第22話 再びケンカ勃発

 今日の四時間目の授業は数学。

 担当の竹本先生は生徒に当てる時に奇妙な数字遊びを使うため、油断ならない。

 先生が黒板に問題を書いている。見たところ、かなりの難問だ。

 果たして、今日は誰が餌食になるのだろうか。


「えーと、今日は5月21日だから、とりあえず21から5を引くと16だな。これで16番が当たると思ってたら大間違いだぞ。今度は16に5を掛けてみよう。そしたら80だな。80から21を引いたら59になるが、そんな出席番号の者はいないから、さらにそこから21を引けば38だ。というわけで、38番の吉田。前に出て問題を解いてくれ」


「……はい」


 ヨッシーは戸惑いの表情を見せながら、前に出て問題とにらめっこを始める。


「どうした? 解けないのなら、他の者に当てるぞ」


「今考えてるんだから、邪魔しないでください。もう少しで解けますから」


 ヨッシーはそう言うと、腕を組みながら、なおも問題を睨みつける。

 それから何分か経過し、竹本先生がしびれを切らしたようにヨッシーに迫る。


「これ以上、お前に時間を費やすわけにはいかない。さっさと席に戻れ」


「はーい」


 ヨッシーは薄笑いを浮かべながら、自分の席に戻っていった。

 私はその姿を見て、彼女が本当は問題を解く気もないのに、考えている振りをしていたことを確信した。




「さっき、なんで考えてる振りをしてたの?」


 昼休みに、いつものように四人集まって紙マージャンをしている最中、私はさっきの件について、ヨッシーに訊ねた。


「さすが、カアちゃん。よく分かったね。あれは時間稼ぎのためにやったのよ。そのせいで、いつもなら他の人に当てるところを、今日は時間がなくて先生自ら問題を解いてたでしょ?」


「ああ、なるほど」


「犠牲者は少ないに越したことはないからね。あっ、それポン」


 ヨッシーが得意の鳴きを披露する。


「あの先生、ほんと意味分かんねえよ。足し算、引き算だけならまだしも、掛け算や割り算も平気で使うからな」


 福山君がうんざりした顔で言う。


「やってて楽しいんだろうね。誰かを当てる時、いつもニヤニヤしてるからさ」


 三場君がそう言いながら牌を切ると、ヨッシーがまたも鳴きを見せる。


「チー」


 普通二回鳴けばある程度、手は進んでいるものだが、彼女にそれは当てはまらない。

 そう高を括って危険牌を切ると、彼女は「ロン!」と高らかに宣言し、牌をゆっくりと倒した。


「ホンイツ、白、ドラ三のハネ満よ」


「キャー!」


 ヨッシーが親だったため、私は一万八千点払う羽目になり、一気にハコテンになった。


「カアちゃん、この局面でそれを切るのは、あまりにも無謀だよ。あははっ!」


 高笑いするヨッシーの顔を、私は腹立たしい気持ちで見ていた。




「今日は二人のために、女性コンビのDVDを用意したよ」


 三場君はそう言うと、私とヨッシーにDVDを数枚差し出した。


「この中から、自分たちのスタイルに合いそうなコンビを見つけて、その人たちを参考にすればいいよ」


「サンキュー。さすが健ちゃん、気が利くね」


 そう言って三場君の体を触るヨッシーにイラッとしながらも、私は彼に笑顔を向ける。


「ありがとう。じゃあ早速、観てみるわ」


 私は数あるDVDの中から、自分のお気に入りの『アメダス』というセンス系のコンビのものを一枚抜き取り、レコーダーにセットした。


「あははっ! やっぱり、このコンビ最高ね」


 漫才を観ながら笑い転げる私の横で、ヨッシーはあまりピンと来ていない様子だった。


「じゃあ、次はこのコンビにしよう」


 そう言ってヨッシーが選んだのは、元気だけが取り柄の『パワーズ』というコンビだった。

 ヨッシーはパワーズの漫才を観ながら爆笑してたけど、私は何が面白いのかまったく分からず、ずっと引きつり笑いをしていた。


 その後、三場君が用意してくれたすべてのDVDを鑑賞した結果、私は『アメダス』、ヨッシーは『パワーズ』のスタイルを参考にすると、お互いが主張して譲らなかった。


「それぞれのコンビの良いところを取り入れればいいんじゃないか?」


 福山君がそうアドバイスしてくれたけど、私はパワーズの良いところがまったく分からない。強いて言えば、元気がいいくらいのものだ。けど、そんなのは、お笑い芸人として当然のことだ。


「ヨッシーには悪いけど、パワーズから取り入れるものなんて、まったくないわ」


 正直に気持ちを吐露する私に、ヨッシーが敵意むき出しの目を向けてくる。


「パワーズの良さが分からないなんて、可哀想ね。そんなんだから、アメダスなんて上っ面だけのコンビに憧れたりするのよ」


「なんですって! あんたこそ、アメダスの良さが分からない、お笑いオンチじゃない!」


「あたしはお笑いオンチなんかじゃないよ!」


「いいえ! パワーズなんか応援してる時点で、あんたは立派なお笑いオンチよ!」


 泥仕合の様相を呈してきた私たちに、三場君が珍しく怒りの表情を見せる。


「二人とも、いい加減にしろ! お互いを思いやる心がないからそうなるんだよ!」


 三場君の言葉が胸に沁みる。

 確かに私は、ヨッシーへの配慮が欠けていた。

 いくら自分に合わないからと言って、好きなものを否定されたら彼女が怒るのは当然のことだ。


「ヨッシー。パワーズのこと悪く言ってごめん。パワーズは元気がいいところが売りだから、私たちもそんなコンビを目指そうよ」


 素直に謝る私に、ヨッシーは温かい目を向けてくる。


「あたしこそ、ごめん。アメダスの二人ってセンス抜群だから、見習う点はたくさんあるよね」


「二人とも、分かってくれたみたいだな。これから、アメダスとパワーズを足して二で割ったようなコンビを目指してくれ」 


 三場君のセンスある言葉に、私とヨッシーは大きく頷いた。














 

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