第8話 酒盛り


 ゴブリン討伐後、『智慧の一端ソピア』を確認するとD.P.が50ポイント振り込まれていた。魔物討伐の報酬らしい。高いのか安いのかは相変わらずよく分からん。


 D.P.の稼ぎ方の説明とかないかなぁと俺が『智慧の一端ソピア』をいじっていると、暇をもてあましたエリザが居館の中に備え付けられていたテーブルと椅子を庭に引っ張り出してきた。


「夜風が気持ちいいですからお月見といきましょう」


 なんとも貴族らしい風流さだった。


 月見と言えば酒だろう。エリザも(十代後半にしか見えないが)国元では成人だったらしいし、夜会では酒も嗜んでいたそうなので問題はなし。


 酒もD.P.で交換できるのだが、嗜好品なせいか少々高い。初日なのだから贅沢をしてもいいと思うが、定期的に飲むのはきついだろう。


 俺が何か安い酒はないかなぁと探していると、画面右上に検索バー(?)を発見。酒と入力して、検索結果を安い順に並べ替えると……あった。なぜか『築城』の項目に。


 御神酒が一升瓶で50D.P.か。築城なら……地鎮祭用? よく分からんが、ワイン一瓶が500D.P.なので破格の安さだ。


 こんなにも安いのは『神様にお酒を捧げよ!』というポンコツの意志を感じるが、気のせいだと信じたい。


 注意書きに『大地を清めるために使ってください』とある。わざわざ特記してあるのだからちゃんとそのために使用するべきなのだろう。


 しかし、使う量は定められていない。

 地面を清めて、余った分は飲んでいいはずだ。


 俺はD.P.を消費して御神酒とコップを取りだし、開封。コップ一杯分を地面にまいた。


「な、何をしていますの!? せっかくのお酒を!?」


 目を見開いたエリザが絶叫した(ちなみにゴブリンを見たときよりデカい声だった)ので、俺はテキトーな言い訳をする。


「俺のいた世界では、酒宴の一杯目は大地の神様に捧げるものなのさ」


「な、なるほど。もったいない――いえ、素敵な風習ですわね。もったいない」


 もはや誤魔化しすらできない公爵令嬢である。


 コップをもう一つ取りだし、お互いに酒を注ぎ合う。


「じゃあ、乾杯」


「乾杯ですわ」


 まずはエリザが一口。御神酒なのだから日本酒だ。アルコール度数が高いので好き嫌いは分かれるが、エリザはどうだろう?


 へにゃり、と。エリザの顔がとろけた。


「おいしいですわね。穀物のような香りが鼻の奥から抜けていきますわ……」


「米で造ったお酒だ」


「コメ……。確か大陸の東の果てにある島国『竜列国』の主食だったかしら? わたくしの生まれた国からは船で一ヶ月はかかるはず」


 この世界にも日本らしき国はあるらしい。


「船で一ヶ月もかかる国のことをよく知っているな」


「一応国交がありましたもの。未来の王妃として、当然勉強していましたわ。……まぁ、裏切りによってその努力も無に帰しましたけれど」


「……すまん。嫌なことを思い出させた」


「いいんですのよ。そのおかげで素敵な出会いに恵まれましたもの」


 エリザは悪霊とは思えないほど穏やかな顔で微笑んだ。


 彼女にはあまり優しくできていないのだが。それでも、俺との出会いを喜んでいてくれたらしい。


 少し、嬉しいな。


 ……と、いい雰囲気だったのはここまで。

 どうやら彼女に『シリアス』というものは無理らしい。


「うぇっへっへーい! もっと酒もってこいですわー!」


 酔っていた。

 完全に酔っ払っていた。

 度数の高い日本酒を水のように飲んでいればさもありなん。リバースしていないことを創造神に感謝するべきか。


 ワインにしなくてよかった。このペースで飲まれたらすぐにD.P.が枯渇しただろう。


「ありがとうございますわー! アホ王太子ー! あなたに捨てられたおかげで、わたくしはこんなに美味しいお酒を飲めていますものー!」


 月に向かって叫ぶ公爵令嬢だった。


 彼女も色々ため込んでいるのだろう。普段の言動がアレなので忘れてしまいそうだが。二十歳にもなっていない少女が婚約者や家族、友人たちから裏切られたという事実は悲劇でしかない。


 普段の言動がアレなので忘れてしまいそうだが。

 普段の言動がアレなので忘れてしまいそうだが。


「……ま、飲め飲め。国王陛下でも飲めない酒だ」


「ひゃっほー! ですわー!」


 その後。

 飲み過ぎた彼女は当然のごとくリバースすることになるのだが。まぁ今日くらいはいいだろう。









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