第27話 敗因のなすり合い

 七月に入り、大会まで一週間と差し迫った頃、若草高校ではクラスマッチが行われている。

 その中で私とヨッシーはソフトボールのチームに入り、試合に備えて二人でキャッチボールをしている。

 

「ねえ、あたし、ソフトボールなんてやったことないんだけど」


 ぎこちないフォームで球を投げ返しながら、ヨッシーは口を尖らせる。


「仕方ないよ。私たちは運動音痴なんだからさ」


 我がクラスの女子は運動神経のいい者がバレーとバスケのチームに入り、残りの運動神経の悪い者がソフトボールチームに回されていた。

 

「こんなチームじゃ、端から勝てるわけないよ」


「そんなこと言わずに頑張ろうよ。もしかしたら奇跡が起こるかもしれないでしょ?」


 私はヨッシーに負けない程のぎこちなさで球を投げ返しながら、彼女を鼓舞した。



 やがて試合が始まると、後攻の私たちはそれぞれポジションに就いた。

 ちなみに、ヨッシーがレフトで私がライト。

 聞くところによると、この二つのポジションって、一番下手な者が配置されるらしい。

 つまり私たちは、残り物の中のさらに一番下の残りカスというわけだ。

 

 そんなことを考えていると、バッターの打った球がレフト方向へ飛んでいった。

 レフトを守っているヨッシーは、打球を見ながらゆっくりとバックする。

 そして落下してきた球を物の見事にキャッチした。

 その瞬間、私はヨッシーを凄いと思うと同時に、もし自分のところに打球が飛んできたら、あんなプレーができるのかと急に不安になった。

 結局この回は私のところには飛んで来ず、攻守交替となった。


 一回裏の私たちの攻撃は、あっけなく三者凡退。

 この様子だと、打順が8、9番のヨッシーと私に回ってくるのは、三回裏になりそうだ。


 二回の攻防はお互い三者凡退に終わり、試合は三回表を迎える。

 ここまでまだ打球を処理していなかった私は、一度処理して慣れたいと思う一方、このままずっと飛んで来なければいいのにという消極的な考えを持っていた。


 その考えがいけなかったのか、私は初めて飛んできた球に慌ててしまい、後ろに逸らしてしまった。

 私は半分パニックになりながら球を追いかけ、懸命にバックホームしたけど、一瞬間に合わず相手チームに一点を与えてしまった。


 その後投手が後続を抑え、なんとか一点で凌いでベンチに戻ると、相手チームの即席応援団が私を拍手で迎えた。

 その屈辱的な行為に発奮した私は、迎えた打席で見事ホームランを……打てるわけはなく、気合が空回りし三振に終わった。



 その後、試合は1対0のまま最終回を迎え、私たちの攻撃は5番からだった。

 それまでほぼ完璧に抑えていた相手投手は、勝ちを意識したのか、この回に入って急にストライクが入らなくなり、なんと三連続フォアボールを出した。

 まさに願ってもないチャンス。ここで迎えるは8番のヨッシー。

 彼女はベンチに向かって「あたしが決めるから」と宣言し、気合のみなぎった顔で打席に入った。


 その姿に気圧されたのか、投手はまたしてもストライクが入らず、カウントはスリーボールとなった。

 次がボールとなれば押し出しとなり同点になる。

 そしたら、最低でも私たちの負けはなくなる。

 そんなことを考えながら戦況を見守っていると、投手の投げた球は明らかにボールと分かるコースに行き、これで同点だと思った私は、嬉しさのあまりガッツポーズをとった。すると──。




 ヨッシーがなんとその球に手を出し、ぼてぼてのピッチャーゴロとなった。

 素早く打球を処理した投手は、ホームへ投げて三塁ランナーをフォースアウトにし、その後、球は一塁に転送されて打者のヨッシーもアウトとなり、瞬く間にツーアウトとなってしまった。


(何やってんのよ、ヨッシー! あのまま見送ってたら、同点になってたのに……これで私に余計なプレッシャーが掛かるじゃない)


 ツーアウトになったものの、ランナーは二塁と三塁にいるので、ここで私がヒットを打てば悪くても同点、うまくいけばサヨナラ勝ちとなる。

 元々、私のエラーで一点取られたんだから、最低でも同点にしなければならない。

 そんなことを考えながら打席に立つと、投手はツーアウトになって気が楽になったのか、一球目、二球目と立て続けにストライクを入れ、私はたちまち追い込まれてしまった。


(なんで私の時だけストライクが入るのよ! ああ、ほんと、ついてないわ)


 心の中でぼやきながら次の球を待っていると、投手は一球遊ぶことなく真ん中に投げ込んできた。

 私は待ってましたとばかりにその球を打ちにいったけど、バットにかすりもせず、あえなく三振し、試合終了となった。

 

 その瞬間、沸き立つ相手ベンチ、選手、即席応援団。

 それに対し、自軍の選手たちは皆、私に怒りの目を向けている。

 その中をヨッシーが、打席に立ったまま動けないでいる私にゆっくりと近寄ってくる。


「何やってんのよ、カアちゃん。この試合、カアちゃんのせいで負けたようなものよ」


 慰めの言葉でも掛けてくれるのかと思っていた私にとって、彼女の言葉はまさに青天の霹靂だった。


「いやいや、ヨッシーががさっきクソボールを打たなかったら、同点になって最低でも負けはなくなってたのよ。なのに、その言い草は何?」


「あたしは『自分で決める』と言った手前、あの場面はどうしてもヒットを打たないといけなかったのよ」


「その結果がダブルプレーじゃ、世話ないわ。ほんと、さっきのヨッシーの言葉、そっくりそのまま返すよ」


「ふん。しょうもないエラーしたくせに、偉そうに言わないでよ」


「しょうもないって言うな!」


 その後、チームメイトに止められるまで、言い合いは続いた。

 大会まであと一週間だというのに、こんな状態で私たち大丈夫なんだろうか。




 

 


 

 

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