第11話 お絵かきとメイドさん
ここで暮らし始めて一週間が経った。
変わったことといえばこの居館周辺の土地が新たに『世界樹の加護』を受けたことと、俺に『世界樹の保護者』という称号が与えられたことか。
世界樹の加護とは地脈を走る魔力からD.P.を自動で変換してくれるものであり、現状は毎日10D.P.貰えている。
加護の範囲は居館周辺だけなので、どうにかして領地(?)を増やせれば貰えるD.P.も増えるのだろう。あるいはリュアが成長すれば増えるのかもしれない。
そして、世界樹の保護者。
なにやらリュアに毎日御神酒を与えていることが評価されたらしく、報酬としてまた1億D.P.を獲得できた。
現在、2億D.P.とちょっと。
『世界樹の加護』のおかげでD.P.は毎日獲得できるのだし、もう働かなくていいんじゃないかな? という悪魔のささやきがあったのだが、さすがに毎日10D.P.では少なすぎるし、日々の食料品を交換していればいずれD.P.も尽きるだろう。
なるべく早く畑を作って自給自足できるようにしないとな。
最近はやっと身体の『ズレ』もマシになってきたので、そろそろ畑作りに着手してもいいかもしれない。
まぁ、畑仕事は俺一人でやることになりそうだがな。エリザは貴族だし、リュアは世界樹。畑仕事の経験なんてないだろう。そうでなくても裏切りを受けたばかりの少女や生まれたての木を働かせることはしたくない。
そんなエリザとリュアは種族を超えた友情を築いているようで、よく二人でいるところを目撃する。
今日も二人、庭に出したテーブルセットに腰を落ち着け(高さ1mほどの木がイスに座っている光景は違和感が凄い)なにやら議論をしているみたいだ。
「ですから、ラークの事例を見れば確かなように、魔力は魂に宿るのですわ」
『エリザの遺体にラークが転生したあと、エリザの肉体が金髪から銀髪に変化したのは非常に興味深い。だが、創造神による転生や魔王の召喚など、他にも異常と言える事態が重なっているのだから、すぐに結びつけるのは早計だと思う』
「しかし実際に魔力総量は激増しているのですから……」
おっと小難しい話をしているな。ああいう理屈っぽい話は超苦手な俺である。というかリュアって意外と饒舌なんだな。……黒板を使っているから喋ってはいないんだが。
理屈っぽい話だし、なにやら俺が話題になっているようなので避難しよう。巻き込まれたらたまらない。
……はい、見つかりました。手招きされたので俺もイスに腰を下ろす。
エリザは生まれつき学者肌だったようで、こういう研究とか知識の探求は大好きらしい。
リュアは生まれたばかりのはずなのだが、エリザとの議論を聞くにかなりの知識量があるようだ。
ちなみに最近は新しい魔法を開発したらしく、チョークを使うことなく黒板に文字が表示されるようになった。イメージ的には電光掲示板か?
文字を書いている間の待ち時間がなくなり、会話の繋がりがよくなったことも議論に拍車をかけているのだろう。
「ラークの前世は男性だったそうですが、銀髪でしたの?」
「いいや、黒髪だな。そもそも銀髪の人間がすごい魔法使いという法則もなかったし」
それ以前の問題として魔法使いがいなかった。という発言はややこしくなるので割愛。
「興味深いですわね」
『そうだね。銀髪持ちが優れた魔法使いという法則がこの世界だけのものだとしたら、銀髪は世界の仕組みそのものに深く関わっているのではないだろうか?』
「大陸の東、ヴィートリアン王国の建国神話には金髪金眼の建国神と、銀髪赤目の従者が登場したはずですわ」
『銀髪赤目はこの世界最初の『勇者』になり魔王を討伐したという。今代の魔王が銀髪赤目なのは歴史の皮肉というものかな』
「もしも勇者が通説通り世界が生み出した防衛機能そのものだとしたら――」
『そもそも君たちが見た創造神も金髪金眼だったのだろう? となるとヴィートリアン王国の建国神も創造神かその一族である可能性が――』
はい、置いてけぼりです。人を呼んでおいて議論に熱中するとかとんだ放置プレイもあったものである。
かといって口を挟めば理解しがたい議論に巻き込まれる可能性がある。暇をもてあました俺はふとテーブルに視線を落とした。
俺が交換したA4コピー用紙500枚組(ノートより安かったから選んだ)は順調に消費されているらしく、テーブル上には難しい文字や記号が書かれた紙が数枚置かれていた。
(う~む)
あまりに暇だったので、ペンを取り、未使用のコピー用紙に落書きをしていく俺。何を隠そう前世の俺は絵が描ける人だったのだ。
身体の『ズレ』のせいで最初はうまく描けなかったが、数枚消費したあとは中々順調にペンを走らせることができた。
「何を描いていますの?」
エリザがのぞき込んできたのは、ちょうど描き終わったメイドさんの絵だ。
「メイドは漢の浪漫。ミニスカートは認めない」
何か言われる前に先手を打った俺である。外見は美少女でも中身は男の子だからな。
「……へぇ~」
絶対零度の視線で俺を見つめるエリザ。だが俺は負けない。なぜならメイドは漢の浪漫だから。
「ラークはこういうのが好きですの?」
「メイドが嫌いな男の子なんていませぬ」
「……貴族の中にもメイドに手を出して孕ませる人が多いと聞きますが……どこがいいのかしら?」
そんな性欲の塊と一緒にしないでいただきたい。あと美少女が『孕ませる』とか口にしないで。妊娠出産は貴族の義務みたいなものかもしれないけどさ。
メイドが描かれたコピー用紙をエリザが手に取り、じぃーっと見つめていると、いつの間にかエリザの隣にまで移動していたリュアが枝を伸ばしてきた。
「欲しいですの?」
リュアが頷いたのでエリザがコピー用紙を手渡した。
受け取ったリュアはどこか嬉しそうな様子でメイドの絵を眺めている。いや目があるのかどうかすら不明だが。
俺がそんなリュアを眺めていると、エリザがものすごい勢いでこちらを振り向いた。何か嫌な予感。
「はっ! わたくしにもメイド服を着せようと企んでいましたのね! このヘンタイ!」
「冤罪でヘンタイ扱いされるとか……。いやエリザがメイド服を着たら似合うだろうがな。メイドとコスプレは大きく違うとここに断言しておこう。服を着ればいいってものじゃない。メイドとは内面から――」
俺がメイドのすばらしさを解説しようとしていると、なにやらエリザが目を見開いていた。視線の先は……俺の背後?
振り返ると、――メイドさんがいた。
ロングスカート。ホワイトフリル。何とも完璧なクラシカルタイプのメイドさんだ。よく見なくても俺が描いたメイド服と同一だと分かる。
そんなメイド服を着込んだ『彼女』は、二十代前半くらいだろうか? どこか眠そうな目をしているが、それを差し引いても絶世を付けたくなる美人さんだ。
髪色は緑。なのだが、単純に緑色と表現するのは憚られる。木漏れ日に光る木の葉というか、朝露に濡れる新芽というか……。生命力と儚さが融合したような。そんな不思議な髪色をしている。
会ったことはない。
見たこともない。
けれど、俺はなぜだか確信を抱くことができた。
「……リュア?」
世界樹の幼木。
全長1mほどの木。
俺が名前を付けた、性別的には女性であるという存在。
俺が名前を呼ぶと、メイドさんは机の上に置いてあった黒板を手に取った。リュアと同じ魔法で、チョークを使うことなく文字が記される。
『さすがご主人様。一発で気づいていただけるとは……。やはり私とあなたとの間には、姿形には囚われない絆があるのですね』
リュアが黒板から手を離すと、黒板はふよふよと彼女の周囲を漂うように浮かび始めた。また新しい魔法を開発したらしい。
黒板を手放したリュアは物語に出てくるメイドさんのようにスカートの端を軽く持ち上げ、深々と一礼した。
黒板に文字が躍る。
『ご主人様の与えてくださった御神酒のおかげで、やっと人型になれるほど成長することができました』
一週間程度でそこまで成長するのか。世界樹が凄いのか御神酒が凄いのか……。
『命を救われた上にここまで育てていただいたのです。これからはメイドとして公私にわたりご主人様をお支えさせていただきたく存じます』
ご主人様って何?
何でメイド?
公私って、俺は無職だから『公』はないよ?
色々と突っ込みたいことはあったのだが、できなかった。俺が何か言う前にエリザが絶叫したからだ。
「人外恩返しメイドとか濃すぎですわ! わたくしの個性が押しつぶされてしまいます!」
何の心配をしているんだこの公爵令嬢は?
大丈夫、お前はポンコツ悪役令嬢の希望の星だから。お笑い系怨霊という新ジャンルを突き進んでいるから。お前の個性はそう簡単に潰されないって。
「今ひじょーに不名誉な――」
「気のせいだ」
「せめて最後まで言わせてくださいまし!?」
いつも通りの俺たちのやり取りを見て。美少女となったリュアはくすくすと楽しそうに笑っていた。
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