第38話 大会を前にして

 梅雨が明け、暑さが本格的になってきた七月下旬、私たちお笑い研究部は明日開催される『全国中高生漫才コンテスト』に向け、部室でミーティングをしている。


 一昨年はまだ舞台に慣れていなかったせいで、二組とも実力を発揮できなかった。

 昨年はクラス回りでメンタルを鍛えていたため、緊張はしなかったけど、ネタ自体が面白くなかったのか、二組とも予選を通過することはできなかった。


 そして今年はついにラストイヤー。

 これまでやってきたことが間違いでなかったことを証明するために、是非とも結果が欲しいところだ。


「ついにこの日が来たか。思えば、ここまで長かったような、短かったような──」


 福山君が遠い目をしながら、しみじみと言う。


「最後の大会だから結果を残したいところだけど、意気込み過ぎてもよくないから、程よい緊張を保ちつつ、全体的にリラックスして臨まないとね」


 ヨッシーはちゃんと自分のやるべきことが分かっている。

 この二年余りの間に、彼女は随分大人になった。


「明日はとにかく、実力を発揮することだけに集中しましょう。そしたら、自ずと結果はついてくるから」


 私は部員たちに言ったのと同時に、自らにもそう言い聞かせていた。


「結果はどうあれ、明日は大いに楽しもう。これが最後の大会なんだからさ」


 三場君はシンプルにまとめたけど、胸に秘めた思いがひしひしと伝わってくる。

 お笑いの道に進むことを公言している彼にとって、明日は是が非でも結果を出したいはずだ。


 

 やがてミーティングが終わると、電車通学の福山君とヨッシーが、急げば次の電車に間に合うと言いながら、慌てて部室を出ていった。


 図らずも三場君と二人きりになり、急に緊張してくる。

 すると、彼はカバンの中からノートを取り出し、机の上に置いた。


「これまで部活を通して思ったことと、明日の意気込みが書かれている。いわば集大成ってやつかな。というわけで、いつもより長くなっちゃったけど、後でゆっくり読んでよ」


「うん」


 私はノートをカバンに入れ、まだドキドキが止まらない中、三場君と共に部室を後にした。




 やがて家に着くと、私はすぐにノートを開いた。


【やあ! 三場健人だぜ。今日はこれまでの部活動のことを語っちゃうから、少々長くなるけど、最後まで付き合ってくれよな。じゃあ、早速いくぜ。

 まずは部を立ち上げた時のことなんだけど、カラカラは憶えてるかな? あの時はなかなか思うようにいかず苦労したよな。で、なんとか立ち上げたものの、その直後にカラカラとヨッシーがケンカを始めただろ? あの時はヨッシーが辞めちゃうんじゃないかって、ほんと肝を冷やしたよ。まあ結局、大事おおごとにならなかったからいいんだけどさ。

 大会は今まで二回出場したけど、一回目はほんとひどい出来だったよ。俺も福山も緊張し過ぎて、まったくかみ合っていなかったからな。そっちも、ヨッシーがネタを飛ばしたって言ってたけど、まあそれも仕方ないよな。二回目はお互いリラックスして臨めたけど、なぜか結果が伴わなかったな。結構自信があっただけに、あの時はほんとショックだったよ。

 あと、文化祭では二回コントを披露したけど、あの時はすごく楽しかったよな。コントがあんなに楽しいなんて、実際にやるまで気付かなかったよ。俺、高校を卒業したら漫才師になろうと思ってたんだけど、最近コントもありかなって思うようになったんだ。

 明日は最後の大会だから、今までやってきたことを全部ぶつけて、お互い悔いの残らないようにしような。じゃあ、今日はこれで終わるぜ。あばよ!】


 私は読み終わると、すぐに書き始める。


【やあ! 池本カラスウリだぞ。お笑い研究部を立ち上げてから、私が今日まで頑張ってこれたのは、全部ケンケンのおかげだよ。部長という重責を担いながら、ずぶの素人だった私を引っ張ってくれて、本当に感謝してる。おかげで、最近はヨッシーとの掛け合いもすっかり板についてきたし、自分でもうまくなったと思ってる。

 文化祭でやったコントは本当に楽しかったね。四人で何かするのって初めてだったから、すごく新鮮だったし、それまで感じなかった連帯感を味わうこともできた。

 それ以来、私たちの関係性が明らかに変わったもんね。

 大会のことだけど、ここまで来たら、やっぱり決勝に行きたいよね。純粋にレベルの高い同世代の人たちの漫才を観てみたいしね。というわけで、二組とも決勝に残れるよう、お互い頑張ろうね。じゃあ、また会いましょう。アディオス!】


 私は自分の思いを少しだけ書けたことを、大いに満足しながらノートを閉じた。


 

 



 


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