第17話 父の鋭い指摘
父の採点に納得がいかなかった私は、どこが悪かったのか訊いてみた。
「最初の挨拶と行き先を訊いたところまでは及第点を与えられるが、その後が総じて悪い。行き先を訊いた後、不思議そうに見てきた客に『私の顔に何かついてますか』と言っただろ? そもそも、お前が助手席に乗ってること自体がおかしいんだから、相手がそんな顔をするのは当然だよ。なのに、お前がそんなこと言うものだから、相手は戸惑ってただろ?」
「…………」
父の尤もな指摘に、私はぐうの音も出ない。
「お前はその時に、なんで自分がここにいるかをちゃんと説明しないといけなかったんだ。それなのに、話が長くなるからと言って、省略しただろ? あれじゃ、客に不親切だと思われても仕方ないぞ」
「……分かった。今度から気を付けるよ」
「それと、病院に行く相手に対し、『どんな用件ですか』は愚問だ。大半は病気やケガの治療に行くんだからな。あと、話が詰まった時に、途中で打ち切っただろ? ああいう時は話題を変えて、少しでも会話を長引かせる努力をしないとダメだ」
父のダメ出しが心に響く。
普段が普段だけに、余計胸に刺さる。
父の言葉を胸に刻み、次の接客に活かそう。
そんなことを思っていると、出入り口から共に大きなボストンバッグを抱えたおじいさんとおばあさんが出てきた。
「カラスウリ、ちょっと手伝ってくれ」
「うん」
私はすぐに車を出て、トランクの中にボストンバッグを入れるのを手伝った。
すると、二人は感謝の言葉を言ってきたけど、私の存在については特に触れなかった。
「ご乗車ありがとうございます。どちらまで行きますか?」
「○○町までお願いします」
「○○町ですね。かしこまりました」
車が発進すると共に、私は二人に訊いてみた。
「あのう、どちらかが退院されたんですか?」
すると、二人は顔を見合われた後、おばあさんがゆっくりと口を開いた。
「わたしが足を骨折して入院してたんですよ」
「そうだったんですか。それだと、さぞ不便だったでしょうね」
「わたしは看護師さんが世話をしてくれたからまだいいけど、この人は相当不便だったと思いますよ。なんせ、一人じゃ何もできない人だから」
おばあさんがそう言うと、おじいさんは照れたように笑った。
「じゃあ、今日からまた元の生活に戻れるから、お二人とも嬉しいんじゃないですか?」
「もう家事をしなくていいから、わたしよりこの人の方が何倍も喜んでると思いますよ。あははっ!」
おばあさんが豪快に笑う横で、おじいさんはさっきより更に照れた顔になっている。
「ところで、お嬢さんはなんでそこに座ってるの?」
おばあさんの問いかけに、私は(今頃訊くんかい!)と心の中で思ったけど、無論それは言葉には出さず、代わりにありのままを打ち明けた。
「私、横で運転している父に頼まれて、仕方なくここに座ってるんです。社会勉強をさせるためとか言ってるけど、本当はただ私と一緒にいたいだけなんです。ほんといつまでも子離れできなくて、困ってるんですよ」
言い終わった後、横目で父を見ると、顔が引きつっているのが分かる。
笑いそうになるのを必死に堪えてると、おばあさんが満面の笑みを向けてきた。
「それは微笑ましいねえ。普通そんなこと頼まれても、大抵は断るものだけど、ちゃんとそれに応えてるんだからね。なんだかんだ言っても、あなたもお父さんのことが大好きなんでしょ?」
途端、私は頬が赤くなっているのを自覚する。
それは決して図星だからではなく、おばあさんの言ったことをを否定できない状況にあるからだ。
「まあ否定はしませんけど、あんまり言うと父が調子に乗るから、この話はもうこのくらいにしましょう」
私は半ば強引に話を切り上げた。
ふと気になって横目で父を見ると、さっきとは打って変わって、にこやかな顔をしているのが分かる。
私が否定しなかったのが、余程嬉しかったのだろう。
その後おばあさんは、おじいさんが普段家で何もしないことを、目的地に着くまでひたすら愚痴っていた。
二人を降ろした後、父は近くのホテルの敷地に車を止めた。
「今度はここに待機するの?」
「ああ。さっきも言ったが、俺の営業方法は常に効率重視だからな。それよりお前、さっき客が言ったことをなんで否定しなかったんだ?」
「あそこで否定すると、場の雰囲気が悪くなるからよ。だから勘違いしないで」
「でもお前、顔が赤くなってたじゃないか。本当は図星だったんだろ?」
「うざっ! そんなの、地球がひっくり返るくらい、あり得ないから!」
「……そこまで言わなくてもいいだろ」
私の言ったことに、父は少なからずショックを受けてたみたいだけど、勘違いさせたまま、この後も一緒にいるのはさすがにきつい。
出入り口を見つめる父の寂しげな横顔を見ながら、私はさっき言ったことを少しだけ後悔した。
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