第6話 旅立ち


「やっちゃった……やっちゃったよ……」

「くよくよ言わないで。私も予定を巻きに巻く羽目になったんだから」


俺はサキの部屋のベッドで体育座りでゴロゴロと寝転がって嘆いていると、横で荷物をまとめるサキに窘められる。

プライムさんの馬車に乗って街まで降りる事になった俺はともかく、どうせなら一緒に乗せて行ってもらえと言われ元々1週間後に村を出発する予定だったサキが急いで支度をする羽目になったのは確かに可哀想ではある。

しかしサキは思いの外サバサバと落ち着いて荷物を準備していて、ゴロゴロしている俺の方にも時々振り向いて普通に俺との会話にも参加してくれる。


「……別に私は間違った判断をしたとは思ってないわよ?あの人を敵に回すのは絶対よくない。それに借金も今日の内に返済できたじゃない」

「それは分かってるけどさ、俺の命のために一度決めた信条を曲げた自分が情けないんだよ。それにそもそもの学園の入学試験に落ちたら奨学金返せって話らしいし、そうなったら借金の合計額141万だぜ?」


というかもし試験に落ちたらプライムさんの約束を破る事になって、その場で斬首される可能性もなくはない。

なんで俺だけ、落ちたら死刑みたいな圧倒的プレッシャーの中で受験しなきゃいけないんだ。


とは言えあの場面で他に選択肢がなかったのもまた事実だ。

サキの言う通りプライムさん、あの人はヤバい。

殺すという言葉にあれほどの説得力を感じたのは初めてだ。


まぁでも今考えたら、親父さんへの借金を返す事もできないような奴が何を村に恩返しだって話ではあったのかな。

現金100万円を受け取り、プライムさんのいない所でそのうちの30万……だけじゃなくてスキルへの借金分を差し引いた89万をカッコつけて親父さんに分けてあげた時のあの純粋無垢な子供のごとき笑顔は軽く腹立ったけど…。

それでもこれまで俺を育ててくれた人だ、少しでも恩返しができたならそれでいいか。


「さて、そろそろ出発しましょ。あなた荷物は?」

「いずれ俺の借金で差し押さえられそうだから、全部置いてく」

「……一度借金を経験した男はやっぱり考え方の格が違うのね」


ジト目でこちらを見てくるサキであったが、確かに油を売ってる暇はない。

俺は立ち上がり、必要最低限の持ち物以外何も入っていない鞄を手に取り、サキの部屋を出るのであった。



*******



私がルイを引き連れて家を出ると、家の前には父とプライムさんが待っていた。


「うん、準備はできたようだね」

「はい、お待たせしました」


私は振り返って屋根の一部分がなくなった我が家を見つめてみるが、今更寂しさなんてない。

それよりもさっきまであんなにぐーたらしていたルイがいつも通り人前になると豹変したように背筋を伸ばして謙虚に振る舞う姿にむかつく気持ちの方が大きい。


(ま、それも私だけに素のルイを見せてくれてるって感じがしてそんなに悪い気はしないけど……)


昔は私にもいい子のふりをして、常に素の自分を見せないようにルイは振る舞っていた。

そんな日々を思い出すと、やっぱり寂しい思いがこみ上げてくるから私はくるりと振り返ってプライムさんと一緒にここを離れようと足を出すけれど、とある声が聞こえてルイの方へ視線を向けた。



「ルイ兄!魔術学園行くの?」

「俺、聞いたよ!ルイが俺の事助けてくれたって!どっか行かないでくれよ!」

「村で一緒にいてくれるって言ってたじゃん!」



そこにいたのは、ルーナを筆頭にしたいつもの子供達三人組だった。

プライムさんの方へ足を踏み出そうとしていたルイは一瞬申し訳なさそうな顔を浮かべるが、すぐに腰を折ってルーナ達と目線を合わせる。



「ごめんな、約束守れなくて」

「そうだよ、なんで突然……私まだお礼も何もっ……!」



ルイはルーナの頭の上に手を置いてふっと微笑む。

なんで微笑みを浮かべたのか、私にはなんとなく分かった。


同じなんだ、ルイと子供達は。

それでもルイはこの村を出なければいけない。


最後に何を伝えるのだろうかと、見ているとルイは地面に右手の人差し指を置いて顔を上げた。



「……俺はいつも俺を慕ってくれる、大切で大好きなお前らが幸せそうに笑ってくれるだけで今までどれだけ救われたのか分からない。本当はカッコ悪い癖にカッコをつけて、見栄を張って生きてきたこんな人生だけど、俺は最後までカッコをつけてやる。だって死ぬまでカッコをつける事ができた奴はきっと本当のカッコいい奴になってるだろ?」

「……………」

「だから約束する、俺はもっとカッコよくなって、必ずここに戻って来る。これはどんな約束よりも大事な約束だ。だからな、今回は一緒に笑顔で別れよう。……〈火魔法、百蝶舞〉」



ルイは優しく呟くと、地面につけた人差し指の先から一体ずつ火魔法でできた蝶々が現れ、子供達の周りを舞う。


「「……!」」


次々と現れてくる炎の蝶々に囲まれた子供達は、次第に落ち込んでいた顔から笑顔へと表情を変える。

その様子を見つめるルイの表情はひたすら穏やかで優しい笑顔だった。


「すげえ!火の蝶々だ!」「綺麗……」「こんな魔法使えたんだ!」

「あぁ、そうだぞ、もっといっぱい魔法使えるようになって帰ってくるから、待っててくれよ?」



そんな子供達とルイのやり取りを遠くで見つめる私に、プライムさんがそっと近づいて来る。


「……あの魔法、通常魔法レベルじゃない、間違いなく上級の魔法だ。君が教えたのかい?」

「……そんなわけないです。私が今使える魔法のほとんどは、魔力も持ってないあいつに小さい頃教えられて習得したものばかりですから」


へぇ、と不敵に微笑むプライムさんはそれ以上何も言ってくることはなく、私と一緒にルイ達の様子を穏やかに見つめる。


しかしプライムさんの言いたい事は分かる。

スキルの発現、そして魔法を使えるようになってから半日足らずでこんな魔法を使えるのは異常だ。

この村にある本の中の魔術の構築式は全て暗記した、とさも当然のようにルイが昔言ってた覚えがあるが、魔法は構築式を覚えたからと言ってすぐに使えるようになるものではない。

多分本人が気づいている以上に魔法の才能が、ルイにはある。


いや、それよりも……


(プライムさんの前で不用意に手の内を明かそうとしなかった癖に、こういう時だけ躊躇なく……ま、それがルイね)


私は腰に手を置いて先程のルイとの会話を思い出す。



******


『あ、そうだサキ。この家を出る前に一つ、ありがとな』

『ん?』

『俺は身近にお前がいてくれたから、未来なんて何も見えなかった子供の頃、夢を見る事ができたんだ』

『夢?』


私の部屋を出ようとするルイは扉を開け、振り返って言う。



『俺はお前を超えて世界一の魔法使いになって、絶対お前を惚れさせてやるってな』


『は?……はあああ!?』


『一番近くの女も惚れさせることができないで、世界一のカッコイイ男になれるわけがないだろ?だからこれからも俺を見ててくれよな。んじゃ、玄関で待ってるからな』



それだけ言って雑に扉を閉めるルイ。

部屋に取り残された私は何となく恥ずかしい気がしてほっぺを一回ぺチンと叩いた。


*******



私は少し笑みを浮かべながら待っていると、子供達との別れを済ませたルイがゆっくり私の元へやって来る。


「終わったの?」

「あぁ、魔物を狙撃した時にちょっとは魔力余ってたのに今のですっからかんになっちまった。それに、やっぱりなんだかんだ言って寂しいもんだな」

「そういうものよ。それじゃ……」

「ちょっと待って」


ルイは私の腕を掴んで私を引き留める。


私は思わずドキッとして振り返ると、ルイは不意に顔を近づけて小さな声で言った。



「ごめん、普通に今の魔法、計算間違えて1万借金しちゃった。1万貸してくれるとありがた……」

「ばか!」

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