姉弟 ~silent message~

Danzig

第1話

登場人物

小野寺 和樹(かずき)

小野寺 幸美(ゆきみ)

二人の母




幸美:(M)私の名前は小野寺 幸美(おのでら ゆきみ)、東京で働くOLです。

幸美:(M)大学の卒業を機に田舎から東京へ出てきてから、早いものでもう12年くらい経ちます。

幸美:(M)そろそろ30も半ばに差し掛かる年齢になって来て、結婚も意識はするんだけど

幸美:(M)私には5つ下の困った弟がいて、それが気になってて・・・・


(コンビニで店員に文句をいう和樹)


和樹:ったく、何モタモタしてんだよ、こっちはさっきから待ってんだぞ


(他の客に向かって威嚇をする和樹)


和樹:おいコラ、何見てんだよ! 文句あんのか、あ?



幸美:(M)私の弟、小野寺 和樹(かずき)

幸美:(M)和樹は小さい頃から荒っぽくて、小さな田舎町では、割と名の知れた存在だった。

幸美:(M)高校時代に何度か暴力事件を起こし、学校は卒業はしたものの、地元では就職口は無かった

幸美:(M)まぁ、ヤクザにならなかっただけ、マシなんだけど。


和樹:うるっせぇんだよ、この「行き遅れババぁ」


幸美:(M)就職先の無かった和樹は、私を頼って東京に出てきた。

幸美:(M)暫くは私の部屋に居たんだけど、和樹の就職先が見つかってからは別々に暮らしている


和樹:姉(ねぇ)ちゃんとなんか、一緒に暮らせるかよ

和樹:ぐちぐち小言ばっか言いやがって、一人で暮らした方がよっぽど気楽でいいぜ


幸美:まぁ、それでちゃんと生活出来てればいいんだけどね・・・


和樹:うるせぇ!


幸美:(M)そんな和樹の事を心配しながらも、何だかんだ平和に暮らしていた、ある日の事だった。

幸美:(M)夜も9時をまわった頃だろか、仕事で遅くなったその帰りに、一本の電話が掛かって来た。

幸美:(M)電話の主は、田舎の叔父さんからだった。



和樹:(M)叔父さんの名前は、元木雄一(もとき ゆういち)

和樹:(M)田舎の実家の近所に住む、母ちゃんの弟さんだ

和樹:(M)俺達がまだ子どもの頃、親父が、まるで家から出ていくように母ちゃんと離婚した。

和樹:(M)女手一つ(おんなでひとつ)で俺達を育てる母ちゃんを、ずっと支えてくれていて、俺達にも良くしてくれた人だ



幸美:(M)その雄一叔父さんの電話で、私は言葉を失った

幸美:(M)そして、私は震える手で、叔父さんから聞いた事実を和樹に電話で伝える


和樹:どうしたんだよ姉ちゃん、こんな時間に


幸美:さっき、雄一叔父(ゆういち おじ)さんから電話があってね

幸美:お母さんが、仕事の帰りに心臓発作で倒れて、病院に運ばれたって・・・


和樹:なんだって? 母ちゃんが


幸美:そうなの・・・


和樹:で、母ちゃんはどうなったんだよ


幸美:それが・・・


和樹:何だよ、早く言えよ


幸美:ダメだったって・・・・


和樹:え?


幸美:病院でいろいろ手を尽くしてくれたみたいなんだけど

幸美:結局ダメだったって

幸美:お母さん死んじゃったのよ


和樹:そんな・・・母ちゃんが・・・


幸美:和樹、どうしよう


和樹:どうしようって言ったって・・・と、とにかく落ち着けよ

和樹:で、叔父さんは何だって


幸美:今、病院には雄一叔父さんが行ってくれてるんだけど。

幸美:今日はもう遅いから、遺体は動かせないんだって


和樹:そうなんだ・・・


幸美:うん

幸美:だから、お通夜は明日で、明後日(あさって)お葬式にしたらどうかかって


和樹:そうか・・・・俺はそういう事、良く分からねぇから・・・

和樹:雄一叔父さんなら、任せておいても、多分大丈夫だろうけど


幸美:それでね

幸美:今からじゃ電車も途中までしかないだろうし、夜道は危ないから

幸美:葬儀屋さんの手配とかは、叔父さんがしておくから、私達は明日になってからこっちに来たらどうかって、叔父さんは言ってくれてるの。


和樹:それで、姉ちゃんは何て答えたんだよ


幸美:よく分からないから、和樹に聞いてみるって


和樹:そうか・・・


幸美:そうする?


和樹:姉ちゃんは叔父さんの言う通りに、明日行けよ


幸美:え? 和樹は?


和樹:俺は今から向こう行くよ。

和樹:朝までじっとして居られそうにねぇから


幸美:どうやって行くのよ


和樹:俺はバイクしか持ってねぇんだから、バイクに決まってんだろ


幸美:そんな・・・車とかだと4、5時間くらいかかるんじゃない?


和樹:んな事、構わねぇよ


幸美:今から家までオートバイなんて、危ないからダメよ、今夜雨が降るかもって言ってたし


和樹:チッ・・・・じゃぁ、姉ちゃんの車貸してくれよ


幸美:え? でも、私のだって軽(けい)だし・・・


和樹:バイクよりはマシだろ


幸美:それはそうだけど・・・

幸美:・・・・(少し考える)

幸美:分かった、いいわ、車貸してあげる。

幸美:でも、その代わり、私も載せて行ってよ


和樹:え? 姉ちゃんも?


幸美:そうよ


和樹:・・・・いや、それは・・


幸美:嫌なら貸さないし、オートバイもダメ。


和樹:チッ・・・・分かったよ・・・姉ちゃんも乗せてくよ、それでいいんだろ・・・ったく、面倒くせぇなぁ


幸美:(M)こうして、私と和樹は車で実家に向かう事となった


(少しの間)


幸美:(M)東京を出てから、暫くの間、私はずっと泣いていた

幸美:(M)和樹も何も言葉にせず、ただ、黙って車を運転していた


幸美:(M)高速を降りた頃だろうか、私は少し落ち着いて話が出来るようになっていた

幸美:(M)そして、時計が12時に近づいた頃


幸美:そういえば和樹、あんたご飯食べた?


和樹:いや、食ってねぇよ


幸美:このまま病院に行っても食べる物がないだろうから、食事をしていきましょうよ。


和樹:別に食わなくたって構わねぇよ


幸美:私も食べてないのよ、それにトイレにも行きたいし


和樹:分かったよ、ホント面倒臭せぇな


幸美:(M)そして、それから5分程走った私達は、街道沿いのファミレスに入った

幸美:(M)田舎町とはいえ、ファミレスにはそれなりに人は入っていた

幸美:(M)席に座りメニューを眺めていると


和樹:ここって姉ちゃんが奢ってくれるんだろ


幸美:何言ってんのよ、あんたも働いてるんだから、自分の分は自分が出しなさいよ。


和樹:姉ちゃんが誘ったんだろ、俺、金持ってねぇんだよ


幸美:何でないのよ


和樹:ねぇものは、ねぇんだよ

和樹:男はいろいろ要るもんがあるんだよ


幸美:要るもんがあるって言ったって、あんただって働いてるんでしょ、

幸美:それに、私が毎月5万円ずつお小遣いあげてるじゃない、それなのになんで足らないのよ


和樹:姉ちゃん、何も、人前でそんな事言わなくったっていいだろ


(和樹が隣客を睨み)


和樹:おいコラ、何こっち見てんだよ!

和樹:おめぇ今笑ってなかったか?


幸美:こら和樹やめなさい

幸美:(隣客に向かって)ホントすみません・・・


和樹:・・・ったくよぉ


幸美:そういう所が、出て行った父さんそっくり


和樹:うせぇよ、あんな親父と比べんなよ


幸美:もう、ここは私が出すから、好きな物食べなさい


和樹:ふん


(少しして)


幸美:決まった?


和樹:あぁ


幸美:すみません(店員を呼ぶ)


(店員が来る)


幸美:私はこのサンドイッチとコーヒー、

幸美:コーヒーは一緒に持って来てください。 和樹は?


和樹:俺はこのデミグラスハンバーグセット、飲み物はウーロン茶で、ライスは大盛な。

和樹:俺も飲み物は一緒でいいよ・・・・あぁ、それで


(店員が去ったあと)


幸美:ふふ


和樹:何だよ? 何笑ってんだよ


幸美:子どもみたいなもの頼むなぁと思って


和樹:姉ちゃんが好きな物食えっつったんじゃねぇかよ


幸美:ふふ、そうじゃないわよ

幸美:好きな物食べていいって言ったから、「どうせなら一番高いサーロインステーキセット」とかって言うかと思ってたのよ。

幸美:そしたら、ハンバーグだったもんだから


和樹:別にいいだろ、そんなこたぁよぉ


幸美:ふふ


和樹:ったく、子ども扱いしてんじゃねぇよ


(ファミレスで食事をする)


幸美:(M)ファミレスを出てから、暫くの間、車の中で私と和樹は何も話さなかった



和樹:(M)深夜の幹線道路。 流れて過ぎていく街頭の灯りを見ながら、俺は考えていた

和樹:(M)ガキの頃から喧嘩っ早くてどうしようもなかった俺は、親父が出て行って母子家庭になってから、益々周りが気に入らなくなった。


和樹:(M)高校でも気に入らない事があると直ぐに喧嘩をして、暴力事件も起こした。

和樹:(M)高校は卒業したけど、地元の連中には嫌われてたから、本当は就職先がない訳ではなかったが、俺は逃げるように東京に出て行った。

和樹:(M)そんな俺に、いろんな奴がいろんな事言ってたけど、母ちゃんだけは何も言わなかったなぁ・・・


和樹:(M)こんなに早く死んじまうなんてなぁ

和樹:(M)こんな事なら、地元の奴らにどんな目で見られようと、もっと実家に帰ってやれば良かったかなぁ


和樹:(M)ロクでもなかった俺と母ちゃんとの思い出が、幾つも幾つも浮かんでは流れていく・・・


和樹:なぁ、姉ちゃん


幸美:ん? どうしたの?


和樹:俺達・・・・結局、母ちゃんに親孝行出来なかったな


幸美:私達じゃなくて、和樹がでしょ


和樹:姉ちゃんもじゃぁねぇかよ、結婚もせず行き遅れやがって、

和樹:母ちゃんに花嫁衣裳を見せてやれなかったじゃねぇか

和樹:孫だって見たかっただろうに


幸美:何言ってんのよ

幸美:あんたが心配で結婚出来ないんじゃないの


和樹:俺のせいにするなよ


幸美:だって事実なんだから仕方ないじゃない

幸美:お母さんだって、あんたの事心配してたんだから


和樹:何だよ、母ちゃんに頼まれてたのかよ


幸美:別に頼まれた訳じゃないけど、あんた、私がお金渡さないと生活出来ないんでしょ


和樹:・・・・なんだよ、また俺のせいかよ


幸美:そういう意味で言ったんじゃないわよ


和樹:・・・・チッ


幸美:悪かったわよ


和樹:・・・・もう要らねぇよ


幸美:何がよ


和樹:金だよ、もう要らねぇ


幸美:いいわよ、そんな意地はらなくたって、姉弟(きょうだい)なんだし


和樹:姉ちゃんが結婚出来ねぇ言い訳にされたくねぇからな


幸美:ふふ、無理しなくていいわよ

幸美:私だって別にどうしても結婚したいって訳じゃないんだし

幸美:あんた、ずっとお給料変わってないんでしょ


和樹:んなこたぁねぇよ、舐めんな


幸美:あら、そう・・・


和樹:(M)それから、また俺達は黙り込んだ


幸美:(M)何も話す事が見つからないままに、時間が過ぎていく


和樹:チッ・・・・ったくよぉ


幸美:(M)夜中の道路を運転しながら、時折、和樹は独り言をつぶやいていた


(少しの間)

幸美:(M)深夜1時をだいぶ過ぎた頃、私達は病院に着いた

幸美:(M)病院では、雄一叔父(ゆういちおじ)さんが待っててくれて、お母さんの所まで案内をしてくれた。

幸美:(M)深夜の病院の中に、私達の足音だけが響いていた・・・


和樹:(M)俺達はベッドに横たわる母ちゃんと対面した

和樹:(M)姉ちゃんはその場で泣き崩れたが、俺は溢れて来る涙を堪(こら)えていた。


和樹:(M)エンゼルケアと呼ばれる化粧をされた母ちゃんは、まるで生きているかのようだ。


和樹:(M)俺はおもむろに母ちゃんの手を取った


和樹:母ちゃんって、こんなに痩(や)せてたんだな・・・


和樹:(M)母ちゃんの手なんて、ガキの頃から注意深く見ていなかったから、覚えている訳ではない。

和樹:(M)だが、年齢がまだ60代半ばだというのに、母ちゃんの手は俺が思っていた以上にやせ細っていた


幸美:(M)暫くお母さんを見ていたけど、雄一叔父さんに、葬儀の相談がしたからと言われ、私達は一旦実家に帰る事にした。

幸美:(M)私の車で、叔父さんの車の後を付いて行く和樹


和樹:あれ? 


幸美:どうしたの?


和樹:叔父さんって、俺達の実家に行くって言ってたよな?


幸美:そうよ


和樹:こっちじゃ方向が違うんじゃねぇか?


幸美:・・・こっちでいいのよ


和樹:・・・・


幸美:(M)釈然としない顔で運転を続ける和樹

幸美:(M)そして、それから少しして、私達は実家に着いた


和樹:え?、何だよここ、


幸美:ここがお母さんが暮らしてた家よ


和樹:何でだよ、俺達が暮らしてた家はどうしたんだよ


幸美:売ったのよ


和樹:売ったって・・・何でだよ


幸美:まぁ、それは中で話すわよ。 入りましょ


和樹:・・・・


(家の中に入る和樹と幸美)


和樹:何だよ、随分と狭い家だな


幸美:お母さんが、「一人で暮らすには、あの家は少し広くて寂しくなるから、狭い方がいい」ってここにしたのよ。

幸美:お母さんの収入じゃ、そんなに高い所にも住めないし


和樹:そんなバカな事あるかよ!


幸美:バカな事って何よ、お母さんパートだったのよ。

幸美:どれだけ働いたって、そんなに稼げないでしょ、私も少しお金を入れてたけど、贅沢なんて出来ないわよ


和樹:そんな・・・

和樹:じゃぁ、家を売った金はどうしたんだよ


幸美:お母さんはそのお金で、高齢者施設に入るつもりだったのよ。

幸美:でも、働けるうちは働いていたいからって、この家を借りてたの。

幸美:ここに居るうちに少しづつ要らない物を棄てて行くんだって・・・

幸美:お母さんね、終活(しゅうかつ)してたのよ

幸美:ほら、最近話題になってたでしょ、人生の終わり方を考えるっていう、あの「終活」


和樹:そんな・・・何で終活なんて・・・


幸美:(M)呆然とする和樹

幸美:(M)私は和樹が可哀想だと思ったけど、お母さんからは、和樹が心配するからあまり言わないで欲しいと言われていたのだった


和樹:(M)俺は母ちゃんの事を何も知らなかった、そして、それを姉ちゃんだけが知ってたなんて悔しくて仕方がねぇ

和樹:(M)でも、そんな時、そばにいた雄一叔父(ゆういちおじ)さんから、姉ちゃんも知らなかった思わぬ事実を聞かされた。


和樹:(M)叔父さんの話によると、母ちゃんが高齢者施設に入るなんて予定は、最初からなかったらしい

和樹:(M)家を売った金は、何かの投資に回すつもりだと言っていたようだ。

和樹:(M)叔父さんに見せられた銀行の通帳には、不動産屋から家を売った代金の850万円が振り込まれていたが、それから数日のうちに、800万円が引き降ろされている。

和樹:(M)叔父さんは、母ちゃんからこの通帳を渡されて、自分が死んだ時は、この残りの50万円を使って葬式をして欲しいと言われたという事だった。


幸美:そんな・・・どうして・・・お母さんが、どうしてそんな嘘を


幸美:(M)さらに私達は叔父さんから、お母さんは殆ど毎日、長時間のパートに入っており、生活も質素でギリギリの暮しをしていたと教えられた


和樹:何で母ちゃんがそんな生活をしなきゃいけねぇんだよ


幸美:和樹・・・


和樹:姉ちゃんも家に金入れてたんだろ


幸美:入れてたって言ったって、そんなに多くは・・・・


和樹:俺だって入れてたんだよ、年金と合わせりゃそんなに苦労しなくて住むはずだんだよ


幸美:和樹、あんた家に幾ら入れてたのよ


和樹:毎月15万


幸美:え! 15万?



【回想シーン】


(電話での会話)

和樹:もしもし、母ちゃん、

和樹:元気にやってるか?


母:あぁ、元気にやってるよ、和樹の方は元気かい


和樹:はは、俺の事は心配しなくても大丈夫だよ、それより母ちゃん、金は足りてるか?


母:あぁ、お前が毎月15万も振り込んでくれてるから、年金と合わせて十分足りてるよ。

母:お前のお陰で、十分楽させてもらってるよ、ありがとうね。


和樹:それならいいけど、身体の方はどうだ? どこか悪いとこはねぇか?


母:ははは、悪い所はどっこもないよ

母:少しは働かないとボケちゃうからね、運動がてら、手伝い程度のパートもさせて貰ってるし

母:まだ当分死にそうにないね


和樹:そっか、わかった、じゃぁまた電話するから、元気でやれよ


母:いつも電話をくれてありがとうね、

母:和樹も元気でやるんだよ


【回想シーン終わり】



和樹:だから・・・だから、母ちゃんが苦労する必要なんてなかったんだよ


幸美:和樹・・・


和樹:姉ちゃん、母ちゃんが家売るって知ってたんなら、何で俺に言わなかったんだよ


幸美:あんたに言ってどうなるのよ、

幸美:決めたのはお母さんなのよ


和樹:止めたに決まってんだろ


幸美:でも、お母さんがそれを望んでたんでしょ


和樹:そんなもん、騙(だま)されてたに決まってるだろ。

和樹:70にもなってねぇのに、何が施設だよ、何が終活(しゅうかつ)だよ。

和樹:終活だとか、流行りだとか、何とかかんとか唆(そそのか)されて、家まで売り払わされて

和樹:その金、全部騙しとられて・・・


幸美:でも、まだ騙されたって決まった訳じゃないし・・・


和樹:じゃぁ、その800万円は何処にあるんだよ


幸美:それはまだ・・・ほら、家計で使っている口座に入っているかもしれないし・・・


和樹:ったく、母ちゃんも姉ちゃんも人の事を疑わなさすぎなんだよ

和樹:人なんて、そんないいヤツばっかりじゃねぇんだって・・・


和樹:俺達が毎月振り込んでた金だって、だまし取られてたかもしれねぇんだぞ


幸美:それは・・・


和樹:ったくよぉ・・・


幸美:(M)そして、私達はもやもやとした失意のまま、朝を迎える事となった

幸美:(M)朝になってからは、通夜の準備に忙しく、あれよあれよという間に時間だけが過ぎて行く


幸美:(M)通夜の準備をしている間に、雄一叔父さんが、お母さんの使っていた家計用の銀行口座を調べて来てくれた。

幸美:(M)家計用に使っている銀行口座の通帳は見あたらず、お母さんは、キャッシュカードだけを使ったいたようだったが、その口座には、20万円程度のお金しか入っていなかったらしい


和樹:ほら見ろ、やっぱり騙させてたんじゃねぇか


幸美:・・・・


幸美:(M)私には言葉がなかった

幸美:(M)私はお母さんがどんな風にお金を使ってもいいと思ってたけど、やっぱり何に使ってたかは教えて欲しかったなぁ・・・幸美:(M)私は少し寂しい気持ちにもなった


和樹:(M)その日の通夜も、次の日の葬儀も、滞(とどこお)りなく進んで行き、まるで予め準備されていた紙芝居のように、俺の中であっという間に過ぎて行った

和樹:(M)弔問客(ちょうもんきゃく)の数は少なかったが、みんな母ちゃんの事を惜(お)しんで涙を流してくれていた。

和樹:(M)俺が死んでも、あんな風に涙を流してくれる人なんていないんだろうなぁ・・・・

和樹:(M)そんな事を考えながら式は進んで行った


(少しの間)


和樹:(M)葬儀(そうぎ)が済み、母ちゃんの遺体は火葬場に運ばれた。

和樹:火葬場(かそうば)の空き地で俺は、タバコを吸いながら、煙突から登る煙をぼんやりと眺めていた


幸美:どうしたのボーっとして


和樹:あぁ、姉ちゃんか


幸美:お母さんの事?


和樹:まぁ、そりゃぁな

和樹:あぁーあ、それにしても、800万円あれば少しは楽できただろうに


幸美:そうね・・・

幸美:でも驚(おどろ)いたわ、和樹が毎月15万円もお母さんに振り込んでたなんて

幸美:それで、いつもお金が足らなかったのね


和樹:うるっせぇよ、もうそんな事どうでもいいんだよ


幸美:それにしても、お母さん、何に使ってたんだろうね、お金。


和樹:あぁ、そうだな、結局それで寿命(じゅみょう)を縮めちまったようなもんだからなぁ


幸美:そうよね、でも本当に騙されてたのかしら


和樹:もうそんな事はどうでもいいよ、母ちゃんが好きで使ったんなら、もうそれでいい


幸美:そうね



(少しの間)

幸美:(M)それから、火葬場での作業も何事もなく終わり、私と和樹はお母さんの遺骨(いこつ)を持って家に帰った

幸美:(M)家に帰って、遺骨を置く場所を作ろうと片づけをしていると、引き出しの中から、私と和樹名義の貯金通帳が出てきた。


幸美:貯金通帳?


和樹:何で俺達の貯金通帳があるんだよ


幸美:知らないわよ、そんな事



和樹:(M)母ちゃんが作ったであろう、俺と姉ちゃんの貯金通帳には、それぞれ1万円づつの入金が記録されていた。


和樹:1万円か・・・


幸美:まぁそんなに生活に余裕はなかったみたいだし、1万円も入れてくれただけでも嬉しいわよ


和樹:そうだな


(通帳を見つめる幸美)


幸美:あれ?


和樹:どうしたんだよ姉ちゃん


幸美:この日付、8年前よ


和樹:ほんとだな・・・通帳を作った時からそのままって事か・・・


幸美:じゃぁ、一度、通帳記入してみようか


和樹:あぁ、そうだな


幸美:(M)本当に軽い気持ちだった・・・私達は近所のATMへ行き通帳記入をする事にした

幸美:(M)通帳をATMに入れた途端、未記入の取引が印字され始めた

幸美:(M)それはいつまでも続き、取引は通帳一杯に記入された


和樹:これって・・・・


幸美:うん、多分そうだよ・・・


和樹:(M)通帳に記入された取引は、俺達が母ちゃんに振り込んだ額がそのまま入金されたものだった。

和樹:(M)日付を見ると、毎月、毎月、振り込んだ翌日には入金されていたようだった。


幸美:和樹、あんたのこれ・・・


和樹:あぁ・・・


和樹:(M)俺の通帳に記載された取引の中に800万円という文字があった


幸美:家を売った800万円は和樹の口座に入れていたのね。


和樹:でも何で・・・・


和樹:(M)俺は母ちゃんとどんな話をしたのか、記憶の中から見つけ出そうとした

和樹:(M)そして、一つの心当たりを見つけた


和樹:あ、そういえばあの時



【回想シーン】


母:和樹、あんた最近仕事の方はどうなの


和樹:ああ、順調だよ。

和樹:仕事もかなり覚えたし、現場ではいろんな事を任されるようになったしな


母:へー、大したもんだね。


和樹:まぁ、大した事はねぇよ


母:それじゃ、今の仕事はこれからも続けられそうなのかい


和樹:あぁ、俺はこの仕事を続けて、将来は独立して会社でも作ろうと思ってるんだ


母:そうかい、そりゃ楽しみだね

母:私もそれまでは生きてないとね


和樹:何言ってんだよ、そんな事はまだまだ先の話だし、母ちゃんだって、そう簡単には死なねぇだろ


母:ふふふ、そうだね。 

母:あぁ、でも、安心したよ


【回想シーン終わり】



和樹:あの時・・・


幸美:お母さん、和樹が会社を作る時の資金と思って家を売ったか

幸美:投資って言ってたみたいだけど、そういう事だったのね


和樹:なんだよ、また俺のせいじゃねぇかよ・・・・


幸美:これは和樹のせいじゃないでしょ


和樹:いや、俺のせいだよ・・・はぁ・・・なんだよったく


幸美:和樹・・・



(少しの間)

幸美:(M)そして私達は東京に帰った


幸美:(M)東京に帰ってから、少しして和樹から電話があった


幸美:もしもし


和樹:もしもし姉ちゃん、俺、田舎に帰ろうと思ってさ


幸美:え? 田舎に帰るってどういう事? 急にどうしたの?


和樹:不動産屋に聞いてみたら、あの家、まだ売れてねぇんだってさ、

和樹:だから、買い戻そうと思ってよ


幸美:買い戻すって・・・


和樹:買い戻しても住む人間がいねぇとダメだろ、だから、俺が住もうと思ったんだよ

和樹:向こうで、母ちゃんの墓の御守(おもり)でもして過ごすよ


幸美:でも、あんた仕事はどうするのよ。


和樹:雄一叔父さんが、地元の会社を紹介してくれるっつうから、そこで働くよ


幸美:でも・・・折角お母さんが和樹の為に作ったお金なのに、それでまた家を買うなんて・・・


和樹:それは俺も悩んだけどさ、やっぱ俺、あの家残してぇんだよ


幸美:それにあんた、地元の人に嫌われてるから行きたくないって言ってたじゃない、そこに住んで大丈夫なの?


和樹:それくらいは我慢するさ

和樹:母ちゃんがずっと生きて来た街なんだ、それを考えれば他の奴らの事なんて、どうって事ねぇよ。


幸美:そっか・・・・

幸美:分かったわ、じゃぁ頑張りなさい


和樹:いつまでも子ども扱いすんじゃねえよ

和樹:姉ちゃんに言われなくても、頑張るから心配すんな


幸美:はいはい


和樹:それより、姉ちゃんこそ、もう俺を理由に結婚できないなんて言うんじゃねぇぞ


幸美:分かったわよ


和樹:じゃあな


幸美:(M)こうして和樹は田舎に帰って実家を継ぐ事になった。

幸美:(M)電話で話す和樹はどことなく頼もしく、私が知っているようで知らなかった和樹がそこにいた気がした。


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