第32話 素の自分

 部員同士の近況報告を行った翌朝、私は自転車に乗って、いそいそと図書館に出掛けた。

 目的はもちろん、三場君に会うため。

 彼と二人きりでお笑いのことを勉強する画を想像しただけで、思わず顔がにやけてしまう。


 やがて図書館に着くと、私はすぐさまお笑いの本が集まっているコーナーへ行き、三場君を探したけど、彼の姿はどこにもなかった。

 まあ、そのうち来るだろうと、私はお笑いの歴史について書かれている本を読みながら、待つことにした。


 しかし、待てど暮らせど三場君は現れず、気が付くと12時を回っていた。

 私はひとまず休憩することにし、地下にある食堂へ向かった。

 券売機でうどんの食券を買い、三場君はいつもここで何を食べているんだろうと想像しながら、私は見本と比べやや小ぶりのうどんに箸を付けた。


 (三場君に今日は来ないのかって、メッセージを送ってみようかな……いや、そんなことしたら、私が会いたがっているのがバレバレだ。やっぱり、このまま待つしかないな)


 やがてうどんを食べ終えると、私は元の場所へ戻り、分厚いお笑いの歴史書を再び読み始める。

 三場君のことが気になって、中々読み進めないでいると、不意に後ろから声が聞こえてきた。


「やあ、池本さん。昨日ここに来るって言ってたのは、嘘じゃなかったんだな」


 聞き慣れた三場君の声に、私は喜びを抑え、平静を保ちながら振り向いた。


「うん。ちょうど、今来たところ」


 私は朝から来ていたと正直に言うのがなんとなく恥ずかしくて、咄嗟に嘘をついた。


「そうなんだ。やっぱりこれを持ってきて正解だったな」


 三場君はそう言うと、カバンからノートを取り出した。


「昨日、書いておいたから、帰ってからゆっくり読んでよ」


「うん」


 私は三場君から受け取ったノートをカバンに入れると、前々から気になっていたことを、この機会に訊いてみることにした。


「ねえ、なんで日記の中だと、キャラが変わるの?」


「えっ! ……なんでって言われても困るな。だって、本来それが僕のキャラだから」


「嘘でしょ! 私はてっきり、無理してキャラを作ってると思ってたわ」


「まあ、そう思われても仕方ないな。学校では、お笑いにストイックなキャラを演じてるからね」


「なんでわざわざ、そんなことしてるの?」


「部長の僕がふざけたキャラだと、部がまとまらないと思ってさ。他の誰かに部長をやってもらうにしても、適任者がいないだろ? それとも、池本さんがやってくれる?」


「それはちょっと……副部長でも責任が重いのに、部長なんてとてもできないわ」


「じゃあ、やっぱり、僕はこのキャラを押し通すしかないな。ところで、池本さんも日記ではキャラを変えてるけど、どっちが本当の君なんだ?」


 三場君にそう言われて、私は瞬時に頭をフル稼働させる。

 本当のことを言った方がいいのか、それとも日記のキャラが本当の自分だと、嘘を言えばいいのか。

 仮に本当のことを言えば、今の状況が変わることはないだろう。 

 嘘をつけば、本来の三場君の性格と合うことになるから、もしかしたら今以上に親密な関係になるかもしれない。

 迷った末、私は嘘をつくことを選択した。


「実は私も日記のキャラが本当の自分なの。学校では、それがバレないよう猫を被ってるけどね」


「マジで! とてもそんな風に見えないけどな」


「でしょ? こう見えて、本当は、はっちゃけキャラなんだよね」


「さっき訊かれたことをそのまま返すけど、なんでわざわざキャラを変えてるんだ?」


「単純に恥ずかしいから。このキャラが通用するのは、せいぜい中学までと思ったからよ」


「そうかな? 僕は素の池本さんでも、十分通用すると思うけど」


「ダメよ。今更、素の自分をさらけ出したりなんかしたら、みんな変に思うに決まってるんだから」


 「まあ、それもそうだな。じゃあお互い、素の自分を隠したまま、これからもやっていこう」


「うん」


(ふう、危なかった。もし、あんなはっちゃけキャラで学校生活を送ることになってたらと、考えただけで目眩めまいがするわ)


 私は嘘をついたことを早くも後悔し始めていた。



 その後、私と三場君は夕方までお笑いの歴史を勉強し、それぞれ自転車に乗って帰路に就いた。

 

 やがて家に着くと、私はすぐにノートを開いた。


【やあ! 三場健人だぜ。いやあ、それにしても、今日は暑かったな。クーラーのない部屋なんて、ほんと地獄だよな。福山とヨッシーがいた手前、こういう時は熱いものを飲んでこの状況を楽しもうなんて強がったけど、本当は冷たいものをガンガン飲みたかったんだよな。まあ、それはいいとして、俺は今怒ってるんだ。その理由は言うまでもなく、みんなのお笑い熱がまったく感じられないからだ。この二週間、みんながお笑いのことをまったく考えていなかったと知って、俺は本当にショックだったよ。大会直後だったことを差し引いても、みんなは気を抜き過ぎてる。今日言ったように、新学期が始まるとすぐクラス回りをするから、カラカラもそのつもりでいてくれ。じゃあ、今日はこれで終わるぜ。あばよ!】


 私は読み終わると、すぐに書き始める。


【やあ! 池本カラスウリだぞ。ケンケンが怒ってるのは尤もだと思う。私も大会が終わった後ということで、つい気を抜いていた。これからちゃんと、お笑いのことを真面目に考えるから許してね。あと、クラス回りをするのはいいけど、相手から嫌がられないかな? 自分のクラスでさえ、アウェイ感が半端なかったのに、他のクラスだと、もっと受け入れてくれなさそうな気がするんだけど……でも、大会で予選通過しようと思ったら、そんなこと言ってられないよね。 こうなったらもう、全クラスを笑いの渦に巻き込むよう頑張るわ。それじゃあ、また会いましょう。アディオス!】


 私は自らハードルをあげたことを少し後悔しながら、そっとノートを閉じた。


 






 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る