第31話 三場、本領発揮

 大会が終わってから二週間が経過した八月初旬、私たちお笑い研究部のメンバーは、お互いの近況報告をするため部室に集まったけど、この部屋にクーラーが無いことをすっかり忘れていた。


「いやあ、それにしても暑いな。ここにいるだけでもう、汗びっしょりだよ」


 福山君のカッターシャツは、まるで水でもかぶったかのように汗で滲んでいる。


「まだ午前中なのに、もう30度超えてるからね。このままいくと、今日も猛暑日になるのは間違いなさそうね」


 ヨッシーはうんざりした顔で、だるそうに下敷きで扇いでいる。


「まあ、仕方ないわ。今は一年の中で一番暑い時季なんだから」


 私はそう言うことで、この状況を納得させようとした。


「池本さんの言う通りだ。暑いのは避けられないことなんだから、逆にこの環境を楽しもうよ」


 三場君がおかしなことを言っている。

 この暑さのせいで、頭が変になったんだろうか?


「はあ? どうやって楽しむんだよ」


 早速、福山君がツッコミを入れる。


「例えば、こういう時は冷たいものを飲みたいところだけど、それを敢えて熱いものを飲んで、今以上に汗をかくとか」


「そんなことして、何が楽しいの?」

「そうだよ。そんなことしたら、余計不快になるだけじゃないか」


 ヨッシーと福山君が尤もなことを言う。

 私もそれに同意見だ。


「君たち、本当にお笑い研究部のメンバーなのか? こんな簡単なことが分からないなんて、この二週間の間に、みんなすっかり勘が鈍ってしまったようだな」


「三場君、それ、どういう意味? もったいぶらないで、早く教えてよ」


 三場君のぞんざいな態度に、私はついイラッとしてしまった。


「暑い時に熱いものを飲んだら、周りに『あいつ、何やってるんだ』って思われるだろ? それだけで話題になるし、そこから笑いが生まれるかもしれないじゃないか」


「俺たちは笑いのために、そんなことまでしなくちゃいけないのか?」

「そうよ。あたし、そこまでして、笑いを取ろうとは思わないよ」


「人を笑わせようと思ったら、それくらい体を張ることも必要ってことさ。じゃあ、今から報告会をします。まずはヨッシーから」


 ヨッシーは下敷きから手を放すと、気だるそうに喋り始めた。


「あたしはこの二週間、ほぼ何もしなかった。こう暑くちゃ、何もする気が起きないからね」


「なんだ、それ。それじゃ、今日ここに来た意味がないじゃないか」


「そんなこと言っても、そうなんだから仕方ないじゃん。じゃあ、健ちゃんは何をしてたの?」


「今はヨッシーの番だろ。じゃあ、もしかして、ネタも作ってないのか?」


「もちろん。大会が終わったばかりなのに、まだそんな気になれないよ」


「じゃあ今日から、ネタ作りに励んでくれ。二学期が始まったら、早速漫才を披露することになるから」


「披露って、どこでやるの?」


「とりあえず、一年のクラス全部だ。それに慣れたら、二年と三年のクラスでも披露してもらう」


「はあ? なんでそんなことしなくちゃいけないの?」


 ヨッシーが不思議そうな顔を向ける。

 無論、私も同じ気持ちだ。


「メンタルを鍛えるためさ。来年の大会で、ちゃんと実力を発揮できるよう、今から準備するんだよ」


「おい、それって俺たちもやるのか?」


「もちろん。この前のような失敗はもうしたくないだろ?」


「それはそうだけど、そもそも、そんなことができるのか?」


「一応、各クラスの担任に許可を取ろうと思っている。まあ、悪い事をするわけじゃないから、反対はされないんじゃないかな」


 うちの学校は全部で15クラスある。

 三場君は本当に、全クラスの担任に言って回るつもりなんだろうか。


「そういうことだから、二学期が始まる前に、みんなちゃんとネタを考えてくれよな。それじゃ、福山。この二週間、何をやっていたか聞かせてくれ」


「俺は海に泳ぎに行ったり、キャンプ場に行ったりと、割とアクティブに過ごしてたよ」


「それで、そんなに日焼けしてるんだな。まあ、それはいいとして、お笑いのことも少しは勉強したのか?」


「いや。お笑いのことは二学期が始まってから考えようと思ってたから、まったく勉強してないし、ネタも作ってないよ」


「まあ、そんなところだろうな。じゃあ今日から、ちゃんとお笑いモードになって、日々生活してくれ。じゃあ、次に池本さん」


 指名されるのは分かっていたことだけど、私はドキッとしてしまった。

 それを悟られないようにしようと、かぶせ気味に返答する。


「私も正直、お笑いのことはあまり考えていなかったわ。大会が終わった後のリフレッシュ期間に充ててたというか……」


「なるほどね。確かに悪いイメージを払拭するためにリフレッシュは必要だよ。じゃあ、池本さんも今日から気分を新たに頑張ってくれ」


「うん」


 三場君にあまりツッコまれず、私はひとまずホッとした。


「ところで、お前は何をしてたんだ?」 


 不意に福山君が三場君に訊いた。

 それは私も興味あるかも。


「毎日図書館に通って、涼みがてら、お笑いの歴史について勉強してたよ。その合間に、ちゃんとネタも作ってたし」


「さすが健ちゃん。お笑いに対する姿勢が、あたしたちと全然違うね」

「俺は正直、そこまではできないな」


 私も二人の言うことに乗っかりたいけど、お笑い研究部の副部長として、それは許されない。


「私も明日から毎日図書館に通って、お笑いの勉強をするわ。もちろん、ネタもちゃんと作るから」


 私はプライドを守るため、そう言い切った。

 と言っても、三場君と毎日一緒にいられるのが本当の目的なんだけどね。 

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