ホワイトジェネレーション
丸子稔
第1話 今日から高校生だというのに……
「ほら、カラスウリ。早く起きないと遅刻するぞー」
そう言いながら、父の幸太郎が自らの頬を私の頬にくっつけてくる。
毎朝の恒例となっていることだが、今日から高校生活が始まるというのに、いつまでもこんな起こし方をされるのは、さすがにきつい。
「ちょっと! もう子供じゃないんだから、いい加減やめてよ!」
「何言ってるんだよ、カラスウリ。15歳といったら、まだまだ子供じゃないか」
「いいから、早くどいて!」
私は父の体を強引に引き離し、ベッドから飛び起きる。
「ていうか、今日からもう自分で起きるって、昨日言ったよね? なんで起こしに来るのよ」
「人間そう簡単に変われるものじゃないんだよ。カラスウリがちゃんと一人で起きれるようになるまで、パパがずっと起こしてあげるからな」
「うざっ!」
「うざくて結構。これからもパパは世間の父親みたいに、思春期の娘に気を遣ったりしないから、そのつもりでいろよ。はははっ!」
父はそう言うと、ようやく部屋から出ていった。
(はあー。高校生になったら、少しは大人として接してくれると思ってたのに、今までと全然変わらないじゃん、あのクソおやじ)
そんなことを考えなながら、私はふと鏡を見る。
黒髪ロングは父のお気に入りのヘアースタイルだ。
ていうか、この髪型しか受け付けない父のせいで、私は小さい頃から、他の髪型をしたことがない。
パジャマを脱ぎ、胸にリボンのついた真新しい制服に着替えていると、一階から父の声が聞こえてきた。
「カラスウリー。早くしないと、ご飯冷めるぞー」
「今、行くから!」
顔を洗った後キッチンに行くと、いつものようにトースト、目玉焼き、野菜サラダ、ミルクが置いてある。これらは全部、父が用意したものだ。
「明日から弁当も作ってやるから、楽しみにしてろよ」
料理上手な父が満面の笑みを向けてくる。
母の康子はそんな父を複雑そうな顔で観ている。
「父さん、なんで俺の弁当は作ってくれないのに、カラスの分は作ってやるんだ?」
兄の直樹が納得のいかないような顔で父に訊いている。
「それは可愛いからに決まってるだろ。父親にとって娘は、目に入れても痛くない程、可愛いものなんだよ」
「うわあ、出たよ、いつものえこひいき。ここまで徹底されると、逆に清々しささえ感じるよ」
「まあ、そういうことだ。じゃあ俺はそろそろ行くからな」
そう言うと、父はタクシーに乗って出掛けていった。
父は個人タクシーの運転手をしていて、毎朝七時半に家を出ることを日課としている。
「ねえ、お母さん。もう朝起こさなくていいって、お父さんに言ってよ。私が言っても聞かないからさ」
「私が言っても一緒よ。あの人のあんたに対する愛情は、言葉では言い表せないくらい強いものなんだから」
「でも、いい加減子離れしてくれないと、このままじゃ息が詰まっちゃうよ」
「そう思うんなら、明日から起こされる前に、ちゃんと自分で起きたら?」
「……分かったよ」
低血圧なこともあって、私は朝に弱い。
明日からちゃんと一人で起きれる自信はなかった。
「じゃあ、いってきます」
今日から通う若草高校は自転車で十五分ほどの所にある。
私は入学祝いに父に買ってもらった電動自転車にまたがり、心地いい風を頬に感じながら、学校に向かった。
やがて学校に着くと、校門を入ってすぐの場所に掲示板があるのが見え、そこに生徒たちが群がっている。どうやら、クラス分けが発表されているようだ。
私は自転車を駐輪場に止めると、群がっている生徒たちを押しのけ、
(えーと、池本カラスウリはどこにあるかな……あっ、三組にあった!)
私は自分のクラスを確認すると、掲示板に体育館で入学式を行うと書かれていたので、前を歩いている生徒たちにそのまま付いていった。
体育館に着くと、上級生たちは既に集まっており、勝手が分からない私は、そこにいた教師らしき人によって三組に振り分けられた。
「えー、みなさん、おはようございます。今、まさに桜が満開となっていますが、みなさんの心も、この桜のように満開になっていることでしょう──」
校長の長話を馬耳東風状態でやり過ごすと、次に上級生との対面式や記念撮影をして、入学式は終わった。
その後、一年三組の教室に入り、黒板に貼られている座席表を見て、私は自分の席に着いた。
入学式の時に気付いていたけど、このクラスに同じ中学だった生徒はいない。
つまり私の名前が『カラスウリ』なのを、まだ誰も知らない。
カラスウリは花の名前で、花言葉は『男嫌い』。
父が私をずっと手許に置いておきたいという思いから、そう名付けたと聞いた。
私にとってはいい迷惑で、この変な名前のせいで、今までずっとからかわれてきた。
私のことをカラスウリと呼ぶ者はほんの一握りで、ほとんどの者はカラスと略して呼んできた。
カラスが可愛い鳥ならまだよかったんだけど──。
そんなことを思っていると、不意に戸が開き、前髪ぱっつんでセミロングの女性が入ってきた。
彼女はそのまま教壇に立ち、黒板に何やら書き始める。
【
「みなさん、入学おめでとうございます。私は今日からこのクラスの担任となる南野真紀です。担当教科は国語で年齢は25歳。趣味はお菓子作りと手芸で、休日は友人とカフェ巡りをしています」
挨拶が終わった途端、男子たちがざわつき始める。
それもそのはず、彼女はその辺のアイドル顔負けの美貌の持ち主なうえ、声も可愛かった。
「先生、彼氏はいるんですか?」
男子生徒のありきたりな質問にどう返すのか観ていると、彼女は少し顔を赤らめ、首を傾けながら甘い声を出した。
「いないよ。だって、君たちの中から見つけようと思ってるから。なーんてね」
その直後、男子たちは一斉に歓声を上げ、それはなかなか収まる気配を見せなかった。
(この人、典型的な同性から嫌われるタイプね)
私は浮かれている男子たちを見ながら、心の中でそう思っていた。
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