第3話 いつかの約束


「ですから、復讐に協力してくださいまし!」


「やだよ、物騒な。だいたい怨霊なんだから自分で呪い殺せばいいじゃないか」


「そんなことをして神官に除霊されたらどうしますの!?」


「……人を呪い殺そうってんだからそのくらいの覚悟はしようぜ?」


 近くの岩山に登りながら俺とエリザはそんなやり取りをしていた。

 人が生きていくには水と食料が必要。それらが入手できる水場や森が近くにないものかと確認するための登山だ。岩山の高さは50メートルほどだが、障害物がないので遠くまで見渡すことができるだろう。


 そんな俺の登山にエリザもついてきているのだが、彼女は地面から浮いているので登山も楽そうだ。こっちは所々ロッククライミングしているというのに……。彼女への対応が少しぞんざいになってしまうのも仕方がないと思う。


 ちなみに。

 これまでのエリザの説明(という名のグチ)を総合すると、『婚約者である王太子を男爵家令嬢に寝取られた! 家族にも友達にも裏切られた! 悔しい! 呪ってやる!』となる。


 まるで前世の師匠が好きだった悪役令嬢のような人生。話を聞いていて「どこの悪役令嬢だよ」と内心突っ込んでしまったのは秘密だ。

 いや俺はそこまで詳しくはないんだけどな。師匠がよく語っていたので基本的なテンプレくらいは記憶してしまったのだ。


「……ふぅ」


 登山開始から体感で30分ほど。

 前世の身体能力をほぼそのまま得られたおかげか、(貴族女性の身体にしては)思ったより苦労せずに山頂に到着することができた。


 岩山の四方は荒野。

 昔、群馬の金山城跡で見渡した関東平野よりも広い気がする。


 そんな荒野の先、正面遠方には海。遙か後ろには山岳地帯。左右の荒野はどこまでも広がっていそう。


(ここに城を建てたらいい感じだろうなぁ)


 水と食糧の問題より先にそんなことを考えてしまう俺だった。

 何を隠そう前世の俺は城マニア。それはもう天守閣なんてない山城に嬉々として足を運んでしまう程度には。


 そんな城マニアである俺の直感が告げている。この岩山の上に城を築けば名城になると。有名どころなら苗木城みたいな感じで。


(……そうだ、城。現地築城アルヒテクトゥーアってやつを試してみるか)


 創造神も色々試してみろと言っていたし。


 俺は創造神がやったように目の前で手を振ってみた。すると、同じように空中に浮かぶ画面が現れる。20インチくらいだろうか?


 ふよふよとエリザが近づいてきた。


「あら、『智慧の一端ソピア』を使えるだなんて、さすがは魔王――いいえ、銀髪持ちといったところかしら」


「ソピア?」


「知らないで使っていますの? 智慧の一端ソピアとは『世界樹の智慧』の一端。世界の記憶に接続できる端末と言われていますわ。使いこなすことができればあらゆる情報を閲覧でき、自分や他者の能力すら数値化して確認できるらしいですわ」


「ほぅ、それは便利だな。……銀髪持ちってのは何だ?」


「銀髪の人間は魔力総量に優れ、偉大なる魔法使いになれるといわれているのですわよ。伝説によれば初代勇者の髪色だそうですが……まさか魔王が『銀髪』持ちだとは」


 エリザが俺を指差したので、何気なく自分の髪を掴んで目の前に持ってくると――


「――おおぅ!? 銀髪じゃねぇか!?」


「なんで自分のことを知りませんの?」


「いや、お前金髪だろう? 元はエリザの身体だから、金髪だと思ったんだよ。そうでなくても前世の俺は黒髪だったし」


 改めて俺は自分の姿を確認してみた。

 髪は銀髪。

 着ている服はエリザと同じ貴族っぽいドレス。

 そして胸が大きい。素晴らしい。……じゃなかった。


 エリザが何もないはずの空中に腕を突き入れ、『空間収納ストレージ』というものから手鏡を取り出して俺に貸してくれた。なんかこう、悪霊なのに優しいな? 智慧の一端ソピアについても詳しく教えてくれたし。


「おぉ~……」


 鏡に映った俺の顔はやはりエリザそっくりで。違うところと言えば銀色の髪と、血を啜ったかのような赤い瞳。それらを気にしなければ双子としか思えなかった。


 鏡をまじまじと見つめながら思わずため息をついてしまう。


 あ~、俺、間違いなく女になったんだなぁ……。


 一人称も『私』とかに変えるべきか?

 いや、違和感が凄いから止めよう。それに群馬の方言なら女性でも『俺』って使うからな。問題ない。うん、問題ない。


 現実から目を逸らした俺は空中に浮かぶ画面――智慧の一端ソピアに指を触れてみた。青一色だった画面が変化し、様々な情報が浮かび上がってくる。


 見たことのない文字であるはずなのに、なぜか意味が理解できる。そういえば創造神ポンコツが自動翻訳のスキルをくれると言っていたな。


 こういう言い方をするとアレだが、ゲームのメイン画面っぽい。特にスマホ系の。美少女キャラが映っていないのがせめてもの救いか。


 と、画面の端に『!』マークが浮かんでいることに気がついた。俺がその『!』マークに触れると、メール画面のようなものが開き――



 ――開始特典として『D.P.10,000ポイント』が付与されました。



 と表示された。

 ますますソシャゲっぽい。


 そもそもD.P.って何だよ? ゲーム的に考えれば……ダンジョン・ポイントか? 元々現地築城アルヒテクトゥーアはダンジョン作成スキルが変化したものらしいし。


 正解は分からないが、画面の端に『交換所』という項目があったので見てみることにした。

 武器や防具、マジックアイテムなどがD.P.で交換できるようだ。


 重要なのは食料品。肉や野菜、さらには調味料などが入手できるようだった。D.P.の入手方法が分からない現状で過信するのは禁物だが、とりあえず飢え死にする心配はなさそうだ。


 続いて、『築城』の項目へ。

 これはD.P.を用いて柵や堀、井戸、石垣や天守などを製作できるらしい。


 ただ、柵や堀ならともかく、石垣や天守になると貰った10,000 D.P.でも足りないので今は無視した方がいいか。


(とりあえず飲み水確保に井戸を作って、居住空間を柵と堀で囲うか。あとはD.P.で当面の食料を出しつつ、恒常的な食糧確保を目指すと)


 直近の目標を決めた俺はいったん智慧の一端ソピアを消し、エリザに視線を移した。これからどうするか尋ねるためだ。まだ復讐を望むなら、協力はできないが俺に止める権利はないだろう。


 しかし。

 特に使命があるわけでもない転生だ。ひとりぼっちで過ごすのは寂しいし、エリザと話しているのは楽しいので、できれば一緒にいて欲しいのだが……。


 エリザは微動だにせず右側――荒野の先を見つめていた。


 何となく分かる。

 きっと、視線の先には彼女が生まれた国があるのだろう。

 彼女が生まれ、育ち、あっさりと捨てられて復讐を誓った国が。


 復讐。


 俺にはどうにも理解しがたい感情ではあるが、人によっては人生を賭けてでも復讐したいのだという。


 復讐はいけません。なぁんて、エリザの事情を簡単に説明されただけの俺が偉そうに語れるものでもないだろう。


 ただ。

 エリザがこのまま復讐に身も心も焦がしていくのは――なんとなく、嫌だった。


「で? エリザは復讐をしたいのか?」


「……また真っ直ぐ聞いてきますわね……。なんだかラークと喋っていると気が抜けてしまいますが……そうですわね。こうして『悪霊』としてこの世に留まってしまったのですから、わたくしは復讐を成さねばならないのでしょう」


 その口ぶりは、まるで自分に言い聞かせているかのような。

 自分の存在価値は復讐しかないと信じさせようとしているかのような。


 あのポンコツ神は語った。エリザは命を捨ててまで魔王の復活を望み、復讐を願ったのだと。


 でも。今の彼女は、とてもそんな風には見えなかった。

 普通に笑い、普通に嘆き、普通に会話できる。そんな、どこまでも『普通』の女の子にしか見えなかった。


 復讐を止めましょう。そんな提案をする権利は俺にはない。

 だからこそ、俺は別の提案をすることにした。


「エリザの復讐は、すぐにやらなきゃならないのか?」


「え? そ、そうですわね。こういうものはすぐにやった方がいいのではないかと」


「いや、だがそうとも言い切れないんじゃないか?」


「……どういうことですの?」


「お前さんを嵌めたという男爵令嬢は、まだ王太子の愛妾ってところだろ?」


「愛妾……。言い方はとにかく、正式な婚約者ではないはずですわ」


「なら、もう少し待ってだな。その男爵令嬢が王太子と結婚して、王妃になり、幸せの絶頂の最中に復讐するのも一つの手だと思うぜ?」


「幸せの絶頂……」


「男爵令嬢から王妃になるシンデレラストーリー。その最後の最後で、自分が貶めて殺したはずのエリザが現れ、すべてを台無しにするんだ。――それこそが最高の復讐だとは思わないか?」


 もちろん、そんなのはただの口から出任せだ。


 一旦復讐から目を背けさせ、平穏な日常をたくさん経験してもらおう。楽しいときは一緒に笑って、悲しいときは一緒に泣いて。そんな生活を続けていけば……復讐よりももっとやりたいことを見つけてもらえば、きっと、エリザも復讐なんて諦めてくれるはずだ。


 いや、普段の俺なら、いくら何でもそこまで楽観的な考えは抱かない。

 だが、今のエリザなら。悪霊でありながらどこか楽しそうにしているエリザなら。――きっと復讐を諦めてくれる。俺は不思議とそんな確信を抱くことができたのだ。


「……しんでれらすとーりー、というものはよく分かりませんが……」


 エリザが胡乱うろんな目で俺を見つめてきた。


「その容赦のない発想。やはりラークは魔王ですのね……」


 エリザからの評価には猛抗議したいが、まっ、俺の提案を受け入れてくれたということで話を進めてしまおう。


「よし! ならばここに立派な城を建てるか!」


「お城、ですの?」


「おうよ。復讐の第一歩は充実した生活。砂漠に追放したはずのエリザが、自分たちの城より遙かに立派な城で生活をしていた。それを知ったあいつらはきっと悔しがるだろうぜ」


「それは面白そうですが……こんな何もないところに城を建てますの? 材料などはどうやって手に入れるのです?」


「何とかなるんじゃないか? なにせ俺には『現地築城アルヒテクトゥーア』があるからな」


「あるひ、てくとぅーあ?」


 首をかしげるエリザに対して、俺は両手を広げてみせた。空の彼方をも包むように。大地の果てまで掴み取るように。


「――建てるのは、エリザが住むはずだった王城より高くて、広い城だ。それだけじゃつまらないから、自分たちが生活できるだけの畑を作って、野菜や穀物を育てよう。好きな時間に起きて、好きな時間に寝る。誰にはばかることもない、自由気ままな『スローライフ』を目指そうじゃないか!」


 俺は笑いながら未来の展望を語り、エリザに向けて右手を差し出した。


「…………」


 エリザは何度か瞬きしたあと、勢いよく俺の手を掴んできた。


「素敵ですわね! 『すろーらいふ』の意味は分かりませんが、不思議と心弾む響きですわ! えぇ、そうですわね! 無理してあのアホ王太子と結婚せずとも、王城より大きなお城に住めばいいのですわ! 王妃になんてこだわらず、楽しく充実した生活をすれば『勝ち』ですわよね!」


 エリザは年相応の朗らかな笑顔を浮かべて、そして――



「約束ですわよ! 一緒に、お城で楽しい『すろーらいふ』を送りましょう!」



 ――そんな約束をした。











 とある創造神のひとりごと。


「おめでとう! ここに『絶対契約ヴァトラーク』は結ばれました! ……契約は慎重にって助言したのに、何やっているのかなあの子は!?」










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