第30話 ボウリング対決

「ねえ、このまま帰るのもつまらないから、どこか寄ってく?」


 駅に向かって歩いてると、不意にヨッシーが言ってきた。


「そうだな。あまりこの辺に来ることもないから、ちょっと駅周辺を散策してみるか」


 福山君がそれに逸早く反応し、三場君も「ああ」と賛同する。

 となると、一人だけ反対するわけにもいかず、私はみんなの後に付いていった。

 

「あっ! あそこにボウリング場があるよ!」


 ヨッシーが指差す方向に目を向けると、五十メートルほど先に、屋上にボウリングのピンが設置されている建物が見えた。


「本当だ。ちょっと行ってみようぜ」


 福山君に促され、私たちはボウリング場に向かって歩き出した。


「わあ! 結構広いね!」


 ヨッシーが幼児のようにはしゃいでいる。

 観ると、そこには四十ものレーンがフロアいっぱいに拡がっていた。

 私たちの住んでる町のボウリング場は十レーンしかなく、その差は歴然だった。


「よし、じゃあ一丁やるか」


 福山君は既にやる気満々だ。


「どうせなら、二組に分かれてチーム戦やろうよ。で、負けた方は帰りの電車代を払うの」


 ヨッシーの提案に、三場君がすぐさま賛同する。


「それいいな。普通にやるより、そっちの方が燃えるもんな。で、チームはどうやって分ける?」


 私はまだやると言ってないのに話が勝手に進んでいき、今更やりたくないと言える雰囲気ではなかった。 


「バランス的に男女混合チームにした方がいいから、グッパーで決めようよ。じゃあいくよ。グッパーで分かれましょ」


 ヨッシーの掛け声のもと、私はグーを出し、あとの三人はパーだった。


「グッパーで分かれましょ」


 二回目は私と福山君がグーを出し、三場君とヨッシーがパーを出して、チームが決まった。


(あーあ。ただでさえやりたくなかったのに、これじゃ益々やる気が起きないわ)


 憂鬱な気分の私に、福山君がやる気に満ちた顔を見せてくる。


「池本、頼むから、俺の足を引っ張るのだけはやめてくれよ」


(ネタを飛ばして三場君の足を引っ張ったくせに、よくそんなこと言えるわね)


 私は心の中で毒づきながら、彼に笑顔を向ける。


「大丈夫よ。こう見えて私、ボウリング得意だから」


 もちろんこれは嘘だ。だってボウリングなんて小学校の頃に一度やっただけだから。

 その時に私がガタ―を連発したものだから、父が怒ってそれ以来連れていってくれなくなったんだ。


 やがてゲームが始まると、三場君がきれいなフォームで投げた球が、緩やかに弧を描きながらピンを全部倒した。


 いきなりのストライク。

 テンションの上がった三場君がヨッシーとハイタッチを交わしている。

 その光景にイラついていると、いつの間にか目の前に福山君がいて、私に向かってバンザイをしている。


「何?」


「いや、ストライク取ったから、ハイタッチを求めてるんだけど」


「あ、そうだったんだ」


「って、見てなかったのかよ!」


「ごめん。ちょっとコンタクトがズレて直してたのよ。次からちゃんと見るからさ」


 私はとっさに機転を利かして、なんとかその場を凌いだ。


「池本、頑張れよ」


 福山君のあまり嬉しくない声援を背中に受けながら、私は球を投げた。

 すると、最初まっすぐ転がっていた球が途中から徐々に右に曲がり始め、ピンに届く前に溝に落ちてしまった。


「ドンマイ。次ちゃんと決めればいいから」


 鼓舞する福山君をよそに、私はすぐに二球目を投げたけど、球はさっきと同じように右に流れ、ガタ―となった。


「マジか! よくそれで得意なんて言えたな!」 


 福山君はさすがに二回目は許してくれなかった。


「久しぶりだから、まだエンジンが掛からないだけよ。次からちゃんと決めるから」


 そう言ってごまかしたけど、私は次も同じように連続ガタ―となった。


「電車代が懸かってるんだから、もっと真面目にやれよ!」


 どうやら福山君は私がふざけてると思ってるみたいだけど、私は至って真面目だった。

 真面目にやっているうえで、ガタ―になっているんだよね。


 

 その後、エンジンは最後まで掛かることなく、私たちは惨敗を喫した。

 福山君はお前のせいで負けたんだから、電車代は全部お前が払えと言ってきたけど、三場君が仲裁に入ってなんとかその場は収まった。


「池本さん、ちょっと球の持ち方を見せてくれないか?」


 不意に三場君がそう言ってきたので、言われた通りにすると、彼は合点がいったような顔をした。


「やはり思った通りだ。本来、中指と薬指を入れる所に、人差し指と中指を入れてるから、球がシュート回転して右に曲がるんだよ」


「ああ、そういうことか。ずっと変だとは思ってたんだよね」


 三場君の鋭い指摘に、私は目から鱗が落ちる思いだった。

 

「お前、それいつ気付いてたんだ?」


 福山君が三場君に怪訝の目を向ける。それは私も知りたいかも。


「始まってすぐに気付いたよ。でも、そこで指摘してスコアが良くなったら、僕たちが危なくなるからね。これは遊びじゃなくて勝負だから、そこはシビアに行かせてもらったよ」


「お前、そこまでして勝って嬉しいか? 本来勝負ってものは、お互いに実力を出し切ってこそ、勝った時にその喜びを得られるものだろ?」


「それはちょっと考えが甘いんじゃない? 相手の弱点をつくのも立派な戦法よ」


 私のせいで話がどんどんおかしな方向へ行っている。


「みんな、もういいよ。私が気が付かなかったのがいけないんだからさ。電車代は全部私が払うから、それで勘弁して」


 私がそう言うと、福山君は納得したような顔をしていた。


「でも、原因が分かって良かったじゃん。これで次からは、もっといいスコアを出せるよ」


「そうね。もしまたこのメンバーでやるようだったら、今度こそ負けないから」


「じゃあ、来年またここでやろう。予選通過のお祝いを兼ねてね」


 三場君がそう言うと、私たちは大きく頷き、そのままボウリング場を後にした。


  


 





 





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