第12話 楽しい遠足?
若草高校に入学して一ヶ月半が経過し、明日は待ちに待った遠足。
したたるような新緑の香り、川のせせらぎ、小鳥のさえずりを聞きながら目的地に向かうのが、私は昔から大好きだった。
帰りのホームルームで南野先生が明日の概要を説明していると、古賀という男子生徒が不意に手を挙げた。
「どうしたの、古賀君?」
「先生、明日、弁当作ってきてくれない? 俺、一度でいいから、先生の手作り料理を食べてみたいんだ」
途端、男子生徒達がざわつき始める。
「お前、ふざけんなよ!」
「先生、俺の好物は卵焼きです」
「僕はウインナーです。タコさんにしてもらえると、すこぶるテンションが上がります」
男子たちのほぼ全員がリクエストしている。
この無茶な要求に、南野先生がどんな対応をするのか注目していると、彼女は苦笑いしながらゆっくりと口を開いた。
「もう、しょうがないな。じゃあ作ってあげるけど、私の家のキッチンは狭いから、とてもこの人数分は作れないよ」
(やっぱり作るんだ……まあ、ある程度予想はしてたけどね)
心の中でそう思っていると、古賀君が透かさず二の矢を放つ。
「じゃあ、学校の調理室を使えばいいじゃないですか」
「あっ! その手があったわね。あそこなら広いから、ちゃんと人数分作れるわ。じゃあ明日、早起きして作るから、楽しみにしててね」
途端、男子たちが歓声を上げる。
それはホームルームが終わるまで止むことはなかった。
翌朝、ジャージ姿で学校の運動場に行くと、そこには三場君を除く他の男子たちの姿はなかった。
「三場君、他の男子たちはどうしたの?」
「調理室に弁当を取りに行ってる」
「ああ、そう言えば昨日、南野先生が調理室を使うって言ってたわね。本当にみんなの分の弁当を作ったのかな?」
「さあ。興味ないから、別にどうでもいいよ」
ほんと、三場君は南野先生にまったく興味を示さない。
彼のタイプは一体どんな人なんだろう。
そんなことを思っていると、男子たちが小走りでこちらにやって来た。
「福山君、結局弁当は作ってもらえたの?」
気になって訊いてみると、福山君は満面の笑みを向けてきた。
「ああ。俺の大好物の唐揚げがたくさん入ってて、もう最高だよ」
「ふーん。それはよかったね」
結局、南野先生は本当に人数分の弁当を作っていた。
これだけの人数となると、かなり早い時間から調理に取り掛かったのだろう。
ほんとこの人は、やることがどこまでも破天荒だ。
その後、南野先生を先頭に目的地の山に向かっていると、彼女と話したい一部の男子たちが列を乱して先頭に集まり、そのままわいわい騒いでいる間に目的地に着いた。
私はそれがずっと気になって、風景を楽しむどころではなく、遠足の本来の目的を果たせなかった。
南野先生が男子たちに囲まれながら楽しそうに弁当を食べているのを、私は三場君と吉田さんと一緒に遠目で見ながら、父の作った弁当に箸をつける。
「美味しい」
普段も美味しいけど、やっぱりこういう所で食べる弁当の味は格別だ。
私が腹を減らせているのを見越して、父がいつもより多めに作ってくれた弁当をぱくついていると、三場君がにこやかな顔を向けてくる。
「池本さん、食べっぷりがいいね」
「えっ! ……今日はいつもよりお腹が空いてるから箸が進んでるけど、普段はこんなに食べないのよ」
私は弁当を多めに作った父を恨んだ。
「そうなんだ。でも僕、ごはんをたくさん食べる女子って結構好きなんだよな。なんかエネルギーに満ち溢れているような気がするから」
「そうなの? まあ、その方が健康にいいのは確かね」
「あたしは小食だけど、いつもエネルギッシュよ」
「確かに、ヨッシーはいつも元気だよな。そのパワーはどこから来るんだ?」
「さあ? 生まれつきこうだから、そんなの分かんないよ」
吉田さんみたいなタイプは一定数いる。
いわゆる、生まれながらにして陽キャというやつだ。
私も生まれた時はそうだったかもしれないけど、この変な名前のせいで、陰キャにならざるを得なかった。
「ああ、美味しかった。やっぱり空気が美味しいと、弁当もいつもより美味しく感じるね」
私は弁当を全部平らげると、おやつに持ってきていたバナナを食べ始め、食欲旺盛なところを三場君にアピールした。
その後、大縄跳びやハンカチ落とし等の定番の遊びをし、珍しくクラス全員で盛り上がっているところに、非情にも終わりを告げる笛が鳴った。
残念な思いを抱えたまま下山していると、男子と女子が話している姿が、あちこちに見受けられる。
昨日までは男子対女子の図式が出来上がっていただけに、その光景はすごく新鮮に感じられた。
この流れに乗って、三場君ともっと仲良くなれればいいんんだけど……。
そんなことを思いながら、ふと三場君に目をやると、私がまだ話したことのない女子と楽しそうにおしゃべりしている。
男女間の仲が良くなるのはいいことだけど、三場君は例外だから!
私はその後、なるべく三場君の方を見ないようにしながら、学校に向かって歩を進めた。
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