第12話 閑話 とある世界樹の物語・1
自我の芽生えがいつだったかは覚えていない。
ただ、気がついた頃にはかなりの大きさに成長していた。
もちろん人型ではなく、木としてだ。
周りには木々が生い茂り、花が咲き乱れ、湖で白鳥たちが戯れている。もしも楽園というものがあるとしたら、きっとこの場のことを言うのだろう。
そんな場所に生えているにもかかわらず、私の人生――いや、木生か? それは、お世辞にもいいものとは言えなかった。
枝の上には鳥が住み着いていてうるさいし。根っこの隙間には動物が住み着いていて騒がしいし。しかも一匹はガジガジと根っこに噛みついているし。
何で噛むんだよ? 住まわしてやっている恩を忘れたか?
どうやら噛みついているのは普通の動物ではなく、魔物と呼ばれる存在らしい。
決めた。
魔物は一匹残らず滅ぼしてやる。
だから神さま動ける身体をくださいな。
結構本気で祈ったのに、百年くらい祈ったのに、神さまは願いを聞き届けてくれなかった。いつか殴る。
様々な不満を抱きながらも(動けないので)私が艱難辛苦に耐えていると。神さまを名乗るヒゲ面のクソジジイが私の枝を折りやがった。
一番いい枝を。
あの真っ直ぐで美しかった枝を!
しかも痛い。
無理矢理折られたから超痛い。
寿命が縮んだ。絶対縮んだ。千年くらい縮んだ。
決めた。
神さまも一匹残らず滅ぼしてやる。私は今から木ではなくて復讐者だ。あらゆる怨敵仇敵を滅する報復者だ。
しかしその前に動けるようにならなければ。
神さまにも頼れないのだから自力で頑張るしかない。動けー。私の身体よ、動くのだー。
千年くらいやっていると、何とか枝くらいは自分で動かせるようになった。
やはり私は天才だったか。
ただしここで問題発覚。地中深く根を張りすぎて根っこが動かせないのだ。なんてこった。
いやしかし、もう千年くらい頑張れば根っこも引き抜ける。引き抜けるといいなぁ。引き抜けると信じている。
そうこうしているうちに、根っこの隙間に新しい生物が住み始めた。
人間、というらしい。
根っこを噛まないなら歓迎。好きなだけ過ごせばいいさ。
……痛っ!? 葉っぱ
蘇生効果? 体力回復? 普通の木の葉っぱにそんなものがあるわけないじゃん。いかにも苦そうだから『気つけ薬』にはなるかもだけど。
そんなテキトーな医療知識で私の美しい葉っぱを毟るとは……。
決めた。
人間も一匹残さず滅ぼしてやる。
そんな人間共だけど、私のことを『世界樹』と呼び始めた。
中々にいい名前だ。壮大な感じが私にぴったり合っている。
よし、滅ぼすのは中止してやろう。
そして。
世界樹という名前が付けられたおかげか、他にも『世界樹』がある世界に接続できるようになった。
理屈? 知らん。
ただし接続できるとはいえ移動はできないので、他の世界の知識を得られるというだけだったけど。
何はともあれ、暇つぶしには最適だ。
特に『地球』という世界は素晴らしい。サブカルチャー万歳。メイドさんとか超可愛い。
いつか地球に行きたいな~という想いを胸に私は動けるように頑張った。根っこも半分くらい抜けてきたような気がする。なんかもうグラグラだ。
そんなとき、根元の人間や動物たちが騒ぎ始めた。聞き耳を立てていると『邪神』が現れたらしい。
動物も、魔物も、人間たちも逃げ出した。誰か一人くらい私を守るために戦ってくれていいのにー。薄情者めー。いつか滅ぼす。
近づいてきた邪神は、この世界に類似の生物はなし。強いて言えば、地球にいるというオオアリクイに似ていた。
邪神は私のところまでやって来て、乱暴にも幹で爪を研ぎ始めた。猫か貴様! 爪が長いから痛いんだよ!
それまでは、まぁいい。よくないけどまぁいい。今までも散々な目に遭ってきた私だ。その心は海よりも広く空よりも高いのさ。
でも! でも! 臭さは何とかして欲しいな!
体臭はもちろんだけど息が! 口臭がヤバいんだよ! 鼻がない世界樹が窒息しかけるってどんだけ臭いの!? 歯を磨け! そして歯間ブラシしろ!
ぎゃー。もう無理ー。
少しでもオオアリクイから離れようとジタバタした私は地面にぶっ倒れた。根っこが抜けかけていたせいか意外と簡単に。
あ、やばい。起き上がれない。
根っこのほとんどが抜けちゃったから水も栄養も吸い取れない。光合成だけで何とかなるほど世界は甘くないのだ。
何とか動けるようになればいいんだけど、それより先に枯れるなこれは。
邪神オオアリクイはそんな私を気にすることなくどこかへと歩いて行ってしまった。
おのれ邪神め。一匹残らず滅ぼして――いや、いいや。もうあの口臭には近づきたくない。二度と来るな。やんきーごーほーむ。
あーしかしどうしたものかな。
思ったより早く水分が抜けているし、周りの地面も凄い勢いで乾いていく。このままじゃカピカピになるどころか化石になるんじゃなかろうか? 世界樹の化石とか絶対に希少価値があるよね。
仕方ない。最終手段!
私は最後の力を振り絞って100個ほどの種を作った。そう! 生物としての本能! 自分がダメなら頼んだ子孫! 具体的には魔物と神さまその他諸々の滅亡をよろしく!
そうして私の意識は遠のいていき――
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