第3話 幸せな時間
やがて満開の桜の木が何本も立ち並んでいる公園に着くと、私たちは桜の花びらを手で払いながらベンチに座った。
「そういえば、さっきノートに何を書いてたの?」
私は気になっていたことを訊いてみる。
「さっきの自己紹介の時、クラスメイトの反応がイマイチだったから、どこが悪かったのか自分なりに分析してたんだ」
「分析?」
「うん。どこが悪かったか分からないことには、いつまで経っても進歩しないからさ」
若手のお笑い芸人が言うようなことを、平然と言ってのける三場君に、私は尊敬の念を抱く。
「普通そこまでする高校生なんていないよ。三場君って、本当にお笑いが好きなんだね」
「僕、将来みんなから愛されるようなお笑い芸人になることが夢なんだ。そのためには、この三年間を充実したものにしないといけないんだよ」
「ふーん。だからお笑い研究部を立ち上げようとしてるんだね。もし立ち上げることができたら、私も入部していい?」
「もちろん。ていうか、そのことを話すために、ここへ誘ったんだけど」
「そうだったの? てっきり私と仲良くなりたくて誘ったと思ってたんだけど……」
とんだ勘違いに、顔が赤くなるのを自覚する。
そんな私に、三場君は温かい目を向けてくる。
「まあそれも広い意味で考えれば間違いじゃないよ。部員同士、仲良くするに越したことはないからさ」
「そうだよね! 部員同士が仲良くないと、気まずいもんね」
「まあ、そういうこと」
「ところで、お笑い研究部を立ち上げるにあたって、何かプランは考えてるの?」
「うん。新しいクラブを立ち上げるには、とりあえず顧問が必要だから、南野先生に頼んで、話を聞いてくれそうな先生を紹介してもらおうと思ってるんだ」
「そうなんだ。でもあの人、大丈夫かな? なんかイマイチ頼りないんだけど」
「紹介してもらうだけだから、別に問題はないんじゃないかな。それに男の先生だと、南野先生に頼まれたら断りづらいだろうし」
三場君が言ったことに、私は妙に納得する。
「確かにそれはあるかも。あの人、典型的な男好きするタイプだし」
「紹介さえしてもらえれば、口説き落とす自信はあるんだけどね」
「じゃあ早速、明日二人で頼んでみようよ」
「うん。じゃあ、そろそろ帰ろうか」
三場君はそう言うと、公園の出入り口に向かって歩き出した。
私はもっと話していたかったけど、そんなことを言えるはずもなく、そのまま自転車に乗って帰路に就いた。
夕方、いつものように家族四人で夕飯を食べていると、さっきからずっと何か言いたそうな顔をしていた父が、ようやく口を開いた。
「カラスウリ、今日から高校生活が始まったわけだけど、今日一日過ごしてどんな印象を持った?」
「一日といっても、今日は入学式と自己紹介をしただけだから、まだよく分からないよ」
「そんなことはないだろ。学校全体の雰囲気とか、担任はどんな人だとか、クラスになじめそうかとか、いろいろあるだろ?」
「学校の雰囲気は、まあ普通だと思う。担任はいわゆるあざと女子で、男子からは好かれるだろうけど、私たち女子からは嫌われるタイプね。あと、クラスになじめそうかどうかは、今のところ微妙な感じ」
「微妙とは?」
「なんか笑いのツボが違うというか……まあ、まだ初日だし、これからみんなのことが分かれば、大丈夫だと思う」
「そうか。どちらかというと、お前は今までクラスで浮いた存在だったから、パパ心配なんだよ」
(いや、それは全部あんたが付けた名前のせいだから!)
心の中で叫びながら、私は「そんなに心配しなくていいよ。クラスの中に面白い男子もいるし」と、うっかり三場君のことを口に出してしまった。
「へえー。あんたが男の話をするなんて珍しいわね」
俗な言い方をする母を、私はキッと睨みつける。
そんな言い方をしたら、父が黙っているはずがない。
「その生徒はどう面白いんだ?」
ほら、やっぱり。まあ母が余計なことを言わなくても、訊かれたんだろうけど。
私は観念して、三場君との一連のやりとりをすべて話した。
「じゃあ、そのお笑い研究部を立ち上げることができたら、カラスウリも入部するつもりなのか?」
「うん」
「お前、その男がタイプだから、入部しようと思ってるんだろ?」
兄が痛いところを突いてくる。
でも父の手前、それを認めるわけにはいかない。
「そんなことないよ。その男子って小柄で、なんか頼りない感じなの。私は大柄で頼りがいのある人がタイプだから」
「そうだよな。カラスウリは昔からパパのことが大好きだもんな」
身長185センチ、体重100キロの父が満面の笑みを向けてくる。
確かに昔は好きだったけど、今はただ暑苦しいだけだから!
「とにかく、そういうことだから!」
私は半ば強引に話を終わらせ、その後の父や兄の質問を一切受け付けなかった。
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