第9話 なんか芽が出た
翌日。
「う~ん、う~ん、ですわぁ……」
エリザは二日酔いでダウンしていた。
幽霊でも二日酔いになるのか、というのは今さらか。
俺は回復魔法も使えるのですぐに治してやってもいいのだが、酒の失敗は身体で覚えるべきだろう。飲み過ぎダメ、絶対。
「水を飲んで寝ているように。これからは節度を持って飲酒すること」
「分かりましたわぁ……」
力なく片手を上げるエリザ。
もう少ししたら回復魔法をかけてあげてもいいかもしれない。
エリザの部屋(ということにした和室)から出た俺はひとまず玄関に向かった。
「昨日の宴会の片付けをして、あとは……鍛錬だな」
創造神のおかげでこの身体の体力と筋力は十分。どういう理屈かは分からないが貴族子女らしい細腕なのに前世と同等の力を発揮できている。
だが、感覚の違いはいかんともしがたい。腕や足の短さによる間合いの変化や、踏み込み距離の短縮。そしてなにより『巨乳』による上半身への重心集中がやっかいだ。
しばらく基本的な型稽古を繰り返して、自分の感覚をこの身体にすり合わせていくべきだろう。数十年鍛えた結果としての感覚だから時間はかかるだろうが。
そんなことを考えながら俺が昨日の宴会現場に足を向けると――
「あん?」
――地面から、芽が出ていた。
普通の大地なら珍しいことではない。
しかし、ここは『
港にできそうな海岸があり、広大な平地があり、東と南には大きな国がある。そんな、交易の拠点としていかにも発展できそうな土地なのに誰一人住んでいないのは『神に見放された土地(アゥフ・ギーブン)』ゆえにこそ。
地面は固すぎて開墾できず、雨も降らない。川も池もなく、さらに魔物が無尽蔵に沸いてくるというのだから人がいないのにも納得できるというものだ。
そんな地面から、芽が出ている。
首をかしげた俺は気がついた。放置された椅子とテーブルの位置からして……昨日、俺が『地鎮祭』のために御神酒をまいた場所じゃないか?
「ふ~む」
酒で植物が育つというのは初耳だ。普通に考えれば枯れそうなもの。
しかしここは異世界。酒で育つ植物がいても不思議ではない。
と、いうわけで俺は昨日余った御神酒を芽にくれてみることにした。
もしかしたら枯れるかもしれないが、しょせんは名も知らぬ芽だからな。気にする必要はないだろう。雑草かもしれないし。
どぼどぼと酒をかけてみると、明らかに先ほどより成長していた。さすが異世界。植物の成長速度も俺の常識とは違うようだ。
ちょっと楽しくなってきた俺はD.P.で御神酒を交換し、一升瓶一本分をまいてみた。
結果。芽だったものは高さ1mほどの常緑樹っぽいものへと成長し――、地面から自分で抜け出し、根っこの部分で歩き始めた。
魔物、だろうか?
殺気は感じないが……。
じーっと俺が観察していると、木(?)は慌てた様子で二本の枝を腕のように動かし始めた。なにやらジェスチャーをしているような気もするが、喋ってくれないと俺の
「お、そうだ」
ちょっと思いついた俺は交換所で黒板とチョークを入手。木に渡してみた。
木は器用に枝でチョークを掴み、黒板に文字を書いて俺に見せてきた。
『はじめまして。命を救っていただきありがとうございます』
どうやら俺がまいた御神酒のおかげで、種のまま朽ちていくはずだった木の命が繋がったらしい。
『このご恩、私の生涯をかけてでも返させていただきます』
「……あー、そんなに気にしなくてもいいぞ? 助けたのは偶然だしな。気楽にいこう、気楽にな」
枯れてもいいや、程度の気持ちでやった行いだ。生涯をかけられても困ってしまう。
俺はそう言ったのだが木は頑張りますとばかりにシャドーボクシング(?)をやっていた。
「う~む……」
悪い木ではなさそうだ。
ただの植物ならとにかく、意思疎通ができる存在を荒野に放り出すのも可哀想。
「……どこかいい感じのところがあったら根を張っていいぞ?」
俺がそう言うと木は嬉しそうに枝をわさわさ揺らしていた。ちょっと可愛いかもしれない。
名前がないと呼びにくいから、まずは名前を考えることにしよう。
◇
午後。
二日酔いのエリザに回復魔法をかけて、代わりとばかりに木のことを聞いてみた。
「そうですわねぇ。ドリュアスか、トレント? アルラウネの幼体の可能性もありますが、まだ小さいから分かりませんわね。そもそもわたくしは魔物の専門家ではありませんし」
いや、三つも名前が出てくるのだから十分詳しいと思うのだが。
三つの種族名を基本にいくつか名前の候補を考え、木に意見を聞いたところ『リュア』という名前が気に入ったようだ。
ドリュアス(仮)のリュア。それが彼女の名前となった。
ちなみに、自己申告によると性別は女性らしい。
とある創造神。
「あれも契約だよね? 契約に入っちゃうよね? まったくあの女たらしは……」
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