第34話 アウェイでの漫才

 翌日の昼休み、私とヨッシーは弁当を食べ終えると、すぐに一年五組の教室を訪れた。


「どーもー、『P&P』の吉田でーす」


「同じく池本でーす」


 突然乱入してきた私たちに、生徒たちは皆、面食らっている。

 私たちはその状況の中、早速漫才を始めた。


「ほんと、この学校の教師は変わった人が多いよね」


「例えば?」


「まずは数学の竹本先生。あの人、いつも生徒に当てる時、日付の数字をこねくり回して、一人で楽しんでるでしょ?」


「こねくり回すって、粘土じゃないんだから」


「なんで数学なのに、粘土が出てくるの? 粘土は工作でしょ?」


「そういう意味で言ったんじゃないわよ! 表現が変だって言ってるの!」


「じゃあ、どう言えばいいの?」


「数字で遊んでるとかでいいんじゃない?」


「なんで授業中に遊んでるの?」


「もういいって!」


 私が激しくツッコむと、何人かの生徒が笑ってくれた。


「あと、外せないのが、あたしたちの担任の南野先生よね。彼女に関するエピソードはたくさんあるけど、その中で一番度肝を抜かれたのは、自分のいいところを男子たちに言わせたことかな」


「ああ、確かにあれはインパクトあったね」


「おまけに、男子全員を自分の前にひざまずかせて、靴を舐めさせてたしね」


「そんなことやらせてないから! みんなが信じたら、どうするのよ!」

 

「あと、遠足の時、男子たちの弁当を自分で作ってたでしょ? あれもビックリしたよね」


「そうね。男子たちに頼まれたとはいえ、まさか本当に作るとは思わなかったわ」


「あたし、本当のこと言うと、先生が作った弁当、食べたかったんだよね」


「まさかのカミングアウト! あんた、いつも先生の悪口ばかり言ってたのに、あれは嘘だったの?」


「うん。『敵を欺くにはまず味方から』って言うでしょ?」


「それ、使い方間違ってるから!」


 さっきより笑っている人が増えている。 

 こうなったらもう、意地でも全員を笑わせてやるから。


「ところで、プロの漫才師って、よく時事ネタを使ってるけど、なんでか知ってる?」


「それは単純に、旬だからじゃない?」


「なんで、おじいさんのネタが旬なの?」


「それは時事ネタじゃなくて、じじいネタでしょ!」


 あっ、ほとんどの人が笑ってる。もう一息だ。


「最後に、あたしたちのコンビ名の由来について話したいと思います」


 ヨッシーが突然、台本にないセリフを喋り始めた。


(ヨッシーたら、なんでこんなこと語り出したんだろう……まさか、またネタを忘れたんじゃないでしょうね)


「最初に挨拶したように、あたしたち『P&P』というコンビ名なんですけど、このPはぺチャパイのPなんです。あたしたち、二人とも貧乳なんで」


「いやいや。あんたはそうでも、私は違うから。ていうか、Pはプリティのことじゃなかったの?」


「はあ? プリティって、可愛いって意味でしょ? あんたよく、自分でそんなこと言えるわね」


「あんたがコンビ名を決める時にそう言ったんでしょ! もうあんたとはやってられないわ」


「「どうも失礼しましたー」」


 終わった後、周りを見ると、生徒全員が笑っていた。

 私は心の中でガッツポーズをしながら、一年五組の教室を後にした。



 そのまま自分たちの教室に戻ると、私は早速ヨッシーに訊ねた。


「最後のネタ、もしかして忘れたの?」


「うん。それで咄嗟に、コンビ名のこと言ったんだけど、みんな笑ってたから、結果オーライだよね」


 あっけらかんとした態度のヨッシーに、私はため息交じりに言う。


「この前の大会もそうだけど、なんで最後にネタを忘れるの?」


「多分、あと少しで終わると思ったら、安心して気が抜けちゃうんだと思う」


「分かってるのなら、そうならないよう、最後まで気を引き締めてよ」


 強い口調でヨッシーを責めていると、三場君と福山君が一年一組の教室から戻ってきた。


「そっちは、どうだった? ちなみに僕たちは、最初から最後までずっと笑いを取ってたよ」


 三場君が余裕の顔を見せてくる。


「それはすごいね。私たちは最初みんな警戒してたけど、時間が経つに連れて徐々に笑ってる人が増えて、最後は全員が笑ってたわ」


「ふーん。じゃあ、お互い大成功だったわけだ」


「それがそうとも言い切れないの。ヨッシーが最後にネタを飛ばしたから」


「はあ? お前、また飛ばしたのか」


 福山君が呆れたように言うと、ヨッシーはすぐさま反論する。


「でも、間を空けたわけじゃないから、生徒たちには気付かれてないよ。しかもアドリブで言ったことがウケて、みんな大爆笑だったんだから」


「ウケればいいってもんじゃない。突然アドリブを仕掛けられる池本さんの身にもなってみろ」


 三場君に厳しい表情で詰められたヨッシーは、すっかり意気消沈し、蚊の鳴くような声で「……わかった」と呟くように言った。






  

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