第37話 令和ナンパ勝負

 道に咲いている花や草木の葉が色づき、すっかり秋めいてきた11月初旬、私たちお笑い研究部は、来週行われる文化祭で披露するコントの稽古に追われていた。


「体育祭が運動部の晴れ舞台なら、文化祭は文化部の晴れ舞台よ」


 南野先生の提案で、それぞれの文化部が日頃取り組んでいることを発表することになり、私たちは話し合った末、四人でコントをすることにした。


「今のセリフ、ワンテンポ遅らせた方がいいな」

「もう少し、舞台を大きく使おうよ」

「小道具をもっと作った方がいいな」

「そのシーンは、もっと声を大きくした方がいいと思う」


 四人で意見を出し合いながら稽古をしているうちに、なんか連帯感みたいなものが生まれて、いい感じにまとまってきた。

 南野先生が提案していなかったら、私たちはこんな風にはなっていないだろう。

 この前の体育祭以来、私は彼女の見方がそれまでと百八十度変わっていた。


「じゃあもう一回、最初からやってみよう」


 三場君は今回、脚本、演出、演者の三刀流で私たちを引っ張ってくれている。

 その姿を見ていると、ほんとこの人はお笑いが好きなんだなと、心の底から思える。

 彼の頑張りに報いるためにも、このコントは絶対成功させなければならない。




 そして迎えた文化祭当日、私たちは次の出番に備え、舞台袖で待機していた。


「俺、もう少し緊張するかと思ってたけど、割と平気なんだよな」


「あたしも。緊張どころか、逆に早く出番が来ないかなって、さっきからうずうずしてる」


 福山君の言葉に、ヨッシーがすぐさま乗っかる。

 私は『お願いだから、今日はセリフを飛ばさないでね』という言葉を呑みこみながら、副部長らしい言葉を投げ掛ける。


「それは漫才でクラス回りをした成果が表れてるのよ。そのおかげで、自分でも気付かないうちに、私たちはメンタルが強くなってるの。だから今日は自信を持って、舞台に立ちましょう」


 私って割といいこと言うじゃんと、心の中で自画自賛していると、三場君がやれやれといった顔を向けてくる。


「池本さんに全部持っていかれて、ほとんど言うことがなくなったから、一つだけ言うよ。今日はみんなで大いに楽しもう」


 三場君がそう言うと、私は思わず「おう!」って言っちゃったけど、他の二人はそんな私を見て、「気合が入り過ぎだよ」と笑っていた。



 やがて演劇部による劇が終わると、いよいよ私たちの出番となった。


 ちなみにコントの題目は『令和ナンパ勝負』で、老人に扮した三場君と福山君が、どちらが先にナンパに成功するかを競うという、コメディタッチのものだ。


 私とヨッシーは女子大生の役で、街を歩いている時に、二人から声を掛けられる設定になっている。


「それでは次に、お笑い研究部の皆さんにコントを披露してもらいます」


 司会者に紹介されると、三場君と福山君は杖を持ちながら舞台に出ていき、舞台に用意しているベンチに腰掛ける。


「三場さん、あんた聞くところによると、若い頃は随分モテたそうじゃな」


「まあ、そうじゃな。昔はよくナンパしたもんじゃが、一回も失敗したことがないのが、わしの自慢じゃ。わははっ!」


「ナンパっていうのは、普通モテない奴がやるもんじゃないのか? まあそれはいいとして、どのように声を掛けてたんじゃ?」


「あの頃は、わしも貧乏で喫茶店に行く金もなかったから、『おれでオレンジジュースでも飲まないか?』と小粋なギャグを交えて家に誘ったんじゃ。わははっ!」


「それでどうなったんじゃ?」


「みんな大笑いしながら着いてきたよ。その後のことは言わんでもわかるじゃろ? わははっ!」


 三場君の笑いに誘われるように、生徒たちから笑い声が聞こえる。


「その話、にわかには信じがたいのう」


「信じようが信じまいが、事実じゃから仕方ないじゃろ」


「じゃあ、今からそれを証明してくれんか?」


「というと?」


「今から二人でナンパして、どちらが先に成功するかを競うんじゃ。もしわしが負けたら、あんたの言ったこと、信じてやるよ」


「よし、その勝負受けてやろうじゃないか」


 ここで舞台は暗転し、オシャレなカフェや洋服店が立ち並ぶ街並みへと変わる。

 満を持して登場した私とヨッシーに、三場君が声を掛けてくる。


「そこのお嬢さん方、今からわしとお茶でも飲まないかい?」


「えっ! それ、もしかしてナンパですか?」


 私は怪訝な顔を向ける。


「まあ、大きくジャンル分けすれば、そうなるかな。わははっ!」


「ナンパなんて、今時流行らないよ。ていうか、おじいさん、何歳なの?」

 

 ヨッシーが呆れた顔で訊く。


「75じゃ。いわば、後期高齢者という奴じゃな。わははっ!」


「私のおじいちゃんと同い年じゃないですか! いい歳してナンパなんかして、恥ずかしいと思わないんですか?」


 私は三場君に軽蔑の眼差しを向ける。


「全然。むしろこの歳でナンパするほど元気があることを、わしは誇りに思うよ。わははっ!」


「おじいさん、杖をつきながら何言ってんのよ。さっさと家に帰って、孫とでも遊んでなさいよ」


 辛辣な言葉を放つヨッシーに、それまで沈黙を守っていた福山君が横から割って入る。


「君たち、こんな人は放っといて、今から私とランチでも食べに行かないか?」


 福山君は杖を捨て去り、口調もがらりと変えてきた。


「おじいさん、若く見せようと思っても無駄よ。どうせ、このおじいさんと同世代なんでしょ?」


 そんな福山君を、ヨッシーはバッサリ切り捨てる。


「いや。老けて見えるが、私はまだ四十代なんだよ」


 福山君がそう言うと、横にいる三場君がすぐさまツッコミを入れる。


「あんた、そんな見え見えの嘘までついて、ナンパを成功させたいのか?」


「あんたがなんと言おうと、私はこの姿勢を貫く。さあ君たち、奢ってあげるから、私と一緒にランチを食べに行こう」


「すみませんが、私たち、おじいさんたちと食事する暇なんてないので、他を当たってください」


 そう言って立ち去ろうとすると、三場君が自らの杖と福山君が捨てた杖で私の体を挟んできた。


「ちょっと! 何するんですか!」


「これが本当のカニばさみじゃ。これでもう、あんたはどこにも行くことはできん。わははっ!」


『はははっ!』


 生徒たちが爆笑する中、ヨッシーは杖を外そうとしてくれたけど、杖が体に食い込んでなかなか外れない。


 私は痛みに耐えきれず、ついに降参してしまう。


「……分かりました。一緒にお茶を飲みにいくので、杖を外してください」


すると、三場君は杖を外し、福山君にドヤ顔を向ける。


「どうやら、わしが勝ったようじゃな。まあ、あんたも頑張ったが、今回は相手が悪かったな。わははっ!」


 福山君は何も言い返すことができず、ガックリとその場に崩れ落ちた。


「さあ、お嬢さん方、この先に昭和レトロの喫茶店があるから、そこで美味しい昆布茶でも飲もうじゃないか。わははっ!」


『ウーウー』


 三場君の笑い声に交じって、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。


「おじいさん、早く逃げた方がいいんじゃない?」


 ヨッシーがニヤニヤしながらそう言う。


「どういう意味じゃ?」


「さっき警察に電話したの。杖を使って体を挟んでくる変態老人がいるって」


「なんじゃと! こうしちゃおれん。早く逃げんと」


 三場君は杖を投げ捨て、舞台袖に向かって走り出す。


 私とヨッシーがそれを見送っているところで、コントは終了となった。






  




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