第8話 壮絶なじゃんけん大会
週明け月曜日の朝。土、日と遅い時間まで寝ていたため、なかなか起きれないでいると、例のごとく父が起こしに来た。
「カラスウリー、早く起きないと、ほっぺたすりすりするぞー」
そう言って頬をくっつけてくる父に、私は激しく抗議する。
「気持ち悪いからやめてって、もう何べんも言ってるでしょ!」
「なんでそんなに嫌がるんだよ。昔はあんなに喜んでたじゃないか」
「あのねえ、私もう高校生なんだよ。いつまでもこんなことされて喜ぶわけないでしょ!」
「カラスウリー、外国じゃ、これくらいのスキンシップは普通なんだよ」
「ここは外国じゃないでしょ! ああ、もういいから、早くどいて!」
私は父の体を押しのけ、逃げるようにベッドから飛び起きた。
「着替えるから、早く出てって!」
「なんなら、着替えるの、手伝ってやろうか?」
「きもっ! いい加減にしないと、本気で怒るよ!」
「分かった、分かった。じゃあ、ご飯が冷めないうちに早く着替えろよ」
父はそう言いながら、ようやく出て行った。
父が変なのは確かだけど、よく考えると隙を見せる私も悪い。
今度からは土日もなるべく早く起きて、睡眠のペースを狂わせないようにしよう。
今日の一時間目の授業は国語だった。
担任の南野先生が朗読していると、木村という男子生徒が不意に手を挙げた。
「どうしたの、木村君?」
「次のページに『私、伊藤君のことが好きなの』というセリフがあるんだけど、それを木村に変えて読んでくれないかな?」
木村君がそう言うと、男子たちが一斉に騒ぎ出した。
「お前、ふざけんなよ」
「先生、そこは田村でいきましょう」
「いや、是非とも井上でお願いします」
騒ぎは一向に収まる気配がなく、そのまま彼らの動向を見守っていると、それまで黙っていた南野先生が不意に口を開いた。
「しょうがないな。じゃあ、じゃんけんして勝った人の名前で読んであげるよ」
その瞬間、男子たちは歓声を上げ、某アイドルグループを彷彿とされる、じゃんけん大会が始まった。
普通こういう時は毅然とした態度で断るのが当たり前だけど、この人にその常識は当てはまらないみたい。
結局、そのじゃんけん大会は異様な盛り上がりを見せた挙句、言い出しっぺの木村君が勝利を収め、南野先生の告白をゲットした。
くだらないものを長々と見せられうんざりしていた私にとって、じゃんけん大会に三場君が参加していなかったのが唯一の救いだった。
「なあ、みんなで紙マージャンやらないか?」
昼休みに弁当を食べた後、吉田さんと雑談していると、福山君が三場君を従えて誘ってきた。
「お前ら、マージャンのルール知ってるか?」
「うん。でも、ゲームでしかしたことないよ」
「それで十分だよ。で、池本は?」
「私はたまに家族とやるから、知ってるよ」
「へえー。今時家族でやるなんて珍しいな。といっても、昔やってたかどうかは知らないけどな」
「多分、今も昔もそんな家族いないんじゃないかな。父親がとにかくコミュニケーションを取りたがる人だから、マージャンに限らず、いろんなことを一緒にやらないといけないのよ」
「ふーん。まあそれはそれとして、じゃあ早速やるか」
福山君は私の話を簡単に切り上げ、カードを配り始めた。
なんでそんなにマージャンをしたいのだろう。
「おっ! いきなりいい配牌だ。これはなんとしても、あがらないとな」
福山君が大きな声で独り言を言う。
父と一緒で、本来こういう人はマージャンに向いていない。
三場君はポーカーフェイスで、その表情からはどんな手が来ているのか、まったく想像がつかない。
吉田さんは口にこそ出さないけど、その曇った表情から、良くない手が来ていることは容易に想像できる。
私は三場君と一緒で、どんな手が来ようが決して顔には出さない。相手に隙を見せていては、勝てるものも勝てなくなる。
そうこうしているうちに五巡目まで周り、福山君が仕掛けてきた。
「リーチ! さあ、みんな。景気よく振り込んでちょうだい」
福山君はニヤニヤしながら千点棒を机の真ん中に置いた。
多分彼はこの時点でもうあがれると思っているだろう。
早いリーチの時は、ありがちだ。
でも、早い段階であがらないと、段々と安全牌が増えてきて、あがりにくくなる。
さて、今回はどうなるか。
そんなことを思いながら続けていると、私は九巡目のツモで
しかも、捨て牌は福山君に対する安全牌だったので、私は「リーチ!」と気合を込めて宣言し、ウーピンを切った。
すると──。
「ロン。タンピン三色ドラ1の満貫だ」
対面に座っている三場君が冷静な口調で手許の牌を倒した。
「おおっ! ダマテンとは、なかなか渋いことするな」
福山君が驚きの声を上げる。
いや、いや。それを言いたいのは私の方だから。
私は何事もなかったような顔で八千点払ったけど、内心はかなり動揺していた。
そのことが尾を引いたのか、その後私は休憩時間が終わるまで一度もあがることができなかった。
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