第35話 まさかのカミングアウト

 翌日の昼休み、私たちは一年四組の教室で前回と同じネタを披露し、昨日以上に笑いを取った。

 今度はヨッシーもネタを忘れることなく最後までやり切ったので、喜びもひとしおだった。


「やっぱり二回目だと、全然違うね。昨日はなんだかんだ言って緊張してたから」


「そうね。今日は最初からウケてたしね」


 どうやら昨日のことが噂になっていたようで、今日は漫才を始める前から、私たちを受け入れる態勢が整っていた。


「おっ、その顔だと、そっちもうまくいったみたいだな」


 一年二組の教室から戻ってきた福山君が、私たちの顔を見るなりそう言った。


「まあね。今日はネタを飛ばすことなく、ちゃんと最後までやり切ったから」


 得意げなヨッシーに、三場君は冷ややかな目を向ける。


「そんなの、できて当然なんだよ」


「何よ! 少しは褒めてくれてもいいじゃん!」


「来年の大会で予選を通過したら褒めてやるよ」


「言ったね! じゃあ来年、意地でも予選通過してやるから!」


 ヨッシーは完全に私を置き去りにしながら、そう言った。

 まあ、私もそのつもりだからいいんだけどね。



 五時間目の授業は数学。

 竹本先生は黒板に問題文を書くと、いつものように数字遊びを始めた。


「えーと、今日は9月3日か。9と3でクミだから、クミと言う名前の奴に当てようかな。えーと、名前がクミなのは──」


 そう言って、竹本先生は出席簿を食い入るように見る。


「残念ながらいないようだな。じゃあ、まずは9と3を足してみよう。そしたら12になるな。そこから9を引いて、更に3を掛けると、3×3でまた9になる。このまま9番を当てるんじゃ面白くないから、今度は9と3を掛けてみよう。そしたら27になるな。更にそれを3で割ってみると9になるな。よって9番の三場、前に出て問題を解いてくれ」


 先生はフェイントを入れつつ、結局9番を指名した。ほんと、面倒くさい人だ。

 まさか自分が当てられると思ってなかったのか、三場君は驚きの表情を見せていたけど、「はい」と返事をした後、前に出てスラスラと問題を解いた。

 その瞬間、竹本先生はなぜか悔しそうな顔をしていた。



 六時間目の授業は道徳。

 題材は二週間後に行われる体育祭で、誰がどの種目に出るか話し合いが始まった。


「僕は二人三脚に出るよ。なんたって、ペアの相手が南野先生だから」


 一人の男子生徒がそう言うと、お決まりの醜い争いが始まった。


「お前、ふざけんなよ。それは俺が出るに決まってるだろ」

「先生、是非とも俺をパートナーに選んでください」

「いえ。僕は先生と背格好が似てるので、走りやすさを考えたら、断然僕を選ぶべきです」


 男子たちはまったく譲る気配を見せない。

 こうなったらもう、じゃんけんで決着をつけるしかなさそうだ。


 そんなことを思っていると、南野先生の口から仰天の言葉が飛び出した。


「君たち、不毛な争いはもやめて。私は三場君とペアを組むから」


 その瞬間、男子たちの視線は一斉に三場君に集まった。

 すると、彼は戸惑いの表情を見せながらも、冷静に訊ねる。


「なんで僕なんですか?」


「男子の中で、君だけが私に興味を示さないからよ。練習がてら、たっぷりとその理由を聞かせてもらうわ」


 めちゃくちゃなことを言う南野先生に、男子たちは彼女ではなく三場君に突っかかった。


「おい、三場。お前これが狙いで、今までわざと先生に興味を示さなかったんだろ?」

「これを機に、一気に先生と仲良くなろうと思ってるんだろ? このツンデレ野郎が!」

「お前は最初から気に食わなかったんだよ!」


 ほとんど言い掛かりとしか思えない言葉を浴びせられ、三場君は明らかに戸惑っている。

 ねえ先生、あんたのせいでこうなったんだから、なんとかしなさいよ!


「君たち、三場君を責めるのは、お門違いというものよ。責めるのなら私を責めて。でも私、Mだから、全然効かないけどね」


 先生のまさかのカミングアウトに、一瞬教室の中に冷気が流れた。


「やだ、みんな、なに本気にしてるの。そんなの冗談に決まってるでしょ」


 先生は慌てて否定したけど、男子たちは誰も笑わず、微妙な表情をしていた。



 その後、種目の割り振りは順調に進み、残るは借り物競争と騎馬戦の二つに絞られた。


 騎馬戦は男子だけで構成するので、実質残りは借り物競争のみで、私はそれを選択せざるを得なかった。


(まあ、仮装行列のメンバーにならなかっただけでもマシか。後は本番で変なお題を引かないことを祈るだけだわ)


 私はそんなことを思いつつ、南野先生とペアを組む三場君のことが心配でたまらなかった。


 

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