第28話 全国中高生漫才コンテスト

 今日は全国中高生漫才コンテストの予選日。

 私たちお笑い研究部のメンバーは、大会会場である若竹会館に電車を乗り継ぎながら訪れていた。


「ここ初めて来たけど、結構でかいな」


 福山君が若竹会館を眺めながら、誰ともなく言った。

 その言葉に、ヨッシーが逸早く反応する。


「福ちゃん、もしかして、ビビってるの?」


「はあ? お前、どこからそんな発想が出てくるんだ?」


「だってこれだけ大きいと、お客さんがいっぱい入りそうじゃん」


「ああ、そういうことか。まあ、この前の完全アウェイと比べると、そんなの大したことないよ」


 福山君は、この前漫才を披露した時に、クラスメイトたちから受けた冷たい視線が未だに忘れられないようだ。

 彼がそう思っているように、私もそのことを未だに引きずっている。

 自信を持っていたネタがウケなかったのは、私たちの技量どうこうより、クラスメイトたちに笑う態勢ができていなかったからだと、今でも思っている。


「ここまで来たら、もう過去のことは忘れて、目の前のお客さんを笑わせることだけに集中しよう」


 三場君がそう言うと、私たち三人は大きく頷きながら、彼の後に付いて会場の中に入った。

 その後、受付を済ませると、担当者から控室に案内され、私たちは隅の方に陣取った。


「あー、3番はいくらなんでも早過ぎるよ」


 福山君が『3』と書かれたゼッケンを手に持ちながらぼやく。

 ゼッケンはさっき受付でもらったもので、その番号が順番を表しており、私たちは14番だった。


「まあ、こればかりは仕方ないよ。けど、考えようによっては、始まってすぐに終わるから、緊張してる時間が短くて済むじゃないか」


 三場君はどこまでもポジティブだ。


「そうよ。できるなら、あたしたちと代わってほしいくらいだよ」


 ヨッシーはそう言ったけど、彼女に緊張など無縁だから、順番はいつでもいいはずだ。

 

「まあ、出番がぎりぎり午前中だから、良しとしようよ」


 午前中は十五組のコンビが漫才を披露するため、私たちの出番は最後から二番目となる。


「そうね。午後一とか一番最後と比べれば、全然マシだもんね」


「そういうこと。じゃあ、少し時間あるし、軽くネタ合わせしようか?」


「OK」


「じゃあ、俺たちもやっとくか」


「ああ」


 私たちがそのままネタ合わせをしていると、参加者たちが続々と集まって来た。

 その中には、明らかに中学生と分かる子も何人かいて、私はこの子たちには負けたくないと強く思った。



 やがて開始時間の五分前になると、係員が三場君たちを含む三組のコンビを引き連れ、控室を出ていった。


「あの二人、大丈夫かな?」


 ヨッシーが珍しく不安げな表情を見せる。


「二人ともしっかりしてるから、ちゃんといつものようにできるよ」


「あたしは健ちゃんのことは心配してないんだけど、福ちゃんがちょっとね。彼、ああ見えて、メンタルが弱いところがあるから」


「そういえば、この前初めて漫才を披露した時、緊張してネタを飛ばしたって言ってたわね」


「まあ、それはあたしも同じだけどね。でもあたしの場合は緊張じゃなくて、単に忘れただけだから」


 ヨッシー、わざわざ強調しなくても、それくらい分かるよ。



 その後、リラックスするためにスマホで音楽を聴いていると、三場君と福山君が控室に戻ってきた。


「どうだった?」


 ヨッシーが興味津々な様子で訊く。


「思ったほど緊張しなかったな。まあ、普段通りやれたよ」


 心配していた福山君がそう言ったものだから、ヨッシーは満面の笑みを彼に向けた。


「お客さんの反応も良かったから、割といい線いってるんじゃないかな」


 三場君も手応えを感じてるようだ。


「二人とも凄いね。普通こういう状況だと、緊張して普段の力を出せないものだけどね」


 私は素直にそう思った。


「まあ俺たちにもできたんだから、お前らもできるよ」


 福山君はそう言ってニコッと笑った。


 その後、私とヨッシーは、二人から場の雰囲気や舞台袖での待機の仕方などを教えてもらった。



「それではエントリーナンバー14番の方、舞台袖まで移動願います」


 係員に呼ばれ、私とヨッシーは控室を出て、そのまま舞台袖まで行くと、一組の女性コンビがパイプ椅子に座って出番を待っていた。

 さっき三場君たちから教えてもらったように、私たちはその隣の席に座り軽く挨拶すると、二人が余裕の表情を見せてきた。


「あんたら、この大会初めて?」


「そうですけど、それが何か?」


 相手が失礼な態度をとってきたので、私はわざとぶっきらぼうに返した。


「わたしたち、今年で三回目なのよ。だから、全然余裕なんだよね」


「だから何? 回数が多ければいいってものじゃないでしょ」


 私が言いたかったことを、ヨッシーが代弁してくれた。


「あなたたち、そうやって人を牽制する暇があったら、もっとネタの精度を高めたら? といっても、あなたたちのネタがどんなものかなんて知らないけどね」


 私がそう言うと、二人はさっきまでと打って変わり、すっかり萎れてしまった。


 程なくして彼女たちに出番が回り、舞台に出ていったけど、まったくといっていい程、観客の笑い声は聞こえなかった。


「カアちゃん、結構キツいこと言うね」


「当然よ。私はやる時はやる女なんだから」


 そう言って笑い合う私たちに、場内アナウンスが聞こえてくる。


「それでは『P&P』のお二人どうぞ!」


「じゃあ、いくわよ!」


「おう!」


 私たちは勢いよく立ち上がると、舞台のセンターマイクに向かって駆け出した。




 


 

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