第4話 カアちゃん?

 翌日の昼休み、三場君と私は南野先生に相談をするため、職員室を訪れた。


「先生、昨日、自己紹介の時に言ったお笑い研究部を立ち上げる件についてですけど、誰か顧問になってくれる人はいませんかね?」


「えっ! あれって本気だったの? 私はてっきり、ウケ狙いで言ったものとばかり思ってたわ」


「えー。あんなに熱弁を振るったのに、そんな風に思われてたなんて……」


 明らかにショックを受けている三場君に代わって、私がその後を引き受ける。


「三場君は本気でお笑い研究部を立ち上げようと思ってるんです。なので、誰でもいいから、話を聞いてくれそうな人を紹介してほしいんです」


「そういうことなら、私にまかせて。現在、顧問をしていない先生に、片っ端から当たってみるから」


「ありがとうございます! じゃあ、私たちはこれで失礼します」


 南野先生が割とすんなんり了承してくれたことに少し拍子抜けしたけど、とりあえずこれで顧問の方はなんとかなりそうだ。


 その後、帰りのホームルームが終わると、南野先生が私の方へ近づいてきた。


「岡部先生に話を聞くよう頼んでおいたから、今から職員室に行って」


「えーと、岡部先生って、どんな先生ですか?」


「髪型は七三で黒縁のメガネを掛けた30歳の男性よ。職員室の一番奥の席で待ってるから、早く行って」


「ありがとうございます」


 私はお礼もそこそこに、三場君と共に職員室に向かった。


「失礼します」

「失礼します」


 二人で職員室に入り、奥の方に目を向けると、さっき南野先生が特徴を教えてくれた通りの人が、こちらに向かって手招きしているのが見えた。

 私たちは吸い寄せられるようにしてそこへ行き、軽く自己紹介をする。


「一年三組の三場健人です。この度は、お話を聞いてくださる機会を設けてもらい、誠にありがとうございます」

「同じく一年三組の池本カラスウリです。三場君はお笑いのことをすごく真面目に考えているので、どうか前向きにご検討ください」


「英語を担当している岡部です。ところで、部員になろうとしてる生徒は、君たち以外にもいるの?」


「いえ。今のところ、僕たちだけです」


「そうなんだ。じゃあ、後二人どこからか見つけてこないといけないな。話はそれからだ」


「と申しますと?」


「新クラブの立ち上げは、最低四人いないとできないんだよ」


「そうなんですか? 分かりました。じゃあ後二人連れて、また来ます」


 三場君はそう言って一礼すると、出入り口に向かって歩き出し、私も後に続いた。

 そのまま教室に向かって歩いていると、不意に三場君が「まいったな。後二人、どうやって見つけよう」と、弱々しい声を出した。


「大丈夫。クラスのみんなに事情を話せば、なんとかなるよ」


「でも僕、昨日の自己紹介の時にやっちゃってるから」


「それとこれとは話が別よ。最悪、とりあえず入部だけしてもらって、後は幽霊部員でいいって言えば、だれか入ってくれるよ」


「それじゃダメだ。部員になるからには、ちゃんと活動してもらわないと」


「じゃあ、どうするの?」


「とりあえず明日の昼休みに、みんなの前で小話を披露しようと思う。それがウケたら、その中から部員になってくれる人がいるんじゃないかな」


「なるほど。じゃあ、今度はすべらないよう頑張ってね」


「……うん」


 三場君はなぜか歯切れが悪かった。

 もしかすると、すべるというワードを使ったのがいけなかったのかもしれない。




 翌日の昼休み、三場君は弁当を掻き込んだ後ゆっくりと教壇に立ち、周りを見回しながら喋り始めた。


「みなさん、食べながらでいいので、僕の話を聞いてください。この前言ったように、僕は今お笑い研究部を立ち上げようとしてるのですが、部員が四人集まらないと立ち上げることはできないと、昨日先生に言われました。今、部員は僕と池本さんの二人だけなので、あと二人必要です。今から僕が小話を披露するので、面白いと感じたら是非部員になってください。じゃあ始めます」


 三場君は一呼吸置いた後、おもむろに喋り始めた。


「ある日、牛とキツネと象がラーメン屋に行ったんですよ。彼らはそれぞれ醤油ラーメン、味噌ラーメン、チャーシュー麺を注文し、わいわい雑談しながら待ってたんです。しかし、待てど暮らせど注文した品が来なかったので、代表して牛が『あのう、もうかなり前に注文したんですけど、まだでしょうか』と店員に訊いたら、『あっ、すっかり忘れてました。えーと、みなさん何を注文したんでしたっけ?』と、とぼけたことを言ったものだから、彼らは『もう来んぞう!』と捲し立て、そのまま店を飛び出しました」


 言い終った途端、短髪の男子生徒と茶髪ショートの女子生徒がお腹を抱えて笑い出した。

 私の記憶が正しければ、男子生徒の名前は福山智弘で、女子生徒の名前は吉田恵美。 

 笑っているのはこの二人だけで、他の生徒は前回同様ノーリアクションだった。

 多分、オチの意味がよく分からなかったのだろう。


(よし! この二人を引き込もう)


 とりあえず福山君の方は三場君に任せ、私は吉田さんの方を当たることにした。


「ねえ、吉田さん。今の、そんなに面白かった?」


「だって、牛とキツネと象が出た時点で既に面白いでしょ? それで、どんな話になるんだろうと思ってたら、まさかのオチで思わず笑っちゃった」


「よくオチの意味が分かったね」


「だって『もう来んぞう』って、あまり言わないじゃん。だから、それぞれの鳴き声だって、すぐに気付いたわ」


 正確に言うと、象は鳴き声ではなく、名前をそのまま言っただけなんだけど、それはこの際どうでもいい。


「ねえ、よかったら、お笑い研究部に入らない? さっき三場君が言ったように、四人集まらないと立ち上げることができないのよ」


「うーん、どうしようかな。あたし、お笑いは好きだけど、別に研究しようとは思わないし」


「お笑いって奥が深いから、研究していくうちに、知らなかったことが見えてきて、今まで以上に楽しめると思うの。だから、お願い」


 私は両手を合わせて懇願する。


「しょうがないな。まあ、他にやりたいことがあるわけじゃないし、入ってもいいよ」


「ありがとう! あっ、今更だけど、私、池本カラスウリ」


「知ってるよ。その名前、インパクトあり過ぎだもん」


「それ、よく言われる。名前が長いから、私を呼ぶ時は名字でいいよ」


「それだと他人行儀すぎるから、『カアちゃん』でいい?」


「カアちゃん?」


「うん。カラスって、『カア』って鳴くでしょ? だから、カアちゃん」


(いや、私はあなたのママじゃないから!)と、喉元まで出かかったけど、なんとかこらえた。ここで彼女の機嫌を損ねて、入部しないなんて言われたら、今までの苦労がすべて水の泡だから。

 私はそれを受け入れるしかなく、吉田さんの顔を見ながら黙ってうなずいた。

 


 




 

 


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