第23話 いいとこ取り

 朝、我が池本家は、いつものように家族四人で朝食をとっている。

 最近、私が一人で起きるようになったせいで、部屋に入る理由がなくなった父は不満げな様子だ。


「カラスウリ、お前は低血圧なんだから、あまり無理するなよ。辛かったら、いつでもパパが起こしてやるからな」


「別に無理してないから、その希望はもう捨てた方がいいよ」


 かすかな望みをバッサリと切り捨てられた父は、余程ショックだったのか、飲んでいたコーヒーを吹き出した。


「汚ねっ! 父さん、なに吹き出してんだよ!」


 兄が汚れたテーブルを拭いている横で、母が父に怒りの目を向ける。


「あなた! いい加減、子離れしてよ!」


「母さん、それは少し違うぞ。今の言い方だと、俺が二人とも子離れできていないみたいじゃないか。俺は直樹とは、もうとっくに子離れできているんだ。だから今の場合は、カラスウリ離れしてよって言わないといけないんだよ」


「屁理屈言ってんじゃないわよ! この親バカのロリコン野郎!」  


 母から強烈な罵声を浴びせられたにも拘らず、父はまったく動じる様子はない。


「親バカ結構、ロリコン結構、そんなこと気にしてたら、娘の父親なんてやってられないよ」


 もう何を言っても無駄だと思ったのか、母は返答せず、ため息をついていた。

 ていうか、お父さん。親バカはまだしも、ロリコンはまずいだろ。




 今日の六時間目の授業は国語。

 板書している南野先生の後ろ姿を、男子たちがうっとりした顔で観ている。

 そろそろ入学して二ヶ月が経とうとしているのに、彼らは飽きるどころか益々彼女への関心が高まっている。

 美人は三日で飽きるって言うけど、どうやらこの人に対しては、それが当て嵌まらないようだ。


「じゃあ、次のページを福山君読んで」


「はい!」


 福山君がいつもより一オクターブ高い声で読み始める。

 彼に限らず、彼女に当てられた男子は総じてテンションが上がり、声が甲高くなる。

 それを知ってか知らずか、彼女は男子にばかり当て、女子に当てるところを今まで一度も見たことがない。

 まあ、本を朗読するのは面倒なので、その方がいいんだけど、なんかスッキリしない。

 そんなことを思っていると、福山君に代わって三場君が指名された。

 南野先生になびかない彼が指名されるのは珍しい。

 何か魂胆があるんじゃないかと思って彼女を凝視していると、まだ三場君が朗読の途中にも拘わらず、彼女がそれを遮った。


「三場君、次のページに『俺、美和のことが好きなんだ』というセリフがあるんだけど、美和のところを真紀に変えて読んでくれない?」


 南野先生はなんと、前に男子生徒に言われたことを、そのまま三場君に要求した。

 

(この人、一体何を考えてるの? まさか、それをさせることで、三場君がなびくと思ってるんじゃないでしょうね)  


 男子たちが騒いでいる中、三場君に目を向けていると、彼は南野先生を睨みつけながら、ゆっくりと口を開いた。


「なんで僕がそんなことしなくちゃいけないんですか? そんなにやってほしければ、他を当たってください」


 毅然とした態度を見せる三場君に、南野先生はそれ以上何も言わず、続きを他の生徒に読ませていた。





 今日の部活は三場君と福山君が持ち寄った男性コンビのDVDを観る予定だったんだけど、なんか二人の様子がおかしい。

 部室に入ってから、なぜかお互い目を合わせようとしない。

 昼休みは普通に話してたから、もしかしたら、さっきの国語の授業が原因かもしれない。

 そんなことを思っていると、ヨッシーが私よリ先に二人に声を掛けた。


「どうしたの、二人とも。ここに来てから、一言も喋ってないじゃん」


「俺は南野先生の好意を踏みにじるような奴とは話したくない」


 福山君はソッポを向いたまま口を開いた。

 果たしてあれが好意と言えるのだろうか。


「僕はやりたくないから、正直に言ったまでだ」


 三場君はちゃんと福山君の方を観ながら返した。


「なんでやりたくないんだよ。俺を含め他の男子なら、喜んで飛びつくぞ」


「僕は南野先生に興味がないんだよ。もう何度も言ってるじゃないか」


「お前、他の男子の前でそんなこと言ったら、袋叩きに遭うぞ。ただでさえ、さっきの件で、お前は良く思われていないんだから」


「二人とも、南野先生のことはもうどうでもいいじゃん。近くにこんなに可愛い女子が二人もいるんだから、それで満足しなよ」


 ヨッシーの大胆な発言に、二人は一瞬、身を固くする。

 ていうか、いつの間にか私も巻き込まれてるんですけど。


「それより、早くDVDを観ようよ。今日は二人のお気に入りのものを用意してるんでしょ?」


 ヨッシーがそう言うと、二人はようやくカバンからDVDを取り出した。


「じゃあ、俺のから先に観るか」


 福山君がレコーダーにDVDをセットすると、画面に今爆発的な人気を誇る『エアーズ』というコンビが映った。

 今時の若者らしく、スマートな二人の漫才は人気に違わぬ面白さで、福山君はもとよりそこにいる全員が爆笑していた。


「じゃあ、次は僕のを観よう」


 三場君のお気に入りの『ジミーズ』というコンビは、その名の通り見た目の派手さはないものの、漫才はエアーズに引けをとらないくらい面白かった。


「で、二人はどちらのスタイルでいこうと思ってるの?」


 私が訊くと、福山君は当然のようにエアーズを推し、三場君はジミーズを推した。


「じゃあ、エアーズとジミーズを足して二で割ったようなコンビを目指せばいいよ」


 ヨッシーがそう言うと、三場君が透かさずツッコミを入れる。


「それ、僕がさっき言ったセリフじゃないか!」


 その瞬間、部室内は大きな笑いに包まれた。


 


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