第2話 神様はいつか殴る、ダブルで


 とりあえず女体化(?)を受け入れた……いや、受け入れるしかなかった俺は現状を確認することにした。ここがどこかは知らないが、生きるためにまずは水と食糧を確保しないとな。

 正面には大きな岩山。高さは50メートルくらいで、幅は500メートルくらいだろうか?

 木々も生えていない禿げ山。食糧確保は期待できないだろう。




          「――ん」




 岩山以外は荒野が広がるのみ。ぱっと見た限り川はないし、森もない。


 一番肝心なのは水。

 川があるとはいえ飲み水になるとは限らない。下手をすると煮沸しても飲まない方がいい水なんてものもある。……が、いよいよとなったら考えないとな。




    「――ちょっと!」




 問題はこの女体からだがどれだけ粗食というか粗水に耐えてくれるかだが……。


 とりあえずあの岩山に上ってみるか。高いところからならどこに何があるか分かるだろう。




「――無視するなーっ!」




 背後からそんな悲痛な叫び声が響いてきた。


「……あん? なんだお前は?」


 俺が胡乱な目で振り向くと、叫んだであろう女性――いや、美少女がわずかにたじろいだ。


「な、なんて乱暴な言葉遣いなのかしら! 育ちが知れるというものですわ!」


 アニメとかでしか聞いたことがないお嬢様言葉を使っているのは……たぶん、十代後半くらいの女の子。

 いかにも貴族が好みそうなドレスを着ている。


 腰までありそうな金髪は軽いウェーブを描き、青色の瞳は光を反射する夏の海のよう。目と眉は気が強そうにつり上がっているが、十二分に美少女と呼べるほど整っている。


 肌は少々不健康に見えるほどに青白いものの――致し方ないのかもしれない。彼女の足は膝から下が透けているのだから。


「ほほぅ、幽霊か」


 異世界でも幽霊とは足が透けるものらしい。


「……いえ、『ほほぅ』ではなくてですね、もう少し驚いてくださってもよろしいのではなくて? 幽霊ですわよ? 怨霊ですわよ?」


 幽霊としての矜持が傷つけられたのかそんな要求をしてくる美少女幽霊だった。


「これでも驚いているんだがなぁ」


「見えませんわよ。それと、死んでしまったとはいえわたくしの身体を使っているのですから、もう少し上品な言葉遣いをしていただけませんこと?」


「あ~? そりゃ無理だな。俺、育ちが悪いし……何より、男だからな」


「…………」


「…………」


「……はい? も、申し訳ありませんがよく聞こえませんでしたわ。もう一度、お願い――」


「男だ」


「最後まで言わせてくださいまし! そして男!? 男なんですの!?」


「そりゃ魔王なんだから男じゃないのか? 女だったら『魔女王』だし」


「い~や~!? なんで男なんですの!? 男がわたくしの身体に入っていますの!? 不潔! ヘンタイ! 犯されるっ! むしろ犯されてる真っ最中!?」


「ひでぇ言いぐさだ」


 ヘンタイ部分は否定しがたいのが何とも。一応釈明するが女になったのは創造神が悪いんであって俺の趣味じゃないからな?


「は、早く出てください! そして記憶を消して! あなたとわたくしの記憶を消してくださいまし!」


 俺の胸ぐらを掴んで前後左右に揺さぶってくる幽霊さん。

 正直、前世で鍛えた肉体と同程度の能力をもらったから微動だにしない自信はあるのだが、それはそれで可哀想なので大人しく揺さぶられるがままの俺である。


 というか、胸ぐら掴まれたよ。幽霊にも実体があるんだなこの世界。


 俺が異世界の凄さを実感していると、まだ名前も知らない女幽霊はぜぇぜぇと息を乱していた。幽霊なのに。

 服装や言葉遣いからして貴族だし、体力がないのも仕方ないのかもしれない。


「ま、まぁ……一度は死んだ身ですし……今さら亡骸についてどうこう言っても仕方ありませんか……」


 ひとしきり騒いで逆に落ち着いたのか、あるいは騒ぐ体力も尽きたのか、先ほどの様子からは信じられないほど落ち着いた美少女であった。そういえばまだ自己紹介もしていないな。


 彼女の呼吸が落ち着くのを待ってから、俺はとりあえず名乗ることにした。


「落ち着いたか? ……俺の名前は浦戸・楽。浦戸が姓で楽が名前だ」


「ウラド、ラーク様?」


 貴族のお嬢さんっぽいから『様付け』してくるのはまぁいいとして、だ。


「なんで伸ばすんだ。楽だ。ラークじゃなくて」


「らぁく?」


 小首をかしげる動作は不覚にもちょっと可愛かった。


「楽だ、楽」


「らーく?」


 なんか、アレだ。外国人に日本語の発音間違いを指摘している気分。


「楽」


「らーーく?」


「……うん、ラークでいいや」


 俺が早々に諦めると美少女幽霊は胸に手をやり自己紹介をした。


「では、ラーク様。わたくしの名前はエリザベート・ディラクベリ。ディラクベリ公爵家の長女――でしたわ。勘当されましたけれど。見捨てられましたけれど」


「エリザベートか。じゃあ、エリザだな」


「……あの、勘当とか見捨てられたとかについて何かありませんの?」


「ん? ま、こうして生きているんだから次行こうぜ。……あ、いや、死んではいるのか」


「……なんだか気が抜けますわね」


 エリザはなぜか『がっくし』とうなだれてしまった。

 創造神の話では怨霊だ~悪霊だ~と聞かされていたのだが、今の彼女を見ているととてもそうだとは信じられなかった。どちらかというと笑霊だし。


「何か今ひじょーに不名誉な称号をいただいたような気がするのですけれど?」


「気のせいだ」


「気のせいならいいのですけれど……。コホン、さて、ラーク様。あなたは魔王ということでよろしいのでしょうか?」


「あぁ、まぁ一応は魔王ということになっているらしいな」


「そうですか。ではラーク様、さっそくわたくしの復讐に力を貸してくださいませ!」


「え、やだ」


「…………」


「…………」


「な、なぜですの?」


「いや、むしろなぜ協力すると思ったんだ?」


「わたくしの願いを受けて召喚されたのでしょう!? なぜ拒否しますの!?」


「神との契約ってヤツか? お前さんが願ったのは『魔王の復活』だろう? その後、魔王が協力するかしないかは契約の範囲外だ」


 創造神から特に何も言われていないし、こういう解釈でいいんだと思う。


「――――」


 エリザは力なく膝から崩れ落ちた。自分の命を捨ててまで願った結果がこれなのだからさもありなん。


 このまま泣いてしまうかな、と俺は少し心配したのだが、彼女は気丈にも立ち上がり、突き抜けるような青空を見上げた。


 そして――



「神様ー! 話が違いますわーっ! 契約解除! 契約解除を要求いたします!」



 空に向かって絶叫するエリザだった。


 契約は慎重に。

 俺が創造神からの助言を思い出していると、上空から『ごめん、無理ー』というどこかで聞いた声が降ってきた。


 これはひどい。

 再び膝から崩れ落ちたエリザの肩に、俺は優しく手を置いた。


「あ~、まぁ、なんだ? 今度神様に会うことがあったらぶん殴ろう。二人一緒にな」


「……えぇ、えぇ、お供させてくださいまし……」


 なにやら妙な共感というか連帯感みたいなものを覚える俺たちだった。




 ちなみに。

 上空から『ひどくない!? 契約守っただけなのに!』という声が降ってきたが、無視したことは言うまでもない。





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