第21話 伝説の漫才コンビ

「おっ! 早速来てるじゃないか!」


 昨日四人で買いに行ったテレビとDVDレコーダーが部室にセッティングしてあるのを見て、福山君が歓喜の声を上げた。 


「どうやら岡部先生が立ち会ってくれたみたいだな。後でちゃんとお礼を言っておくよ」


 三場君がそう言うと、私もすぐに賛同する。


「じゃあ、私も行くよ」


「うん」


 私たちは部室を出て職員室に向かった。


「失礼します」

「失礼します」


 そのまま中に入ると、岡部先生はいつもの席でスマホをいじっている。


「先生、セッティングに立ち会ってくれたんですか?」


 三場君が先生の顔を覗き込むようにしながら訊いた。


「まあ、立ち会ったといっても、俺が行った時には、ほとんど終わってたけどな」


「それでも立ち会ってくれたことには変わりありません。ありがとうございました」


 そう言ってお辞儀をする三場君の横で、私も頭を下げた。


「これで君たちも、思う存分漫才の勉強ができるな。ぜひ今度の大会で優勝して、うちの学校の名を広めてくれ。そしたら俺も顧問として鼻が高いからな。はははっ!」


「……はあ」


 調子のいいことを言う岡部先生に、三場君は力のない返答をした。


 

 その後、部室に戻ると、福山君とヨッシーが昨日三場君がレンタルショップで借りた漫才のDVDを観ていた。


「このテレビ、中古の割には映りがいいよ。やっぱり、あの電器店で買って正解だっただろ?」


 福山君が得意げに言う。

 他の三人の反対を押し切って、自分のお気に入りの店で買ったものだから、言葉とは裏腹に内心ホッとしていることだろう。


「それより、二人ともよく観て。この人たちの漫才、めちゃくちゃ面白いよ」


 吉田さんに促され、私は三場君と共に画面に注目する。

 

「これは戦後すぐの頃に活躍した○○というコンビだよ。活動期間が極端に短かったから、伝説の漫才コンビとして今でも語り継がれてるんだ」


 こんな古い漫才師を知っている三場君に、私は改めて尊敬の念を抱く。


「俺も名前は聞いたことがあるけど、こうして実際に漫才を観るのは初めてだ」


「私も。けど、かなり前の漫才なのに、今観ても全然古く感じないわ」


 それだけ洗練されているということなのだろう。


「本物の漫才は、いくら時を経ても色褪せないものさ。このコンビは漫才の基本がちゃんと備わってるから、最初に観るのに適してると思ったんだ」


 そう言う三場君の顔はどこか誇らしげだ。

 その後、私たちは心ゆくまで、この伝説のコンビの漫才を堪能した。




 夕食後、私はカバンからノートを取り出し、三場君が書いた力強い文字に目を向ける。


【やあ! 三場健人だぞ。それにしても、この前の遠足は南野先生の独壇場だったな。俺を除く他の男子の弁当を一人で全部作るし、山に着いてからも男子たちに囲まれて楽しそうにしてたもんな。ほんと、あの人ほど分かりやすいキャラも珍しいよな。まあ、それでも俺は彼女になびくことはないから、安心してくれ。ちゃんと最後の砦は守るからさ。はははっ!

 大会出場が決まって、これからそれぞれコンビ活動が忙しくなるけど、もしヨッシーのことで何か不満を感じたら、いつでもこの日記に書いてくれ。俺が彼女にそれとなく注意しとくからさ。じゃあ今日はこれで終わるぜ。あばよ!】


 読み終わると、私はすぐさまシャーペンを手に取り書き始める。


【やあ! 池本カラスウリだぞ。実は私、この前の土曜日に父が運転するタクシーの助手席に乗って、父の代わりに接客したんだよね。なんでそんなことをしたのかはこの際置いといて、最初はあまりやりたくなかったんだけど、実際にやってみると意外と楽しかったんだよね。強面の男性に説教されたり、負けず嫌いのおじいさんにしりとり勝負を挑まれたりしたけど、それも全部含めていい思い出なんだよね。

 父が冗談半分に『これでいつでもタクシー運転手になれるぞ』なんて言ってたけど、それもいいかなとちょっとだけ思ったんだよね。

 南野先生のことなんだけど、実は私、今回の遠足の件で彼女のこと見直したんだよね。いくら頼まれたからと言って、男子二十人分の弁当を作るなんて、そうそう出来ることじゃないからさ。材料費は馬鹿にならないし、時間だって相当掛かるでしょ? 一体いつから作り始めたんだろうって感じよね。男子に囲まれながら食べている彼女の姿を見て、私、微笑ましいとさえ思ったんだよね。

 ヨッシーとはこれからコンビを組むに当たって仲良くしないといけないんだけど、はっきり言って彼女とはあまり相性が良くないんだよね。ネタ作りやネタ合わせをうまくやれるのか不安だけど、もし仲違いしたら、その時はケンケンがちゃんとフォローしてね。それではまた会いましょう。アディオス!】


 タクシーのことは書かなくてもよかったかな……まあいいか。別に知られて困るものじゃないし。

 私はそんなことを思いながら、そっとノートを閉じた。 

 

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