第6話 一触即発
翌日の放課後、私たちお笑い研究部部員は四人揃って部室に向かった。
小、中と一人でいることが多かった私は、こうやって一緒に歩いているだけでなんか楽しい。
しかも、その中にお気に入りの男子がいるから、なおさらだ。
やがて部室に着くと、三場君がカバンからコピー用紙を取り出し、みんなに配り始めた。
「それ、お笑いの歴史が書かれた本のコピー。昨日あれから図書館に行って、大事な箇所を全部コピーしてきたんだ」
「マジで! さすが部長だけあって、やることに卒がないな」
「ほんと、健ちゃんって、フットワークが軽いね」
健ちゃん?
吉田さんが発した強烈なワードに、私は頭がクラクラして、言おうとしていたことが全部吹き飛んでしまった。
「まあ、これくらいは部長として当然だよ。じゃあまずはそれに全部目を通した後に、それぞれ感想を言い合おう」
三場君がそう言うと、私たちは早速読み始める。
するとそこには、能や狂言から始まるお笑いの歴史が事細かく書かれていた。
その中には、今まで知らなかったものも多分に含まれており、私は夢中で読み進めた。
「じゃあ、まずは池本さんから聞かせてもらおうか」
三場君に指名されると、私は瞬時に頭の中で文章を構成し、おもむろに口を開く。
「能や狂言はさておき、漫才の歴史が意外と浅いことに驚いたわ。私は江戸時代にはもう存在してたと思ってたんだけど、漫才として確立されたのは昭和初期の頃だと知って、そう思っていたことが急に恥ずかしくなった。あと、今も活躍している大御所芸人の意外な歴史を知ることができ、とても勉強になったわ」
「さすが池本さん、優等生な感想だね。じゃあ次はヨッシー」
三場君が微妙な言い方をする。
これって本当に褒められてるの?
「あたしは特に何も感じなかったかな。お笑いの歴史を知ったところで、あたし自身何か変わるわけじゃないしね」
「ヨッシー、身も蓋もないことを言うなよ。たとえそう思ったとしても、もっとこうオブラートに包むとか、方法はあるだろ」
キレ気味に非難する三場君に、透かさず私も賛同する。
「三場君が苦労して集めてくれた資料を、そんな風に言うのは、人間性を疑われても仕方ないわ」
「あたしは正直に言っただけなのに、そこまで言う?」
「正直に言えばいいってものじゃないの。もう子供じゃないんだから、それくらい分かるでしょ?」
「分からないよ。嘘をつく方がよっぽど悪いじゃない」
「なんで分からないの!」
聞き分けのない吉田さんに、思わず声が大きくなる。
ふてくされてソッポを向いてしまった彼女に、私は更に畳み掛ける。
「人を思いやる心の無い人の顔なんて、もう見たくない。早く出てってよ!」
「分かったよ! 出て行けばいいんでしょ!」
「ヨッシー! ちょっと待てよ!」
三場君の静止も聞かず、吉田さんは逃げるように部室から出て行った。
「あーあ。本当に出て行っちゃったよ。あいつ、もう戻って来ないんじゃないか?」
福山君がため息交じりに言う。
「それは困る。ヨッシーが抜けると、即廃部になっちゃうから」
「じゃあすぐに呼び戻さないといけないけど、あの様子じゃ俺たちの話を聞いてくれそうもないな」
「それでも、行くしかないだろう」
三場君と福山君が席を立った瞬間、私は二人の前に立ちはだかった。
「今行っても、吉田さんは気が立っているからダメだと思う。明日、私が説得するから、それまで待って」
「いや。さっきと同じ結果になるだけだから、それはやめといた方がいい。明日僕が説得してみるよ」
「じゃあ、この件は三場に任せよう。それより、俺まだ感想を言ってないんだけど、今から言っていいか?」
そう言って、福山君はお笑いの歴史について感じたことを語り始めたけど、私はそれを上の空で聞いていた。
最初は吉田さんにあそこまで言うつもりはなかったんだけど、喋っているうちにだんだんエスカレートして、歯止めが効かなくなった。
そうなったのは多分、彼女がさっき三場君のことを『健ちゃん』と呼んだからだろう。
その時からずっと彼女にイラついてて、それが良くない形として出てしまった。
もし彼女が戻ってきたとしても、私はこの先うまくやっていける自信はない。
「──以上で終わりだ」
福山君が感想を言い終わり、これで今日は解散かと思っていると、三場君が私に話があると言って、福山君を先に帰らせた。
「三場君、話って、何?」
吉田さんを怒らせたことについて説教されるのかと思い身構えていると、彼はカバンから真っ
「これを使って、僕と交換日記しない?」
「…………」
三場君の予想だにしない発言に、私は何も返すことができず、そのまま固まってしまった。
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