第39話 最後の大会
翌日、私たちはいったん駅に集まり、そこから電車に乗って大会が行われる若竹会館へ向かった。
その道中、誰も言葉を発しようとせず、ひたすらスマホをいじっている。
私は特に観たいものがあったわけではないけど、一人だと間が持たないので、あまり興味のないメイクの動画を流し見していた。
やがて最寄り駅に着くと、私たちは二列になって目的地へ向かった。
「ねえ、カアちゃん。なんか空気重いね」
ヨッシーがようやく口を開いた。
「そうね。まったく緊張しないのもよくないけど、こんな感じだとみんな普段の力を出せずに終わってしまうわ。出番が回るまでになんとかしないとね」
「なんかいい方法があるの?」
「今、考え中。なにか閃いたら、教えてあげるわ」
やがて三度目の来場となる若竹会館に着くと、私たちは勝手知ったるとばかりに、すぐに中に入り受付を済ませた。
「どうやら、僕たちが一番乗りのようだな」
控室に入った途端、三場君が誰もいないのを確認してそう言った。
「じゃあ、今のうちにネタ合わせでもしようか?」
ヨッシーが冗談とも本気ともつかないことを言う。
「どうせすぐに誰か入室してくるから、やめといた方がいいよ」
私は特にツッコむこともなく冷静に返した。
「それより早く順番を見てみようぜ」
福山君にそう言われ、受付時に渡されたゼッケンを広げてみると、9番だった。
「私たち9番目だけど、そっちは?」
「俺たちは8番目だ。ということは、俺たちのすぐ後がお前らの出番ってわけか?」
「そういうことね」
「じゃあ、お前らがやりやすいように、俺たちが会場を温めといてやるよ」
自信満々に言う福山君の顔からは、さっきまでの緊張した表情は消えていた。
「僕たちの後だと、逆にやりづらいかもね。僕たちは爆笑をかっさらうつもりだからさ」
珍しく三場君が軽口を叩いている。
思いもよらぬことで、二人がいつもの顔に戻っている。
ほんと、人生って、何が起こるか分からない。
そんなことを思っていると、参加者たちが続々と入室してきて、否が応でも緊張感が高まってくる。
やがて時間になると、係員が入室し、1番から3番までのコンビを連れていった。
「あと三十分もすれば、俺たちに出番が回ってくるな」
「そうだな」
「ここまで来たら、もうなるようにしかならないよね」
「その通りよ、ヨッシー」
三人ともリラックスした中にも程よく緊張した、とてもいい表情をしている。
多分、私もそんな表情になっているだろう。
「では、7番から9番までのコンビの方、舞台袖の方へ移動願います」
係員に呼ばれ、私たちは勢いよく立ち上がり、控室を後にした。
舞台袖で待つ間、私たちは7番のコンビに遠慮して、誰も喋ろうとしなかった。
そして、7番に出番が回ると、私たちは堰を切ったように喋り始める。
「いよいよ、この次だな。三度目とはいえ、このシチュエーションはやっぱり慣れないな」
「ベテランの漫才師でも、出番前は緊張するらしいからな。僕たちが慣れないのは当然だよ」
「その中で、この状況を楽しめるだけの余裕のあるコンビが、きっと決勝にいけるんだろうね」
「その通りよ。ヨッシー、たまにはいいこと言うじゃない」
「カアちゃん、たまには余計よ」
「じゃあ、稀に?」
「それ、ほとんど意味変わらないから」
私とヨッシーが漫才のような掛け合いをしているうちに、7番のコンビの漫才が終わり、いよいよ三場君と福山君のコンビ『サンプク』に出番が回ってきた。
「じゃあ、行ってくる」
二人は私たちにそう言うと、舞台に向かって駆け出していった。
「あの様子なら、大丈夫だよね?」
「もちろん。これから客の笑い声がバンバン聞こえてくるはずよ」
私は自信たっぷりに言った。二人が普段の力を出せさえすれば、そうなることは間違いないから。
そんなことを思っていると、客の笑う声が聞こえてきて、それは次第に大きくなっていった。
「ね? 私の言った通りでしょ?」
「うん。これなら、予選通過できるかもね」
「私たちも二人に負けないように頑張ろうね」
「もちろん。必ず二人より笑いを取ってみせるから」
いい感じに気合が入ったところで、『サンプク』の漫才が終わり、いよいよ私たちの出番となった。
「じゃあ、いくよ!」
「おう!」
私たちはスポットライトに照らされ、光り輝いている舞台のセンターに向かって駆け出した。
「どーもー、『P&P』の吉田でーす」
「同じく池本でーす」
「あたしたちも、もう三回目なんで、そろそろ決勝に行きたいよね」
「そうね。そのためには、これからいい漫才をして、お客さんに笑ってもらわないとね」
「お客さん。嘘でもいいから、笑ってください。そしたら、あたしたち決勝に行けるので」
「まさかの不正要求! ていうか、審査員が観てるんだから、そんなことしても無駄なのよ!」
『わははっ!』
つかみが成功して勢いに乗った私たちは、その後のネタも全部受け、いよいよ最後のネタに突入していた。
「ねえ、もしこの大会で優勝したら、どうするつもり?」
「そうねえ。そのまま漫才師として芸能界デビューするのも、ありかもしれないわね」
「残念だけど、あたしは、そんな気はないから」
「なんで?」
「あたし、人見知りだから、漫才師なんてできないよ」
「まさかのカミングアウト! ていうか、そんな人がこんな所に出るんじゃなーい!」
『わははっ!』
最後のオチもうまく決まり、私たちは意気揚々と引き揚げていった。
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