第36話 一枚上手

 体育祭当日、私はあることが気になって、いまいち楽しめないでいた。

 それは、二人三脚。南野先生と三場君が体を密着させて走る姿を想像しただけで、胸糞が悪くなる。


 それに加え、私自身が出場する借り物競争が、これまた曲者だ。

 簡単なお題に当たればいいけど、とんでもないお題に当たると、多分私はパニックを起こすだろう。


 そんなことを考えていると、仮装行列に出場するヨッシーと福山君が、それぞれ看護師と警官に扮装した姿で現れた。


「二人とも、よく似合ってるね」


 これは嘘偽りない感想だった。

 ただ、この姿でグラウンドを一周する勇気は、私にはないけど。


「あたし、小さい頃から看護師になるのが夢だったから、この恰好にしたんだ」


 ヨッシーは満足げに言う。よく見ると、小道具として手に注射器を持っている。


「俺もヨッシーと一緒だ。見てくれよ、この拳銃。まるで本物みたいだろ?」


 どこで調達したのか、福山君は本物そっくりのモデルガンを自慢げに見せてきた。


 やがて仮装行列が始まると、二人はそれぞれ注射をする仕草や拳銃を撃つ仕草をしながら、生き生きとした表情でグラウンドを闊歩していた。



 次の競技はクラス対抗二人三脚。

 一年の各クラスの担任と生徒がペアを組む中、南野先生と三場君がお互いの足を紐で括り、肩を組んだ状態でスタンバイしている。


 ある程度覚悟はしてたけど、いざその姿を目の当たりにすると、やはり気分のいいものではない。


 なるべく二人を見ないようにしていると、スタートした途端、二人が派手に転倒し、いやでもそっちに目がいってしまう。


 二人はなんとか立ち上がって走り出したけど、既に他のペアとは大差が付き、優勝は絶望となった。


(三場君、あんなに派手に転んで大丈夫かな? 怪我をしていなければいいけど)


 結局二人は、ぶっちぎりの最下位でゴールし、ある意味優勝したペアより目立っていた。


「いやあ、まさかスタート直後に、あんなことになるとは思わなかったよ」


 戻って来るなり、三場君は照れくさそうに言った。


「それより、怪我しなかった?」


「うん。膝をちょっと擦りむいたけど、こんなの怪我のうちに入らないから」


 見ると、確かに膝のところに擦り傷ができている。


「一応、保健室で手当てした方がいいんじゃない?」


「いや、ほんと大丈夫だから。それより、この次、出場するんだろ? 準備しなくていいの?」


「あっ! すっかり忘れてた。じゃあ、行ってくるね」


 私は借り物競争に出場する人が集まっている場所へ急いだ。



「それでは次の競技は借り物競争です。一番目にスタートする生徒は、スタートラインに立ってください」


 やがて競技が始まると、最初の8人が一斉にスタートし、それぞれお題の書かれたカードをめくった。


 すると、すぐに走り出したり、その場にしゃがみこんで考えたり、あきらめのポーズをとったりと、人によって全然違うリアクションをしている。


(あの、あきらめた人のお題って、一体なんて書いてるんだろう……ああいうのだけは絶対引かないようにしないと)


 そんなことを思っているうちに、最初のレースが終了し、いよいよ私の出番となった。

 

「パン!」


 ピストル音が轟く中、私はスタートしたけど、鈍足なため他の人とどんどん差が付き、カードに到着した時は既に最後の一枚となっていた。


 まあ、残り物には福があると自分に言い聞かせながらカードをめくると、そこには『ものまねができる人』と書かれてあった。


(はあ? なに、このお題……とりあえずお笑い研究部にはいないし、あとの人は普段ほとんど話さないから、誰ができるかなんてまったく分からない。かといって、『誰かものまねの出来る人はいませんか?』と、訊いて回るのも面倒だし──」


 考えた末、私は一つの答えを導き出し、早速南野先生のもとへ向かった。


「先生、私と一緒に来てください」


「お題はなんて書いてあるの?」


「『美人教師』です。これはもう先生をおいて他にいません」


「なるほど。それなら、私の出番ね」


 南野先生は疑うことなく、付いて来てくれた。とりあえず、作戦成功だ。


 やがて全員がゴールすると、一人ずつ検証が始まった。

 最初にゴールした私がお題をクリアしていると、その時点で一位が決まる。


「それでは早速、ものまねを披露してください」


 係員にそう言われ、南野先生はきょとんとしている。

 無理もない。彼女はお題が美人教師だと思ってるんだから。


「どうしたんですか? 早くものまねをしてください」


 係員に急かされて、ようやく彼女は真相に気付いたようで、私に怪訝な目を向けてきた。


「池本さん、私を騙したのね」


「はい。そうしないと、付いて来てくれないと思ったので」


「なるほどね。でも、最初からそう言ってても、私は付いていったわよ」


「えっ! じゃあ、もしかして、ものまねやってくれるんですか?」


「もちろん。私こう見えて、結構ものまね得意なのよ」


 南野先生はそう言うと、早速美人で有名な女優のものまねをし始める。

 それは思ったよりクオリティが高く、係員も合格のサインを出した。


「やった! 池本さん、あなたが一位よ!」


「そうですね。騙してここに連れてきたのに、怒るどころか気さくにものまねをしてくれて、本当にありがとうございました」


 南野先生に恥をかかせようと思っていた私は、彼女の器の大きさを身を以って知ると共に、自分の幼稚さがつくづく嫌になった。




 

  

 


 

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