第7話 キャラ変?

 固まったまま動けなくなった私に、三場君はなおも攻撃の手を緩めない。


「このノートに、主にクラブでの出来事を書いて、翌日相手に渡すんだ。僕らは部長と副部長なわけだから、クラブのことはどんな小さなことでも把握しておいた方がいい。そのためには、交換日記をするのが一番手っ取り早いんだよ」


 交換日記の概要が知れて、少しだけ緊張が緩む。


「それって、クラブのことだけを書けばいいの?」


「いや、プライベートなことも書いていいよ。実際、僕は家族のこととか書こうと思ってるし」


「……そうなんだ」


 三場君の家族のことは知りたいけど、私の家族のことはあまり知られたくない。 

 特に父のことは。


「で、どうする? どうしても嫌なら、あきらめるけど」


「ううん、やる。私も副部長として、クラブのことは把握しておきたいから」 


「じゃあ今日早速僕が書いて、明日池本さんに渡すよ。あと、これは二人だけの秘密だから、そのつもりで」


 秘密なんて言葉をさらりと使う三場君に、私はメロメロになりながらも、なんとか「うん」と答え、幸せ気分のまま帰路に就いた。





 翌朝、いつものように駐輪場に自転車を置いた後、教室に入ると、三場君と吉田さんが話してるのが見えた。

 私は正直、吉田さんのことより日記の方が気になったけど、彼女の手前それを言い出すわけにもいかず、そのまま成り行きを見守っていると、私に気付いた吉田さんがこっちに向かってきた。


「昨日あれから家に帰って反省したわ。よく考えたら、カアちゃんの言ってることの方が正しいもんね。だから昨日のことはお互い水に流して、また一からやり直そうよ」


「私もついカッとなって言い過ぎたわ。これからは何事も冷静に対応していくから、昨日のことは許してね。ヨッシー」


 吉田さんのことを初めて『ヨッシー』と呼んだ気恥ずかしさから、頬が赤くなっていることを自覚する。

 そんな私に彼女は満面の笑みを向けてきた。


「これであたしたち、本当の友達になれそうだね」


「うん。じゃあ改めて、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 私たちはとりあえず仲直りしたけど、彼女に対してのわだかまりが完全に消えたわけではなかった。




 今日の部活は、能や狂言の古典喜劇について学んだ。

 三場君が用意してくれた資料に目を通し、ほんの少しだけど理解できた気がした。

 吉田さんも昨日とは打って変わって、終始真剣な表情で資料に目を向けていた。


 昨日と同じように感想を言い合った後、帰り支度を始めていると、不意に福山君が吉田さんに向かって、「急げばまだ間に合うな。おい、ヨッシー。早く帰ろうぜ」と促した。

 二人は共に電車通学で、帰る方向も一緒だ。

 程なくして吉田さんが帰り支度を終えると、二人は走りながら部室を出て行った。

 それを見て、私はこれはチャンスとばかりに、「三場君、昨日日記書いた?」と訊いてみた。


「ああ、そういえば、まだ渡してなかったな」


 三場君はそう言うと、カバンからノートを取り出し、私に差し出した。


「日記なんて普段書かないから、少し読みづらいかもしれないけど、そこは我慢してくれ」


「うん。これって、家に帰ってから読んだ方がいい?」


「もちろん。目の前で読まれたら、恥ずかしいじゃないか」


「だよね。じゃあ今日私が書いて、来週の月曜日に三場君に渡せばいいんだよね?」


 今日は金曜日だから、明日、明後日と学校は休みだ。


「そういうこと。じゃあ、また来週」


「バイバイ」


 私はノートをカバンに入れると、そのまま帰路に就いた。




 帰宅後、いつものように家族四人で夕飯を食べると、私はすぐに自室に行き、三場君から受け取ったノートを開いた。


【やあ! 一年三組、出席番号15番の三場健人だぜ。俺は今まで交換日記をしたことがなく、どんなことを書いていいかよく分からないから、とりあえず家族のことを書くぜ。俺の家族は親父、お袋、姉貴の四人で構成されてるんだ。

 親父は普通のサラリーマンで、見た目もこれといって特徴のない平凡な男だ。

 お袋はケーキ屋でパートをしながら、俺と姉貴の面倒を見ているんだけど、しょっちゅう親父の愚痴をこぼすから、聞いてるこっちはたまったもんじゃないんだよな。あと姉貴なんだけど、高三の割には子供っぽいところがあって、俺とゲームで対戦して負けると、拗ねて口を利かなくなるんだよな。

 こんな家族だけど、俺にとっては大切な宝物だから、これからも仲良く暮らしていくぜ。あまり長くなってもカラカラを困らせるだけだから、クラブのことはまた次回書くことにしよう。じゃあ今日はこれで終わるぜ。あばよ!】


 なにこれ? キャラが全然違うんだけど。普段は自分のことを僕って言ってるのに、一人称を俺にしてるし、私のことをカラカラとか言ってるし……もしかして、堅苦しくならないよう、わざとこんなくだけた書き方をしたのかも。よーし、じゃあ私もそれに応えよう。

 私はシャーペンを手に取り、次のページに書き始めた。


【やあ! 一年三組、出席番号4番の池本カラスウリだっぴょーん! 

 我が池本家は父、母、兄、私の四人家族でーす。父はタクシー運転手をやってるんだけど、未だに子離れできてないというか、私を溺愛してるから、うざくて仕方ないんだよね。母はスーパーでレジ打ちのパートをしてるんだけど、この前母と一緒にスーパーに買い物に行ってレジに並んでたら、そのレジの人がトロくてさ。短気な母はそれに我慢できず、その人を無理やりどかして、自分でレジを打ち始めたんだよね。でも、その後すぐに店長さんが来て、めちゃくちゃ怒られたうえに出入り禁止を食らっちゃったってわけ。あははっ! あと兄なんだけど、いつも私のことを『カラス』って呼ぶのが不満なんだよね。そりゃあ、カラスウリって呼ぶのが長くて面倒なのは分かるけど、家族なんだからそれくらい我慢してほしいよね。

 以上で家族紹介は終わりでーす。それじゃ、また会いましょう。アディオス!】


 えーと、一応テンションを合わせてみたけど、三場君これを読んで引かないだろうか……まあいいか。それならそれで、次から普通に書けばいいだけだから。

 

 そんなことを思いながら、私はそっとノートを閉じた。

 



 




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