第14話 交渉決裂からの……

 私たちお笑い研究部は話し合いの末、コンビ活動をする前にプロの漫才コンビの漫才を観て勉強した方がいいという結論に至った。

 その際、テレビとDVDレコーダーが必要なため、私と三場君は部を代表して、顧問の岡部先生に予算の交渉をしに職員室を訪れた。


「部を立ち上げる時、予算はいらないって言ったよな。あれは嘘だったのか?」


「あの時とは状況が変わったんです。お願いします。この二つを購入する代金だけもらえればいいんです。DVDのレンタル料は僕たちで負担しますから」


「今更そんなこと言われてもなあ。今年度の予算はもう決まってるから、どうしようもないんだよ」


「そこをなんとかできませんか? どうしても無理なら、先生のポケットマネーから払ってもらってもいいんですけど」


 私がそう言うと、先生は手を大きく横に振った。


「そんな金があるわけないだろ。悪いが、俺は何もしてやれない。どうしても欲しいのなら、自分たちでなんとかするんだな」


「そんな無茶な!」


 私たちはその後一時間くらい粘ったけど、結局交渉は物別れに終わった。



 部室に戻り、交渉結果を二人に報告すると、福山君はもう覚悟していたみたいだった。


「やっぱりな。なかなか帰ってこないから、交渉が難航してると思ってたんだ」

「まあ仕方ないよ。こうなったら、あたしたちでお金を出し合って購入するしかないよ」


 吉田さんの意見に、私たち三人は軽く頷き、早速予算の見積もりに入った。


「二つとも中古品を買うとして、大体三万から四万てとこだろう。まあ一人当たり一万円あれば足りるんじゃないかな」


 三場君が具体的な金額を提示する。


「それくらいなら、なんとかなるわ」

「俺も」


 吉田さんと福山君が承諾すると、三場君が私に目を向けてきた。


「僕も問題ないけど、池本さんはどう?」


「私も多分大丈夫だと思うけど……」


 私は両親がお金の管理に厳しいので、自由に使えるお金はほぼない。

 そのため、交渉しないといけないんだけど、あまり自信はない。

 私はみんなのことを羨むと同時に、家に帰ってどんな風に話を切り出すかで頭がいっぱいだった。




 帰宅後、いつものように四人で夕飯を食べている時に、私は思い切って切り出した。


「今度、部活で使うテレビとDVDを購入することになったんだけど、うちのクラブは予算がないから、みんなでお金を出し合うことになったんだよね」


「なんで、そんなものが必要なんだ?」


 父が怪訝な目を向けてくる。

 こうなることはもう織り込み済みだ。

 私はそこに至った経緯を丁寧に説明した。


「ふーん。それで一万円が必要なのか」


「うん。お父さん、出してくれるよね?」


「一万円といえば大金だ。そう簡単に出すわけにはいかないな」


「そんなこと言わないで出してよ。他の三人はもう出すことが決まってるんだから」


「よそはよそ、うちはうちだ。そんなに一万円が欲しいのなら、アルバイトでもするんだな」


 簡単にはいかないと思っていたけど、父は予想以上にごねてきた。

 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。


「そんな暇ないよ。今度の日曜日に買いに行くことになってるんだから」


「じゃあ、土曜日にアルバイトすればいいじゃないか」


「高校生が一日で一万円稼げるバイトなんて、すぐには見つからないよ」


「じゃあ、パパの仕事を手伝えばいいよ」


 父が訳の分からないことを言う。


「どういう事?」


「助手席に乗って、パパの代わりに、接客をすればいい」


「はあ? そんなことできるわけないでしょ!」


「そうよ。あなた、無茶苦茶なこと言わないで」


 母が透かさず言い返してくれたけど、父はまったく怯む様子を見せない。


「パパが普段どのように仕事してるか知ることができるうえに、一万円もらえるんだぞ。まさに一石二鳥じゃないか」


「なにが一石二鳥だよ。父さんはただ、楽がしたいだけじゃないか」


 兄が珍しく私の見方をしてくれた。

 

「直樹、それは違うぞ。俺はタクシーの仕事がどれだけ大変か、カラスウリに身を以って感じてもらいたいんだ。決して楽をしたいわけじゃない」


 尤もなことを言う父に、私はなおも反論する。


「そもそも、私が助手席に乗ってたら、お客さんがびっくりするでしょ」


「そんなことはないよ。現に、民間のタクシー会社は研修の時、ベテランの運転手の横に初心者の運転手を乗せて、勉強させるからな」


「それとこれとは話が違うでしょ。私は別にタクシー運転手になりたいわけじゃないんだから」

 

「そんなことは分かってるよ。とにかく社会勉強だと思って、一日だけパパの仕事を手伝ってみないか?」


 一歩も引かない父に私は根負けし、要請を受けることにした。


「そこまで言うのなら仕方ないわね。じゃあやるけど、至らない分はちゃんとフォローしてよ」


「もちろん。なあに、最初パパが見本を見せてやるから、カラスウリはなにも心配することはないさ」


 父はそう言いながら、満面の笑みを向けてきた。

 私も笑顔を返したつもりだったけど、それがちゃんと笑っていたか、いまいち自信はなかった。

 


 



 

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