第10話 思い出のネタ
昼休みに紙マージャンをするのが定番となりつつある我がお笑い研究部のメンバーは、周りの目も気にせず今日もゲームに勤しんでいる。
ハッキリ言って私たちはクラスから浮いている。
思えば私と三場君は入学初日にした自己紹介の時から変人扱いされ、その後お笑い研究部を立ち上げたことで、それがより顕著になった。
吉田さんと福山君はお笑い研究部に入部した頃から浮き始め、今はもうすっかり私たちと同類扱いされている。
「ポン」
吉田さんが役牌の
彼女のマージャンはよく鳴くのが特徴だ。
別にそれが悪いわけではないけど、ほとんど鳴かない私からしたら、その戦法はどうしても邪道と映ってしまう。
「チー」
そんなことを思っていると、吉田さんがまた鳴いた。
これで聴牌か悪くてもイーシャンテンにはなっているだろう。
吉田さんを警戒しながら牌を切ると、今度は福山君が「ポン」と鳴いた。
(びっくりした! ……ほんと、終盤で鳴かれるのは心臓に悪いよ)
終盤にきて鳴かれると、それが一瞬『ロン』に聞こえ、ビクっとしてしまう。
できればやめてほしいけど、別にルール違反をしているわけではないので、こちらからは何も言えない。
最終的にこの局は誰もあがれず流局となった。
「あー。結局、聴牌に持っていくことはできなかったか」
福山君がため息をつく横で、「あたしは、イーシャンテンにもいかなかったわ」と、吉田さんが嘆く。
それを聞いて私は、じゃあなんで鳴いたのと、つい思ってしまう。
二人を警戒するあまり聴牌を崩してしまった私は、流局で親を流されるという最悪の展開となったところで、ちょうど休憩時間が終了となった。
今日の部活のテーマは漫才。
四人とも漫才が好きなため、議論は最初から熱を帯びた。
「あたし、お笑いの中で漫才が一番好き」
「俺もだ。コントやピンネタも捨てがたいけど、やっぱり一番となると、漫才になっちゃうな」
「私も好きだけど、順位とかは決められないかな」
「僕も漫才が一番だな。テレビで慣れ親しんでいるのが最大の理由だけど、それだけでは言い表せない魅力があるよな」
三場君が珍しく興奮している。
それだけ漫才に思い入れがあるということなんだろう。
「カアちゃん、なんで順位を決めれないの?」
吉田さんが不思議そうな顔で訊いてくる。
「私はお笑い全般が好きで、特にこれが好きというものがないのよ」
「じゃあ好きなお笑い芸人もいないのか?」
今度は福山君が怪訝な顔を向けてくる。
「特別好きな人はいないかな」
「じゃあ今まで観た漫才の中で、一番印象に残っているネタは?」
最後に三場君が難しい質問をぶつけてきた。
「うーん。インパクトの強さで言うと、小学生の時に観た誘拐ネタかな」
「それって、どんな内容だったんだ?」
「犯人と子供を誘拐された親という設定で、まず犯人が親に電話を掛けて身代金を要求するんだけど、それがたったの五千円なの。その五千円は自分の子供の給食費で、犯人はそれを払うために誘拐したの」
「はははっ! それ、めちゃくちゃ面白いな」
三場君が腹を抱えながら笑っている。
「給食費というところに、センスを感じるよな」
福山君も気に入ってるみたいだ。
「確かに電気代とか水道代よりインパクトはあるわね」
吉田さんも感心している。
「私、このネタの衝撃が強すぎて、どんなコンビがやってたか憶えてないんだよね」
「そんなことってある? 普通、コンビとネタはセットで憶えてるものだろ?」
三場君が食い気味に訊いてくる。
そんなこと言われても、憶えてないんだからしょうがないじゃん。
「それより、今度はみんなの一番ネタを教えてよ」
私はこの状況を逃れようと、さほど興味のないことを訊いてみた。
すると、三人とも漫才が一番好きというだけあって、各々一番好きな芸人のネタを挙げ、それを嬉しそうに披露していた。
「あと、最近男女コンビが増えてきているけど、それについてどう思う?」
三場君の問いかけに、吉田さんが真っ先に答える。
「あたしはいいと思う。例えばカップルの設定なんかだと、同性コンビよりやりやすいだろうし、観てる方も違和感なく観れるから」
「俺はあまりいいとは思わないな。男女コンビって、俺の中で長続きしないイメージなんだよな」
「私は男女コンビが増えるのはいい傾向だと思う。確かに同性コンビと比べると、ケンカとか多そうだけど、男女コンビにしかできないネタをいっぱい作れるし、客の立場からすると、そういうのを観たいんじゃないかな」
「今の芸人って仲が良くないと、視聴者からの人気を得られないだろ? その点から考えると、男女コンビは難しいと思う。あまり仲が良過ぎると、付き合っているのかと勘繰られるからね。程よく仲良くすればいいんだろうけど、その塩梅が難しいんじゃないかな」
男女で意見が分かれた形になったけど、いずれにせよ、どちらのコンビもお互いをリスペクトする心を持っていないと長続きしないということだ。
夕食後、私は帰り際に三場君から渡されたノートに目を向ける。
【やあ! 三場健人だぜ。いやあ、それにしても、今日の数学の授業は災難だったな。あの先生、ほんと根性が悪いよな。見てて、カラカラが気の毒で仕方なかったぜ。もし、あれ以上なにか言われてたら、助けに行こうと思ってたんだけど、そうい時に限って何も言わず、あっさり他の生徒に当ててたよな。
まあ、それはそれとして、クラブのことなんだけど、予想していたとはいえ、みんなの落語の低評価振りには驚いたよ。俺が落語の良いところを説明して、最後はみんな興味を持ってもらったみたいだから、とりあえずホッとしたよ。明日はみんなの好きな漫才を掘り下げるから、楽しみにしててくれ。じゃあ、今日はこれで終わるとしよう。あばよ!】
読み終わると、私はすぐさまシャーペンを手に取り書き始める。
【やあ! 池本カラスウリ。通称、カラカラだぞ。といっても、こんな呼び方してるのは三場君だけだけどね。しかも、この日記限定で。お返しに、三場君のこと、ケンケンって呼んでもいいかな? もちろん、この日記限定で。
数学の竹本先生は、ほんとムカつくよね。私、まさか当てられるなんて思ってなかったから、すっかり油断してたんだよね。ほんと、誰が当てられるか分からないから、次からはちゃんと予習しておかないとね。……あっ! もしかしたら、それが先生の手なのかも。今頃気付くなんて、私もとんだおバカね。あははっ!
あと、落語は今までまったくと言っていいほど興味がなかったんだけど、今日三場君の説明を聞いて、がぜん興味が湧いてきたんだよね。今度DVDを観て勉強しようと思っています。というわけで、また会いましょう。アディオス!】
さすがにケンケンはまずかったかな……まあいいか。もし断られたら、今までのように三場君と呼べばいいんだから。
そんなことを考えながら、私はそっとノートを閉じた。
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