第33話 新学期早々……

 新学期が始まる九月一日の朝、学校に行くのが久しぶりなため、なかなか起きられないでいると、父が勝手に部屋に入り込み、自らの頬を私の頬にくっつけてきた。


「カラスウリー、早く起きないと、永遠にこのままだぞー」


「それは無理! ていうか、朝っぱらから、何してんのよ!」


 私は父を跳ね除け、ベッドから飛び起きた。


「勝手に部屋に入らないでって、何度言えば分かるの! 今度やったら、もうお父さんとは口利かないからね!」


「俺だって、別に好きで入ってるわけじゃない。お前が起きないのがいけないんだろ?」


「明日からちゃんと起きるから、早く出て行ってよ!」


「ごはん、もう出来てるから、早く着替えろよ」


 父はそう言うと、ようやく出ていった。


(ほんと、油断も隙もあったもんじゃない。あの人、いつになったら、子離れしてくれるんだろう)


 そんなことを思いながら私は制服に着替え、部屋を出た。


「おはよう」 


 顔を洗った後キッチンに入ると、父が挨拶してきた。


「さっき、もう会ったでしょ」


「挨拶はまだしてなかっただろ?」


「……おはよう。さっきも言ったけど、もう二度と勝手に部屋に入らないでよ」


「それはカラスウリ次第さ。お前がちゃんと起きればいいだけなんだから」


「言われなくても、ちゃんと起きるわよ」


 私はトーストにバターをたっぷりと塗り、かぶりついた。


「おい、口にバターが付いてるぞ」


 兄が呆れ顔で指摘してくる。

 私は無言で口を拭きながら、なおも頬張っていると、今度は母が注意してきた。


「女の子なんだから、もっと上品に食べたらどうなの」


「そんな余裕ない。明日からちゃんとするから」


 私は口に溜っているトーストを、牛乳で無理やり流し込むと、すぐにキッチンを出ていった。


「いってきます!」


 ギリギリの時間に家を出て、懸命に自転車を漕いでいると、走りながら登校している三場君と出くわした。


「三場君、おはよう。こんな時間に登校してるなんて珍しいね」


「おはよう。昨日夜遅くまで起きてたから、つい寝坊しちゃってさ」


「私もまったく一緒。じゃあ、先に行くね」


 私はなんとか時間前に到着し、三場君もギリギリ間に合ったみたいだった。



「みんな、おはよう。夏休みは充実した時間を過ごせたかな?」


 朝のホームルームで、南野先生が爽やかな笑顔を向けてくる。


「先生に会えなくて寂しかったけど、その笑顔を見たら全部吹き飛びました!」


 一人の男子生徒がそう言うと、他の男子たちも賛同し、たちまち騒がしくなる。


「見たところ、前と大きく変わった人もいないみたいだし、ひとまず安心したわ」


 夏休みにいろんな経験をして、二学期になると恰好や態度が大きく乱れた人が中学の時にいたけど、先生はその事を言ってるのだろう。


「僕たちが、先生を心配させるようなことするはずありませんよ」

「そうだよ。もしそんな奴がいたら、俺が黙ってないから」

「二学期も僕たちは先生に付いていきます」


「君たち、嬉しいこと言ってくれるじゃん。 良い生徒たちに恵まれて、私は幸せよ」


 途端、男子たちが一斉に騒ぎ始め、それはなかなか収まる気配はなかった。


(ああ、二学期もこんな感じなのか……まあ、もう慣れたけどね)


 その後、ホームルームの時間が終わるまで、男子たちは大いに盛り上がっていた。




「この前も言った通り、明日からクラス回りをするから、今日中にネタ合わせを完璧にしておくように」


 放課後の部室で、三場君が私とヨッシーに念押しをする。


「健ちゃんの方はもうできてるの?」


「いや。僕たちも今から合わせるから、お互い頑張ろう」


「うん。じゃあ、カアちゃん。早速ネタを見せ合おう」


 ヨッシーにそう言われ、私はお笑いの歴史を勉強する合間に考えたネタを見せた。


「なるほど。学校ネタを入れてるのは流石ね。あと、この時事ネタも面白いね」


 ヨッシーはそう言って褒めてくれた。


「ヨッシーの、アイドルいじりのネタも面白かったわ。あと、SNS関連のネタもね」


「じゃあ、とりあえず今挙げたネタで合わせようか?」


「そうね」


 私たちはそれぞれが面白いと感じたネタを取り入れ、早速ネタ合わせを始めた。


 ネタ合わせ自体が久しぶりなこともあって、最初はぎこちなかったけど、やっていくうちに段々と慣れてきて、最後の方は結構いい感じにまとまった。


「僕たち、ほぼ完成したけど、そっちはどう?」


 三場君が余裕の顔で訊いてきた。


「こっちも完璧よ。明日は教室内を笑いの渦に巻き込んでみせるから」


 負けじと、ヨッシーが大口をたたく。

 私はそこまでの自信は持てず、取り繕ったような笑顔を向けた。


「よし、じゃあ今から一組と五組の担任に許可をもらってくるよ」


 三場君はそう言うと、颯爽と部屋を出ていった。


「ねえ、福山君。そっちはどんなネタにしたの?」


 私は気になっていたことを訊いてみた。


「まあ一言で言うと、オーソドックスなネタってところだな」


「もっと具体的に言ってよ」


「なんでそんなに詮索してくるんだよ。まさか、俺たちのネタをパクろうと思ってるんじゃないだろうな?」


「変なこと言わないでよ! 私たちはもう、ちゃんとネタはできてるんだから」


「じゃあ、もういいじゃないか。お互いネタの内容について訊くのは、よそうぜ」


 福山君の言葉に、私はハッとさせられた。

 もし逆の立場だったら、私もあまり気分は良くないかもしれない。


「ごめん。今のは聞かなかったことにして」


「ああ」


 変なことを言って微妙な空気にしてしまったけど、この場に三場君がいないことがせめてもの救いだった。


 


 

 



 

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