第18話 逆ギレ女の対処法

 そのままホテルに待機してると、出入り口から四十歳くらいの男性と小学校低学年くらいの男の子が出てきた。

 二人はどうやら親子のようだ。

 私は二人が車に乗り込むのを確認し、透かさず挨拶をする。


「ご乗車ありがとうございます。どちらまで行きましょうか?」


「○○スタジアムまでお願いします」


「〇〇スタジアムですね。かしこまりました」


 〇〇スタジアムに行くということで、二人が今から野球を観に行くのが分かったけど、私はあまり野球に詳しくない。

 野球好きの父が相手をする方がいいんだろうけど、それだと私がここにいる意味がない。

 どうしようかと思案していると、男の子が私に話し掛けてきた。


「お姉ちゃん、なんでそこに座ってるの?」


「私は今日一日、父の手伝いをするために、ここにいるの。だから、何か話したいことがあれば、私が相手するよ」


「ふーん。じゃあ、今日の試合どっちが勝つと思う?」


「えっ! ……えーと、今日どことやるんだっけ?」


 野球にさほど興味のない私は、対戦相手を把握していなかった。

 そんな私に、男の子は怒りに目を向けてくる。


「ジャガーズだよ。コープがジャガーズに勝てるかって訊いてるの」


「ああ、ジャガーズね。それならコープの楽勝よ」


 たしか今、ジャガーズは最下位だったはずだ。

 私でも、それくらいは知っている。


「でも今日、ジャガーズの先発は大本だよ。コープ打線が打ち崩せると思う?」


(大本って、たしか今、プロ野球界でナンバーワンと言われている投手だったわね。よりによって、なんで今日投げるのよ!)


 私は心の中でぼやきながら、男の子をじっと見つめる。


「大本を打ち崩せるかどうかは、応援に懸かってると思う。だから今日一生懸命応援すれば、コープはきっと勝てるよ」


「分かった。じゃあ、声が枯れるまで応援して、必ずコープを勝利に導くよ」


 その後、男の子はスタジアムに着くまで、コープに関することを延々と喋っていた。


 二人を降ろした後、父は駅やホテルに待機しながら五組の客を乗せ、その最後の客を降ろしたところで休憩することになった。

 父は公園の横に車を止め、カバンから弁当を二つ取り出した。


「いただきます」


 よほどお腹が減っていたのか、父はすぐに食べ始める。


「いただきます」


 私も少し遅れて、父が作った弁当に箸を伸ばした。


「やっぱり人と一緒に食べるのはいいな。いつもより、美味く感じるよ」


 父がしみじみと言う。

 昼にいつも一人で食べている分、朝と夜は家族と一緒に食べることにこだわっているのだろう。


「前から思ってたんだけど、お父さんはなんで弁当を自分で作ってるの?」


「それは母さんの負担を少なくするためさ。掃除や洗濯を全部やってもらってるんだから、弁当くらい自分で作らないとな」


「そんなこと言って、本当は私に食べてもらいたいからじゃないの? だって中学までは、お母さんが作ってたじゃない」


 私は中学の時は給食だった。


「もちろん、それもあるよ。というか、それが一番の要因だな。はははっ!」


「だったら、最初からそう言えばいいのに。まあ、そんなのどうでもいいんだけどね」 



 程なくして弁当を食べ終えると、父が公園の中へ一緒に行くよう誘ってきた。

 何をするのだろうと思っていると、父はいきなり体操を始めた。


「カラスウリも一緒にやろう。時々こうして体を動かしてないと、車の中にずっといると筋肉が硬くなるからな」


 父にそう言われ、私も屈伸や腕の曲げ伸ばしを始めた。

 

「どうだ、気持ちいいだろう。パパは毎日ここでやってるんだ」


「そうなんだ。じゃあ、雨の日はどうしてるの?」


「その時はアーケードのある商店街でやってる。もっとも、周りは変な目でパパのことを観てるけどな。はははっ!」


「それ、今後一切やめて!」


「なんで? 人に迷惑かけてるわけじゃないんだから、別にいいじゃないか」


 開き直る父に、私はそれ以上言っても無駄だと思い、黙って体操を続けた。




「よし、じゃあ、そろそろ仕事に戻るか」


 父の言葉を合図に、私は体操をやめ車に戻った。


「次はどこへ行くの?」


「○○病院だ。ここから近いからな」


 父はそう言って、車を発進させた。

 すると、それを待っていたかのように、大げさに手を振っている二十歳くらいの女性が、前方に見えた。

 父はすぐさまスピードを上げ、女性のすぐ横に車を付けた。


「ご乗車ありがとうございます。どちらまで行きましょうか?」


「急いで○○会館まで行って!」


「○○会館ですね。かしこまりました」


 女性の慌てぶりから、コンサートの時間が差し迫っていると見当を付け、それについて訊こうかと思っていると、彼女が怪訝な目を向けてきた。


「ところで、あんた誰?」


 私は自分がここにいる経緯を事細かく説明した。


「はあ? あんたら、親子で何やってんの? 公共の乗り物を私物化してんじゃないわよ!」 

 

 女性のあまりの剣幕に怯んでいると、それを感じたのか、父が私の代わりに対応してくれた。


「私たちは決してそのような意図はありません。多少サービスは低下するかもしれませんが、お客様を安全に目的地までお運びすることに全力を尽くします」


「別に安全なんて求めてないから、とにかく急いでよ! もしコンサートに間に合わなかったら、あんたらのせいだからね!」


「無論全力は尽くしますが、それで間に合わなかったとしても、それは私たちの責任ではありません」


「なんで?」


「お客さんがもっと早く準備をしておかなかったのが悪いんです」


「私のせいだって言うの? あんた、ちょっと名前を教えなさいよ! 会社にクレームの電話を入れてやるから!」


「生憎、私は個人タクシーなので、クレームされるのなら、タクシー協会の方にしていただけますか? 名前は池本幸太郎です」


 女性はスマホに父の名前を登録し始めた。


「まあ、無駄だと思いますけどね。今回の場合、どう見てもお客さんの方に非があるので」


「うるさい! 喋ってる暇があったら、もっと飛ばしなさいよ!」


 その後目的地に着くまで、女性は父に辛辣な言葉を吐き続けていた。





 


 



 



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