第20話 わがままじいさんとしりとり対決

「じゃあ、次で終わるか」


 駅で待機している時に父にそう言われ時計を見ると、5時を少し回ったところだった。


「最初はどうなることかと思ったけど、だいぶ小慣れてきたな。最後も頼んだぞ」


「やる前は憂鬱だったけど、実際にやってみると、あっという間だったわ。これまでの経験を活かして、最後のお客さんは絶対満足させてみせるから」


 私はいろんなタイプの人を接客したことで、ある程度自信をつけていた。


(最後はバシッと決めたいので、どうか変な人は乗って来ませんように)と心の中で祈っていると、すっかり頭の禿げ上がったおじいさんが車に乗り込んできた。


「ご乗車ありがとうございます。どちらまで行きましょうか?」


「○○町に行ってくれんかな」


「○○町ですね。かしこまりました」


 おじいさんが単独で乗ってくるのは初めてだったので、どんな話をしようか思案していると、おじいさんが好奇の目を向けてきた。


「ところで、君はなんでそこにいるんじゃ?」


「社会勉強のためです。今日は運転手に代わって、私がお相手をいたしますので、なんなりとお申し付けください」


「ほう。それはいいことを聞いた。じゃあ、今からしりとりをしよう。普通にやっても面白くないから、縛りを決めるぞ。最初は『白いもの』じゃ。じゃあ、わしからいくぞ。ヤギ」


 いきなり始まったしりとりゲームに戸惑いながらも、私はなんとか応戦する。


「『ギ』ですか? いきなり難しいところついてきますね。えーと、何があるかな……そうだ! 牛乳」


「牛」


「えっ? 牛って黒い部分もありますけど? ていうか、白以外の色をした牛はいっぱいいますよ」


「そんな細かいことはどうでもええから、早く答えろ」


 おじいさんにそう言われ、私は気を取り直して考える。


「えーと、じゃあ、しまうま」


「ふん。牛に対して、しまうまで返すとは、なかなかやるじゃないか。じゃあ、真綿」


「太鼓。もちろん皮の部分ですよ」


「そんなの、いちいち言わんでも分かっとる。じゃあ、子牛」


「えっ、牛はさっき出ましたけど?」


「さっきのは牛で今回は子牛じゃ。全然違うじゃないか」


(なるほど、そうきたか。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるわ)


「じゃあ、しまうまの子供」


 私はおじいさんの編み出した緩いルールを利用することにした。


「それはちょっとズルくないか?」


「どうしてですか?」


「しまうまの子供なんて、あまりにもひどいじゃろ!」


「お客様は先ほど子牛という言葉を使ったじゃないですか。それなら、しまうまの子供もありでしょ。だって、しまうまの子供のことを子しまうまとは言いませんから」 


「ぐぬう。屁理屈を言いおって……まあええ。じゃあ、モーと鳴く動物」


「はあ? なんですか、それは」


「モーと鳴く動物といえば、牛に決まっとるじゃろ。牛はもう出たから、違う表現をしたまでじゃ」


 おじいさんが無茶苦茶なことを言ってきた。


「いやいや、さすがにそれは反則でしょ。それが通るのなら、ほぼ何でもありになってしまいますよ」


「つべこべ言わず、早く答えろ。次は『つ』じゃ」


「あー、ちょっと思いつきませんね。私の負けです」


 私は馬鹿馬鹿しくなって、考えるのをやめた。


「なんじゃ、もう終わりか? 情けないのう。ほんま近頃の若い者はボキャブラリーが貧しくて、困ったもんじゃわい」


「すみません」


「じゃあ、次いくぞ。今度は国の名前じゃ」


「えっ、まだやるんですか?」


「当たり前じゃ。じゃあ、わしからいくぞ。アメリカ」


「えーと、じゃあ、カナダ」


「『ダ』じゃと? いきなり難しいもの返しおって。えーと……ダメじゃ、何も出てこん。降参じゃ」


 おじいさんは、さっきと打って変わり、あっさりと負けを認めた。


「これで一勝一敗じゃ。次できっちり勝負を付けようじゃないか。最後は歴史上の人物じゃ。外国人も良しとする。じゃあ、わしからいくぞ。聖徳太子」


 最後にこんなもの出すところをみると、おじいさんは歴史ものが得意なのね。

 けど、私も歴史は得意だから、そう簡単には負けないわ。


「秦の始皇帝」


「伊藤博文」


「ミケランジェロ」


「さっきから外国人ばかり言いおって。さては世界史が得意なのか?」


「別に得意ではありません。これくらいは知ってて当然だと思います」


「ふん、まあええ。えーと……ダメじゃ。やっぱり外国人はやめて日本人だけにする。だから、『み』の付く日本人を言え」


(このおじいさん、どれだけ負けず嫌いなのよ。これは下手に勝ったりしたら、後で何を言われるか分かったものじゃないわ。もう適当なところで、わざと負けよう)


「えーと、じゃあ、三島由紀夫」


「岡田以蔵」


「えーと……ちょっと思いつきませんね。私の負けです」


 これでようやく解放されると思っていると、おじいさんがまさかの言葉を吐いた。


「ふむ。勝つには勝ったが、いまいちスッキリせんな。よし、もう一勝負するか」


 その瞬間、(もういい加減にしてよ)と心の中で思ったけど、無論それは口に出さず、代わりに「ぜひお願いします」と返した。


「じゃあ、今度は食べ物じゃ。飲み物も良しとする。じゃあ、わしからいくぞ。たこ焼き」


「キウイ」


「石焼き芋」


「桃」


 たこ焼き、石焼き芋ときたから、次はさしずめ、もんじゃ焼きかなと当たりを付けていると、おじいさんは「もずく」と答えた。


「栗」


「リキュール」


(『ル』か。偶然か狙ったのか分からないけど、難しいところついてきたわね。もう考えるのも面倒だし、この辺で終わろう)


 そう考えた私は、あっさりと敗北宣言をする。


「参りました。私の負けです」


「よし! 今度こそ正真正銘わしの勝ちじゃな。まあ、君もわし相手によく戦った。自慢していいぞ。わははっ!」


 私は心の中で(自慢って、誰にすればいいのよ)と思いながら、おじいさんに賛辞の言葉を贈る。


「お客様の方こそ、さすがですね。まさに亀の甲より年の劫といったところでしょうか」


「おおっ、まさしく、その通りじゃよ。わははっ!」

 

 その後、目的地に着くまで、おじいさんはずっと上機嫌だった。


 

「お前、さっき、わざと負けてやったんだろ?」


 表示を回送にし、家に向かって車を走らせている時に、父が訊ねてきた。


「うん。でも、よく分かったね」


「最初は勝つ気満々なのが伝わってきたけど、途中からその気配がなくなったからな。まあ、それで客があれだけ喜んでたんだから、お前のやったことは正解だよ」


「じゃあ、私は有言実行できたのね」


「ああ。これでお前は、いつでもタクシー運転手になれるぞ。はははっ!」


 高笑いする父を横目に、私は心の中で(それもありかな)と思っていた。

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