり、いくら販売してもそんなに儲からないという形が良いと思います。そうすると、無駄な商品があまり出ないと思います。土壌汚染や大気汚染、海洋汚染などを避ける方策も取らなければなりません。高度な技術を必要とするものは国で作るようにします」

陽斗は言った。


「特許はどうなるのですか」

角倉が言った。


「特許を認めると、手間が掛かります。すべて、単純な方法が良いですね。これまでの、技術は僕が作り出したものですよ。この国は『互酬』の世界です。お金儲けをするために、物を作っているのではありません。世界中の人を、豊かにするために作られるべきです。でも、前の時代の特許は使い放題です」

伊織が言って笑った。


「必要な物は国が作り、国民に配給し経済に頼らない世界を築き、余裕のある生活を実現することが大事だ。働くのは、国民。国民は、好きな仕事をして給料を得る。新しい仕事が、続々と生まれている」

自信ありげに颯太が言った。


「共産主義国家を目指しているのですか」

山崎が聞いた。


「国民に自由がない共産主義国家なんてあり得ない。自由主義の対抗策として生まれた社会と互酬というのは決定的に違う。近いのは、福祉国家かな。最初から互酬という平等の思想がないところに、共産主義が突然現れても上手くいく訳がない。それに、前の時代には自由経済が蔓延していて、共産主義国家といえども自由経済の中で、全人口の平等は実現困難で、低水準だ。自由経済を取り入れた共産国でも、早速貧富の差が出て来ている」

祐樹が熱く語った。


「経済至上主義を一番嫌う国家にします。それは、格差を生み出さないためです。国家は地球全体を考えなければならないので、文明が築き上げられる前に、世界を『互酬』で統一します」

陽斗が力強く言った。


「私たちも仲間に入れてください」

野口たちが真剣に言った。


「私たちの思いを受け入れてくれるのなら、一緒に理想的な世界を築きましょう」

伊織が言った。


「前の時代の失敗を知っている8人がそろえば、互酬で全世界を統一できる」

颯太が言った。


「お疲れでしょうから、宿舎でお休みください」

陽斗が言って、警備隊員に案内させた。


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