第2話 変わった者同士?

 男子たちのざわめきがようやく収まると、生徒たちの自己紹介が始まった。

 いつもながら、私はこの自己紹介が苦手だ。

 その理由はこのカラスウリという名前にある。

 その類いまれな名前から、時々私のことをハーフだと勘違いする者がいるけど、私はれっきとした日本人だ。

 それをいちいち説明するのも面倒だし、はっきり言ってもう飽きた。

 そんなことを考えていると、私の前に座っていた三人の生徒の自己紹介が終わり、順番が回ってきた。

 私は意を決し、すっくと立ち上がると、早足で教壇まで行き、大きく胸を張って喋り始める。


「私の名前は池本カラスウリです。名前が長いので、私のことを呼ぶ時は、池本またはカラスと呼んでください。でも、どうしてもカラスウリと呼びたい人は、もちろんそれでも構いません。なお、私はハーフではないので、英語で話しかけるのはやめてくださいね」


 挨拶を終えると、予想通り生徒たちがざわつき始めた。

 その中で、一人の女子生徒が興味ありげな顔で訊いてくる。


「名前の由来はなんですか?」


「カラスウリは花の名前です。それ以上は言いたくありません」


 私は半ば強引に話を切り上げると、さっさと自分の席に戻った。


 その後、クラスメイトたちの自己紹介に耳を傾けていると、今挨拶している三場さんば健人という男子生徒に私は興味を惹かれる。

 小柄で童顔の彼は、その外見とは裏腹にお笑い研究部を立ち上げて、お笑いについて部員たちとディスカッションするのが当面の目標だという。

 その三場君が挨拶代わりに小話を披露するとのことなので、私は今まで以上に耳を傾けた。


「二ヶ月くらい前のことなんですけど、近所に新しいラーメン屋ができるって聞いて、見に行ったんですよ。そしたら、その店はまだオープン前で、看板に【幻のラーメン】と書かれてたんです。ラーメン好きな僕は、その幻のラーメンとは一体どのようなものかと、わくわくしながら店がオープンするのを待ってたんです。でも、その店は一向に開店する気配がなく、この前見に行ったら看板が外されていました。その時、僕は幻のラーメンの真の意味に気付いたんです。要するに、この店のオーナーは、最初から店をオープンする気などなかったんですね」


「あははっ!」


 よくできた話に思わず笑い声を上げると、周りのクラスメイトたちはなぜか冷たい視線を向けてきた。


「今の話、そんなに面白かったか?」

「いや、全然」

「変わり者同士、気が合うんじゃないの?」

「それは言えるわね」


 そんな声が周りから聞こえてくる。

 変わり者? この私が?  

 確かに名前は変わっているけど、それだけで変わり者呼ばわりさせる筋合いはない。

 それに、なんで三場君が変わり者なの? 入学してすぐ新しいクラブを立ち上げようとするのがそうだと言うのなら、あなたたちは新しいことをする人を認めようとしない、ただの保守的な人間じゃない。


 そんなことを思っていると、自己紹介を終えた三場君が私の横を通る時に、「さっき笑ってくれてありがとう」と、耳元で囁いた。

 その瞬間、私はさっきまでの嫌な思いはすべて吹き飛び、その後のクラスメイトの自己紹介はすべてうわの空で聞いていた。



 やがて全員の自己紹介が終わると、南野先生が各委員を自分の判断で決めた。

 その際、女子たちは文句を言っていたが、男子たちはそれを素直に受け入れ、文句を言っている女子たちを逆にやりこめていた。

 入学初日にして早くも男子対女子の構図が出来上がり、先が思いやられる。


「それでは今日はこれで終わります。掃除当番の人はちゃんときれいにしてから帰ってね」


「はーい」


 返事をしたのは男子だけで、女子たちは皆だるそうに机を後ろに運び始めた。

 その中で私は、三場君に話し掛けようかどうか迷っている。

 掃除が始まったので、当番でない私はもう教室から出なければならない。

 同じく当番でない三場君は、まだ机に座って何やらノートに書きこんでいる。


(まあ別に急ぐわけでもないし、明日でいいか)


 そう思って教室を出ようとすると、不意に後ろから声を掛けられた。


「池本さん、ちょっと待って!」


 その声に驚いて振り向くと、三場君が小走りでこちらに向かってくる。


「今からなんか用事ある?」


「えっ、ううん、特にないけど」


「じゃあ、この近くに公園があるから、そこで少し話さない?」


 願ってもない展開に思わずにやけそうになるのをこらえながら、私は「うん、いいよ」と返し、そのまま二人で教室を出た。


「私、自転車なんだけど、三場君は?」


「徒歩。僕の家、ここから歩いて五分の所にあるんだ」


「へえー。それは近くていいね」


「まあ、それがこの学校に決めた一番の理由なんだけどね」


「そういう人って、探せば結構いそうね」


 そのまま二人で駐輪場まで行き、私が自転車を押していると、三場君がいたずらっぽく笑いながら、「どうせなら、二人乗りしない? 僕が運転するからさ」と言ってきた。

 見かけによらず積極的な姿勢を見せる三場君に、私は内心どぎまぎしながらも、それを隠しながら身も蓋もないことを言う。


「だめよ。二人乗りは法律で禁止されてるんだから」


「そんなの、分かってるよ。冗談に決まってるじゃないか」


 クスクス笑う三場君を見てると、真面目ぶった発言をした自分が急に恥ずかしくなる。

 

(なんか、三場君にうまく転がされてるような気がするんだけど……)


 私はそんなことを考えながら、歩いている速度を少しだけ速めた。





 


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