第29話 きゅっきゅっきゅっきゅきゅー

「どーもー、『P&P』の池本でーす」


「同じく、吉田でーす」


「ねえ、この前の期末試験の成績、どうだった?」


「そんなの、ダメに決まってるじゃん。あたしは今日の予選を勝ち抜くために、すべてを犠牲にして、漫才の練習に打ち込んできたんだから」


「そこまでして、もし予選落ちしたらどうするの?」


「ネットで、審査員を非難してやるわ。もちろん名指しでね」


「それ、絶対やめて! 私まで巻き添え食らうからさ」


「じゃあ、しれっとした顔で決勝が行われる会場にもぐりこんでやるわ」


「そんなことしても、すぐにバレるから!」


「じゃあ、シンプルに落ち込むわ」


「結局、そうなるんかい! まあ、それはいいとして、その後どうやって復活しようと思ってるの?」


「そりゃあ、コンテストに落ちた借りはコンテストで返すしかないでしょ」


「じゃあ、来年またこのコンテストに挑戦するのね?」


「ううん。あたし、来週行われる美少女コンテストに参加するわ」


「そっちかい! ていうか、切り替え早くない?」


「まあ元々、そっちが本命だからね。今日のはお遊びみたいなものだから」


「あんた、今日のためにすべてを犠牲にしたんじゃなかったのかよ!」




 その後、私たちの漫才は、お客さんの笑い声と共に順調に進んで行き、後は最後のネタを残すのみとなった。


「あたしこの前、生まれて初めてバーゲンセールに参加したんだけど、あんなに激しいとは思わなかったわ」


「まあ、定価よりかなり安くなるから、商品の奪い合いになるのは仕方ないよ」


「でも、あたしの方が先に服を掴んだのに、横取りしてくるおばさんがいたから、文句言ってやったわよ」


「何て言ったの?」


 ヨッシーは小声で「横取りしないでよ」と囁いた。


「声、ちっさ! そんなんじゃ、相手に響かないでしょ」


「うん。結局その服、取られちゃった。でも、そのおばさんが今度はスカートを手にしたから、横取りしてやろうと思ってそのスカートを掴んだの」


「で、どうなったの?」


「おばさんが凄い力でスカートを引っ張ったものだから、あたしその拍子に転んでひざを擦りむいたのよ」


「どんくさっ! あんた、バーゲンに向いてないから、もう行かない方がいいよ」


「で、それがあまりにも痛かったから、おばさんに仕返ししようと思って、大声で叫んだのよ」


「なんて叫んだの?」


 その瞬間、ヨッシーの動きが止まった。

 この前、クラスメイトの前で漫才を披露した際、ネタを飛ばした時と同じ顔をしている。


(マジで! なんで最後の最後にネタを飛ばすかな。後はあんたが『救急車を呼んで!』と言って、私が『それはやり過ぎだろ!』とツッコめば終わりなんだから、早く思い出してよ)


 私は客に見えないように横を向きながら、口を『きゅ』の形にして、それとなく伝えてみた。

 するとヨッシーはそれに気付いたように、「きゅ」と呟くように言った。


(そう! もうここまでくれば、分かるでしょ。お願いだから、早く言って!)


 心の中で祈っていると、ヨッシーがおもむろに口を開いた。


「きゅ、きゅ、きゅっきゅっきゅっきゅきゅー!」


 その瞬間、私たち『P&P』の予選敗退が事実上決まった。




 その後、控室で主催者の用意した弁当を食べながらヨッシーの方に目を向けると、彼女はさっきのことをまったく気にする素振りもなく、弁当をパクついている。

 あんなことがあった後で、よくそんな食欲があるわねと心の中で毒づいていると、福山君が改まった顔で口を開いた。


「実は俺、前と同じようにネタを飛ばして、変な感じのまま漫才を終わらせたんだ。それを言ったら、お前らにプレッシャーが掛かると思って、いかにもうまくいったように演じてたんだ」


「なんだ、そうだったの。そんなの気にしなくていいのに。あたしとカアちゃんが、そんなんで緊張するわけないんだから」


 ヨッシーが平然とした顔で言う。確かにその通りだけど、あんたもネタを飛ばしてるんだから、もう少し申し訳なさそうな顔しなさいよ。


「僕たちはまだ一年だから、あと二回も挑戦できるんだ。とりあえず来年はネタを飛ばさないことを目標にしよう」


 三場君がそう言うと、福山君は大きく頷いたけど、ヨッシーは我関せずとばかりに、弁当のから揚げを美味しそうに頬張っていた。


 いやいや、あんたに向かって言ってるんだから、もう少し真面目に聞きなさいよ。




 やがて最後のコンビの漫才が終わると、私たち参加者は係員の指示に従い、舞台へと移動した。

 舞台には三人の審査員が立っていて、私たちは彼らに正対する形で並んだ。

 全員が集まったところで、審査委員長がマイクを持ちおもむろに喋り始めた。


「皆さん、今日はご苦労様でした。皆さんの中には緊張して普段の力を発揮できなかった人がいると思いますが、まったく気にする必要はありません。今日の経験を活かして、今後益々漫才が上達することを願っています。それでは、決勝に進出する三組のコンビを発表します。まず一組目は、エントリ―ナンバー5番の『俺たちしか勝たん』。二組目は、エントリーナンバー11番の『キューティーズ』。そして三組目は、エントリーナンバー26番の『バロンバロン』です」


 なんと三組の決勝進出コンビのうち、一組は女子中学生コンビだった。

 彼女たちはまだ幼さの残る顔ではにかみながら表彰式を受けている。

 その姿を観てると、初々しく思うと同時に悔しさが込み上げてくる。

 あの時ヨッシーがネタを飛ばしてなかったら、そこにいるのは私たちの方だったかもしれないのに。


 やがて表彰式が終わると、私たちは再び控室に戻り、荷物を持って会場を後にした。

 


  




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