第9.5話 生態

統一暦4057年4月7日


現在の銀河では多数の種族や国家が存在し、宇宙航行をはたしている。そして現在の「人間」の定義は「一定の文明があり、思考力、コミュニケーションがとれる存在」としている。異星種族同士がコミュニティを作るのも当たり前の時代となった。


宇宙へ進出した全ての文明にとって長い付き合いをせざる得ないモノ・・・"宇宙服"。宇宙ステーション、惑星間移動艦、他の居住可能惑星への入植、宇宙空間での戦闘、危険な環境でしか行えない実験など昔と比べて、運動性、精密動作性、耐久性、快適性、拡張性などが求められるようになった。それらの需要を満たすため、現在の宇宙服は密着性が高く機動性を損なわない工夫が施されている。だが宇宙服の拡張性の幅広さは一時期各界に混乱をもたらした。その内容は「知識の無い民間人による宇宙服の誤発注」や「販売・輸送システムの急速な煩雑化」である。その原因となったのが、文字通り「星の数に匹敵するほど」のカスタム種類だ。"宇宙服の製造会社"はもちろん"種族"や"職業"の他"企業"、"エンジニアスキルを持つ民間人"など、もはや「製造番号や型番」だけでは用途の特定などが困難を極める事となったため、大枠カテゴリー事に分類名が決められる事となった。現在では「宇宙服」と呼ぶ者はおらず、「分類名」を使う事が殆どである。例として、技術者や整備士が使用する物は「エンジニアスーツ」、放射線や化学汚染などの危険な環境で使用する「ハザードスーツ」、軍隊など最前線で戦闘を行うための物は「バトルアーマー」などと呼ばれている。


〜カルパステーション居住区〜


ISIAが保有する大規模基地・・・そこに詰めかける大半の人員の我が家が存在する建物、キーパーズの面々もまたこの居住区に滞在する事になる。


今回はその居住区内の、とある一部屋でのお話し


大柄な種族でも隠せるように設計された巨大なシャワーブース、首から下を隠せる2m超えの壁と扉、それよりも高い位置にあるシャワーヘッド、中は人類二人が入ったとしてもかなり広くゆとりがあり、小柄な種族でも届く位置にシャワーヘッドがもう一つある。そんなブースが無数にあるこの”共用シャワールーム”にて、ザーとシャワーが流れる音と「ふ~んふふん♪」という陽気な鼻歌が鳴り響いている。


そこへ腰にタオルを巻いたリコがやってきた。


(誰かいるのかな?・・・知り合いだったらちょっと脅かしちゃお!)不敵な笑みを浮かべるリコ。音の鳴る方へ歩みを進める、曲がり角を曲がった瞬間、2m越えのシャワーブースの壁から頭だけが飛び出た鼻歌の主が目に入る。


(あれ?アーセルスじゃん!こんな時間に珍しい・・・)


しばらくアーセルスを見つめているとシャワーヘッドから流れ出るお湯が止まったかと思うと、リコの方を振り向き目が合ったアーセルスが一瞬呆けた顔でリコを見つめた後「あ!」と声を上げる。


「リコ!お前もシャワー浴びに来たのか!」「まぁね・・・そっちはもう出るの?」


「おう、明日も早いからな」そう言ってアーセルスが扉を開け、腰にタオルを巻いた状態でシャワーブースから出てくる。


「・・・相変わらずすごい筋肉だよね」リコがアーセルスの鍛え上げられた肉体とそれをコーティングする藍色の美しい体色を食い入るように見入る。


「ふっ!そういうお前はもう少し鍛え上げたほうがいいんじゃないか?」アーセルスはリコを見下ろしながら鼻で笑う。


「うるさいな!僕達の種族は筋肉が付きづらいんだよ!まったく・・・」そう言ってリコはアーセルスの全身を一瞥したかと思うと黙り込んでじっと見つめるリコ。


「どうした?」「相変わらず大きいよね・・・」「何が!」アーセルスは突然のことに顔を赤らめる。


「え?・・・どうしたの?」リコがキョトンとしている。


「いや!え!?」「僕は君の身長の事を言ったんだけど・・・あっ!そう言う!」リコが何かを察したのかニヤニヤし始める。


~翌日 居住区 キーパーズに貸し与えられた一室~


広いリビングと簡易的なキッチン、そして二人寝れる寝室が三部屋もあるこの場所に珍しくラフな私服姿で6人全員揃ってオフのひと時を過ごしている。


リビングの大きなソファに寝転がってゲームしているリコとスミス、二人と同じソファで座ってテレビを見ているオルカ、ソファから少し離れたダイニングテーブルで武器の手入れを行っているギャレスとアーセルス、キッチンで軽く料理を作っている最中のフルーム、各々に与えられたオフのひと時を楽しんでいると「ねぇ!アーセック・・・じゃなかった!アーセルス」とわざとらしく言い間違えるリコ。


すると「ブフォ!」とスミスが吹き出して爆笑し、アーセルスは顔を赤らめながら金魚のように口をパクパクさせる。


「どうしたんですか?」料理を作り終えたフルームがキッチンから出てきて、料理(皿にドンと盛られた名状しがたい3cm程のカメムシにも似た昆虫達の丸焼き)をダイニングテーブルの上に置く。「お二人も食べます?」フルームがギャレスとアーセルスに勧めるが「「いいや!大丈夫だ!」」と力強く拒否されてしまう。


「で・・・どうしたんですか」ポリポリとポップコーンを食すかの如く、昆虫食を口に頬張っていくフルーム。


「実は昨日ね・・・」


〜リコが経緯を話す〜


「グフッ!アーセルス・・・お前、意外とムッツリなんだな」

「まぁまぁ、自分が"デカイ"と思われたいのは理解出来るが・・・フフッ!」

スミスとギャレスが笑いを堪えきれない様子だが、フルームは「イヤ、リコの聞き方も悪意しかありませんよ」とフォローを入れる。


「それにしても、リコを含めて"バルドクニアン"って種族は皆んな本当に小さいよな・・・」オルカがリコの頭部をじっと見つめる。


「それ、どう言う意味?」リコが不快感を表すように、しかめ面をオルカに向ける。


「あー・・・体格の話しだ。だよなスミス!」オルカが目を泳がせながら、スミスの居る方へ顔を向ける。


「俺を巻き込むな!たく・・・昨年の"ユーリシア連邦保健局"の発表だと、バルドクニアン成人男性の平均身長は"約156cm"前後だとさ」スミスが手に持ったスマホの画面をみんなに見せながら答える。


「言っとくけど!僕の身長は"162cm"もあるから結構高い方なんだよ!それなのにさ・・・皆んなの身長言ってみてよ!」珍しくリコがギャレス達の事をギラッ!っと睨みつける。


ギャレスが気まずそうに「あー・・・185cmくらいだったかな」と答える。


「俺とフルームは身長ほとんど変わらないよな?」

「私がここに入る前に測った時は174cmだったので・・・スミスもそれくらいかと」


リコが声を荒げて「そちらのデカいお二人は!?」とアーセルスとオルカの方を見る。


「あ?俺は確か・・・216cmだったかな?アンタも同じくらいだろ?」「まぁな」アーセルスの言葉に同意するオルカ。


「それだよ!それ!そこの巨人二人と話す時、メチャクチャ見上げなきゃいけないんだよ!」するとリコがソファに座り直し、天井を見上げながら「この角度よ!この角度!!コレじゃいつ首が壊れるか分かったもんじゃ無いよ!」


「まぁ・・・お前を見下ろさなくちゃならんこっちも首が辛いがな」ボソッとオルカが呟くと・・・


突然リコが立ち上がりオルカの元へ走り出したと思えば、両足を揃えて「とう!」と声をあげながら思いっきり飛び上がり、ソファに座っているオルカの横っ腹にドロップキックをかます。


「ゴフッ!」「ったく・・・口の聞き方には気をつける事だね!」


(あぁ・・・本当にウチのチームはなんでこう喧嘩っ早いんだ?)ギャレスがひっそりと頭を抱える。


オルカが脇腹をさすりながら「イテテテ・・・さっきは悪かったな。それで、なんでお前らは体格がちい・・・"か弱い"奴らばっかりなんだ?」


「アンタ懲りてないね?たく・・・僕たちの母星"ギャター"は極寒環境型の惑星ってのは知ってるよね、寒いという事は食事も満足にありつけない。こんな環境だから僕たちの祖先は最初に"タンパク質"・・・すなわち"筋肉"からエネルギーを作り出す事にしたのね」


「俺達、人類にも備わってる機能だな」


「そう!だけど、人類のソレとは遥かに効率が段違いなんだよね。それでも充分とは言い切れなかった・・・だから"体格やら筋肉なんやら"は二の次でエネルギーの摂取と保持の力を高める方向に進化したお陰で、今も生きながらえているんだね」リコがウンウンと首を上下に揺らす。


「ただ、そんなバルドクニアンの体質は、現代でも終わることの無い難病との闘いを誘発する事となった・・・」

スミスが低い声で脅すように語りかける。


「その難病って?」ギャレスがおそるおそる尋ねる。


「肥満と生活習慣病」リコがアッサリ答える。


「肥満?」「なるほど」ギャレスは唖然としているのに対して、フルームが納得した様子を見せる。


「私が民間の医療機関で働いていた時も、バルドクニアンの多くは肥満・・・特に内臓脂肪型の肥満を抱えた人が多かった印象ですね」「ひもじい思いをしていたのが生活が一変。突然高カロリーな食事にありつけた反動に対して体の進化がついてこれなかった訳か」アーセルスが納得した様子を見せる。


「でも・・・僕からすれば、ギャレス君のような金属製の肌に興味があるんだよね」と言いながらリコはギャレスの元へ駆け寄り、右の二の腕部分を興味ありげに、サワサワとイヤらしい手つきで触りだす。


「やめろ!くすぐったい・・・」ギャレスがリコの手を払いのける。


「まぁでも確かに宇宙に進出して数千年、"軽金属の肌を備えた人間"がトゥーリアン以外確認されていないから珍しい事なんだろうな・・・」ギャレスが自身の左手をじっと見つめる。


「そんで、どんな環境に居りゃ銀の肌と有機的な内臓に感覚器官なんてチグハグな進化を遂げたんだ?」ソファに座り込んでいるオルカが背もたれにもたれかかり、首をひねってギャレスの居る方向へ顔を向ける。


ギャレスがライフルを弄る手をピタッと止め、イスに座ったままオルカの居る方へ向き直る。

「俺達トゥーリアンの母星"プラヴェン"は他の生命保持惑星(知性の有無を問わず生命が存在する惑星の総称)と比べて、公転してる位置や周期が独特で恒星から受ける放射線の被曝量が10倍程高いらしい、その上プラヴェンの"オゾン層"がかなり薄く、紫外線の毒性も他の惑星とは比にならないほど高いのも相まって、プラヴェンで生まれた生物の殆どが何かしらの方法で"金属"を身に纏って生活してるんだ」


ギャレスがおもむろに手にしたスマホの画面を皆に見せると、そこには"淡い緑色に発光する小さな羽虫"が写っている。


「この色と質感・・・まさか!"天然ウランか!!"」スミスが驚きの余り、ソファから飛び起きる。


「"グリーライハイ"・・・トゥーリアンの言葉で"緑に光り飛び回るモノ"って意味で、プラヴェンじゃよく見かける虫らしい」ギャレスが淡々と話しを続ける。


「大量の放射線が当たり前のようにあるからこそ、多少の核エネルギー程度問題にすらならないってことか」オルカが興味津々にグリーライハイの画像を見つめる。


「天然ウランがそこら辺を跋扈してる惑星ですか・・・確かに"ハザードスーツ"(放射線などの危険な環境で用いられる運動性が高い防護服の総称)の必要性がよく分かりますね。んぐんぐ・・・ゴクッ、ふぅ」

食事を終えたフルームが皿をキッチンへ持っていく。その姿を目で追っていたアーセルスが「そういやフルーム、お前が食ってた虫って何なんだ!?」とキッチンに向けて声をあげる。


「先ほど話題に上がっていた、"グリーライハイ"ですけど!」キッチンから食洗機が作動する水音と共に、フルームの口から出た驚愕の事実がリビングに響き渡る。


「はぁ?!」「えっ!嘘でしょ?!」アーセルスとリコが素っ頓狂な声をあげ、ギャレス、スミス、オルカは唖然としている。


「このグリーライハイですが、ゲルコニアンの間では"高級食材"なんですよー。何せこの虫はプラヴェンだけでしか取れないうえ、少量のウランを含んだ外皮を処理する危険な仕事をこなせる人が少ないのも相まって、需要に対して供給が全くといっていいほど追いついていないんですよ」


キッチンから戻ってきたフルームが恍惚とした表情を浮かべながら話しを続ける。


「ですが・・・一度食べるとこの味を忘れられるゲルコニアンは居ませんよ。あの程よい甘さと食感、そして焼いて良し、蒸して良しの汎用性が評価されていて、高級レストラン等でも重宝されてるんですよ」


「やっぱり、種族によって台所事情って変わるんだな・・・」

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